我が社の新規携帯電話 パート2
4&4Kさんの作品の後を受け、寧祈さん提案の『おかん機能』付き携帯の案を取り上げてみました。追加で他の機能も付けてます。(^^)
「え〜、では、『第二回新機能付き携帯電話の試作発表会議』を行いたいと思います」
俺はホワイトボードにクロマジックで会議のタイトルを書くと、振り返って会議のメンバーを見渡した。第一回の会議がふるわなかったため、今回はメンバーの総入れ換えを行った。
「第一回の提案は全てボツになったので、今回は採用出来る案を頼むよ。では、さっそく始めよう。最初は──」
俺は社員をぐるりと見渡し、一番端の席に座っている男性社員を指さした。この春転勤してきた社員だな……えーと、何という名前だったか? 青白い顔をした痩せぎすの弱々しい男。いつも隅っこにポツンと座っているような、気の弱そうな男だ。ああ、そう言えば、正しい神と書いて──。
「えー、君、しょうしん君、お願いするよ」
男はギクッとして体を固し、怯えた目を俺に向ける。その目は『何故、僕が一番最初に!』と訴えかけているようだ。
「左端から順番だ。先に発表した方が気が楽だろうが、しょうしん君」
俺はわざとらしく声を立てて笑う。リラックスさせようと思って言ったのだが、奴は益々緊張してしまったようだ。
「しょうしん君! 時間がなくなるから、早くしなさい」
「は、はい……」
彼は蚊の泣くような声で返事をすると、おずおずと席を立った。情けない男だ!
「しょうしん君──」
「あの、課長」
ざわざわっと会議室が一瞬ざわめき、一人の男性社員が声をかける。
「何だ?」
「彼はしょうしんではなく、まさかみ(正神)さんです」
「……」
しまった! 気が弱そうだからてっきり……。罰が悪くなった俺がチラリと奴を見ると、正神は読み間違えのことなど気にすることもなく、新機種の携帯電話を持ってホワイトボードの前に立っていた。もともと青白い顔が、一層青くなっている。今は名前のことなど頭にない様子だ。ま、良かったか……。俺は苦笑いして取り繕う。
「失礼したな。では、正神君、始めてくれ」
俺は取り敢えず、横に引っ込む。
「えー……で、では、まずケータイをご覧下さい」
声を震わせてそう言うと、正神は携帯電話を掲げた。
「わ、私は、どうも説明が下手ですので……じ、実演しながら説明していきたいと思います……」
正神は額に浮き出た汗をハンカチで拭い、おずおずと俺の方へ歩いてきた。
「あのー、だ、代表で課長使ってみていただけますか?……」
震える手で、正神は俺に新機種ケータイを差し出した。
「おっ、ヒョウ柄じゃないか。なかなかしゃれてるな──」
俺は正神からケータイを受け取り、手にとって見た。なんと、ヒョウ柄の中央にはヒョウの顔のイラストが描かれていた。
「ヒョウの顔付きか、なるほど。しかし、これはまるで──」
折り畳んでいたケータイをパカッと開けて、俺は絶句する。ヒョウの顔付き、ヒョウ柄Tシャツが大好きな人物と言えば!
「何だ、この待ち受け画面は!」
画面には、おばちゃんパーマをかけ、サンダルを履き、長ネギのはみ出した買い物袋を提げている、正真正銘の『大阪のおばちゃん』が映っていた。画面からはみ出て来そうなデカイ体、化粧の濃いおばちゃんが、大口を開けて笑っている。もちろん、着ている服はヒョウの顔付きヒョウ柄Tシャツ。下はむちむちの黒のスパッツだった。
「この待ち受けはきついな。他に変更するぞ」
俺は慌ててボタン操作する。
「いえ、課長……変更は不可能です」
正神は小声で呟く。
「何?……」
「この機種の待ち受け画面と着歌は固定されています」
「何故だ?」
「こ、この機種の機能は『おかん機能』付きが売りだからです。またの呼び名を『大阪のおばちゃん』仕様とも言います」
おどおどしていた正神が、次第に生き生きとし始めてきた。
「わ、私、こう見えても出身が大阪でして、『大阪のおばちゃん』の親しみやすさと大胆さ、世話付きで人情に厚く、パワー全開なところに憧れを抱いております! まさに、大阪のおばちゃん、向かうところ敵なしの強さがあります。私の理想像であります!」
「……わ、分かった」
俺は、少したじろぐ。さっきまでの蚊の鳴く声とうって変わって、正神は熱弁を振るい始めた。こいつは、二重人格か?……。
「大阪のおばちゃんか……ということは、着歌は──」
「『六甲おろし』です!」
「変更は出来ないんだな……」
「もちろんです!」
俺はフーと息を吐いた。
「それで、『おかん機能』の利点は何だ?」
正神は、よくぞ聞いてくれました! と言わんばかりに俺からケータイを取り上げ、操作する。
「『おかん機能』オンに致しました」
そう言って、正神は俺にケータイを渡し、胸ポケットから自分のケータイを取り出す。
「では、実演を行います。私が課長にかけますので、しばらく電話を取らずに待ってください」
正神は電話をかける。俺の手の中のケータイから『六甲おろし』が大音量で流れ始める。
「まだ、電話に出ないで下さいよ!」
あまりのうるささに俺が電話をとろうとすると、正神が大声で制止し上司の俺を睨み付ける。正神のキャラは、完全に変わってしまったようだ。
しばらくして、『六甲おろし』の音量がやや小さくなり、俺がホッとした矢先。突然ケータイが、異様に赤く光り始めた。
『ちょっと、あんた、電話来てはるで』
おばちゃんの野太い声に、俺は一瞬ギクリとする。
「あっ、課長、まだ取らないで下さい!」
電話を取ろうとする俺を、またもや正神が制する。
『はよ、出たり〜な!』
おばちゃんの声は一段階パワーアップする。
『電話鳴っとるやん! とっとと出んかいな!』
二段階パワーアップ! 俺は上目遣いに正神を見るが、奴は「まだです」と言うように首を横に振る。
『出たり言うとんのが、分からんのか! ワレ!』
第三段階パワーアップの声は、河内弁混じりの耳をつんざく凄まじい声だった。俺は絶えきれず電話に出る。冷や汗が額からタラリと流れ落ちた。電話に出ると同時に、会議室は水を打ったように静まりかえった。
「どうですか、課長? 世話好きなおばちゃん機能で、間違いなく電話に出て貰えると思います」
静かな会議室に正神の声が響く。奴は口元に笑みを浮かべて俺を見た。
「そ、そうだな……しかし、気の弱い人間や心臓の悪い人間に耐えきれるかどうかだ……」
俺は辛うじて苦笑する。心臓がバクバクしていた。俺は正神同様、小心者だったのか?……。
「そうですか、では、次の機能説明を致します」
正神は俺から『おかん機能付き』ケータイを取り上げ、ピピッと操作する。
「次は、買い物時、店員さんとコミュニケーションを交わしつつ、値切ることが出来るという便利な機能です。えー、私のような内気な者にはありがたい機能だと思います」
正神は本当に内気なのだろうか?……。
「では、課長、婦人服売り場の店員の役をやっていただけますか?」
疑問を抱いて考え込んでいた俺に、涼しい顔して正神は言った。
「私が気の弱いお客の役をやらせていただきます。役と言いますか地でいけば良いですね」
すっかり場慣れした正神は、余裕の表情で笑う。役を交替した方が良いんじゃないのか? と、まだ心臓のドキドキがおさまらない俺は思った。そういう俺の心の内には気づかず、正神は俺にケータイを向ける。
『これ、なんぼ?』
また野太いおばちゃん声がし、俺はドキリとする。
「課長、適当に値段を言ってください」
正神が俺に囁く。
「え、えーと、千円です」
『何やて? 0一個多いんちゃうのー?』
「い、いえ、千円です……」
俺はいつの間にか、おばちゃん言葉に圧倒され、リアルな店員気分になっていた。
『なんや〜! この店百均ちゃうんかいな!』
「あ、はい……ち、違います」
『レデースショップKは、同じの三百円で売ってたで〜!』
「……」
おばちゃんがよく行く洋品店は、何故か『レディース』とつくことが多い。……どこにレディースがおんねん! 俺は、心の声が関西弁になっていることに気付きハッとする。
『まけんと、レデースショップKに行くで!』
おばちゃんは、堂々と『レデース』と発音する。一瞬、あれ? 『レディース』って間違いだっけ? と相手に思わせる勢いだ
「で、では、サービスさせていただいて、五百円で結構です……」
俺はまたもや額から冷や汗を流し、いつの間にかそう答えていた。
今度は会議室から感嘆のため息がもれる。正神は少し得意そうに胸を張っていた。
「……ま、この場合は上手くいったが、いつもこの調子で値切れるとは思えんな」
俺は少々屈辱を味わい、そっけなくそう告げる。
「そうですか……では、こんな機能はどうですか?」
正神は、ポケットから何かを取りだし、片手でケータイを操作する。
「子供と仲良くしよう、という機能です」
言いながら正神は俺に近づき、いきなり俺のポケットに手を突っ込んだ。意表をつかれた俺に、奴はケータイをかざす。
『あめちゃん、持っとき!』
おばちゃん声でケータイが喋る。俺のズボンのポケットを手で探ると、あめ玉が数個入っていた……。
「大阪のおばちゃんは、いつもあめ玉を持ち歩いてます。最近はむやみに他人の子供に近づけない世の中ですが、これなら怪しまれず子供と仲良くなれます」
そうだろうか?……余計に怪しまれそうな気がする。
「ダメだ。第一、みんながいつもあめちゃ……あめ玉を持ち歩いている訳じゃないだろ」
おばちゃん言葉につられ、『あめちゃん』と言いそうになった所を辛うじて言い直す。
「そうですかぁ……」
正神は少しガッカリして、肩を落とす。
「正神君、発表は以上かね?」
俺はしょげている正神を見て、元気を取り戻す。こいつを調子に乗らせると、危険な気がしてきた。
「あ、いえ……後一つオプションで『癒し系京言葉』という機能をつけてみましたが」
声のトーンを落として、正神が答える。
「『癒し系京言葉』?」
俺は京言葉という響きに興味を覚える。
「はい、『大阪のおばちゃん』のパワーに少し疲れた時、京都の芸子さんの言葉を聞いてホッと癒してあげようという機能です」
「おお、良さそうじゃないか、試してみなさい」
俺は艶っぽい芸子さんの姿を頭に描き、少年のように心をときめかせた。
「はい、では……」
正神はピピッとボタンを押して、俺にケータイを向ける。
『おいでやす』
いきなり色っぽい声でケータイが喋りだす。
『いやぁ、かなんわ〜あんさん、いけずやわぁ』
のんびりとしたその口調に、俺の鼻の下がデレーと伸び、自然と顔が弛んでくる。
『あんさん、これ、こーてんかぁ?』
は、はい。もちろん、買います! いくらでも! 俺は目を瞑り心の中で叫んでいた。
『おおきにぃ、おはよーお帰りやす』
その心地よさに思わず眠りそうになった時、別の社員の声が耳に響く。
「課長、時間が迫ってきましたので、次の案の発表に移らせていただきますか?」
「ん? ……」
俺はハッとして目を開け、掛け時計を見る。既に、二時間の会議の一時間が過ぎようとしていた。
「あ、そ、そうだな。正神君、そのオプション機能は良かったが、『おかん機能』については、もう少し改良の余地有りだな」
俺は咳払いをし、上司としての風格を意識して正神に言い渡す。
「そうですか……」
正神はしょんぼりとして、『おかん機能』付き携帯電話をしまい込む。それと同時に、正神はいつもの小心者の正神に戻っていった。あの機能は正神専用のようなもんだなぁと、俺は奴の貧弱な背中を見ながら思う。あの京言葉機能だけは欲しいものだが……。
名残惜しげに正神のヒョウ柄ケータイを横目でチラリと見た後、俺は別の社員を指さした。
「えーでは、次──」
正神の説明に多少時間を食いすぎたが、『我が社の新規携帯電話会議』はまだまだ続く……。 完
ジャンル『コメディ』と言うことで、妙に緊張しました…(^^;)4&4Kさんの後を引き継いでいいのだろうか!?
ちょっと不安です。
インターネットや関西在住の方の意見を聞きつつ、『大阪のおばちゃん』仕様を取り入れました。『大阪のおばちゃん』毎日接するのはしんどいかもしれませんが、あのパワーとキャラは大好きです!(^^)
会議はまだ続いているようですので、どなたか後を引き継いでください。ネタはたくさんあるようです。