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和賀川

作者: tetsuzo

和賀川の流れは雪解け水を含んで冷たく、とうとうと流れている。遠く和賀岳の連山が残雪を抱いて霞んで見える。川原の土手に生えるブナの大木の日陰に入って、腰をおろすとひんやりとした川風が二人の頬をなぶり、気持ちよい。白砂利の向こうは中州となり青々と密集して生えた葦が一斉に揺れている。

「岩手はやはりいいなぁ」

「そうでしょう。帰りたいでしょう」

長い沈黙のあと一弥はぼそっと呟く。

「俺、受かったよ・・・」

「えっ?何に受かったの」

「一級建築士・・」

「すごォ〜い。びっくりした。勉強してたんだね。それで私とあえなかったんだね。言ってくれれば私もこんなに気に病むことなかったのに。嫌われたと思ってた。一弥は他の村の男とは違うよね。やると思ったら必ずやりとげる。そんな一弥が好き」

「今度大手ゼネコンの社員になれるんだ」

「そ、そうなの。どうしてなの?」

「それがサ、今勤めてるとこの仕事の上司がさ、えらく俺のこと気に入ってさ、いつも親切に目を掛けてくれてさ、今度の試験のことや、社員昇格に骨を折ってくれたんだ。その人、親父以上の年の爺さんだけどさ、麗奈のことも相談してるんだ」

「へえ〜、どんな相談なの?」

「夏祭りで君に再会して、仲直りすることなんかさ」

「あらぁ、あれ、その人が書いた筋書き通りなの?信じられない」

「ごめんね。でも俺、君とどうしても仲直りしたかったんだ」

麗奈は黒目勝ちの大きな目を輝かせる。白く細い首。濡れたように光る唇。風になびく美しい漆黒の髪。淡い黄色のキャミソールに白いミニのタイトスカート。惚れ惚れする長くすらっとした脚。

「ものすごく素敵だよ。もう絶対離さないよ。大好きだ」

「私もよ」

人気のない川原の土手で抱き合う二人は絵のように美しい。

「どう?今日家に寄って晩御飯食べていかない?」

「でも、貴方のおとうさんやおかあさんが一緒なんでしょ?行くのはいいけど早く嫁に来いなんて言われるのイヤだな」

「大丈夫だ。今日は二人とも温泉に出かけて留守。姉さんもデートで帰らない」

「嬉しいな。二人だけなの?じゃぁ、私一弥に晩御飯作ってあげる。貴方の大好きなクリームシチューと卵焼き」

田圃のあぜ道を通って行くと直ぐに一弥の家。二百五十年も続く、江釣子屈指の旧家の長男坊で、なに不自由なく育ち、村人からぼっちゃんとか若旦那とか呼ばれる一弥。広壮な母屋やどっしりとした瓦葺。麗奈は何時来ても気後れしてしまう。

「久しぶりだな。一弥はここで育ったんだね。凄いナ」

麗奈は入母屋の玄関口を抜け、居間に入る。四十畳ある広間で、柱も梁も黒ずんで、威圧感がある。障子を開け放つと父親が丹精している広い庭。前方には三百町歩に及ぶ伊藤家の田畑が見渡す限り広がっている。その先はさっきまでいた和賀川の流れだけだ。昔土間で竈があった台所も今は小奇麗に改装され、お洒落なキッチンになっている。麗奈は何度も訪れているにから、気軽に冷蔵庫を開け、材料を取り出して、早速調理に取り掛かる。所在なげに一弥が後ろに佇んで立っている。

「ぼんやり突っ立っていないで、ほら、ジャガイモ洗ったり、たまねぎの皮とってよ」

「よし。俺東京で自炊してたから、料理の腕あがったんだよ」

ちょっとオダギリジョーに似た横顔。もそっとしているようで眼差しはひどく優しい。骨つき鳥腿肉を鍋に入れバタで炒める。ついで、にんじん、たまねぎ、じゃがいも、しめじを加え、水を注いで沸騰させ、ブイヨンやワイン、塩、コショーで味を調え、ルーをいれかき混ぜる。驚くほど手早く、手際がよい。傍らで出汁巻き玉子をつくる。丁度いいタイミングでご飯が炊き上がり、漬物、生野菜などを付け合せにして、テーブルに並べる。とっておきのブルゴーニュのワインも。

「うまいっ!麗奈、とっても可愛いし料理も上手だね」

「あら、貴方も素敵よ」

並んで座った二人は再会の喜びに歓声をあげ、瞬く間にワインのボトルを三本もあけてしまう。一弥は麗奈の肩を抱き、顔を近づけ唇を合わす。その時いきなり玄関の戸が開き、一弥の父親が荒々しく座敷に入って来た。

「親父?温泉じゃねえのか?酔っ払ってるぜ。こんなとこ黙って入ってくんなよ」

「なにい!バカタレがぁ!真昼間から女なんか連れこみやがって!ヤイ!一弥。おめ、何様のつもりだ。なにが一級だ!何がゼネコンだ!いつ俺が女といちゃついていいと言った!おめは百姓でねえのか?女はケツのでっけえ、腕っ節の強い、洒落っ気なんぞ興味のねえ、田舎の真っ黒けの、おっかあを貰うんだ。そったら色白の女、わしゃ絶対許さん!」

「酔っ払いの戯言なんか聞きたくねえ。早く出ていきやがれ!」

いきなり父親は一弥の頬を思いっきりげんこで殴りつけ、食卓をひっくり返し大暴れ。麗奈は泣き出す。一弥は鼻血で真っ赤。楽しい食卓が修羅場と化し、二人はほうほうのていで、転がるように家から飛び出した挙句、田圃に脚をとられ転んで泥まみれ。折角の可愛らしいキャミソールが破れ、ハイヒールは泥に埋まってもう使い物にならない。

「なによう。帰ってくるなんて言わなかったじゃないの」

「ごめんよ。ほんとにごめん。親父のあんな醜態見せたくなかった。もうこんな田舎真っ平だ。麗奈。東京で暮らそう」


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