プロローグⅠ -1-
都会の高層ビル群の狭間、夜だと言うのに光が照らし続ける周囲の光さえも届かない場所、異形の怪物達と一人の少年が対峙している。
長めに切りそろえられた黒い髪に漆黒の瞳の16歳程の年齢と思える少年は威嚇する様に咆哮する怪物達を一瞥して木刀に指を這わせる。
「…この世界はお前達の居るべき場所じゃない…」
ゆっくりと呟きながら少年が木刀を構えると彼が指を這わせた木刀の刀身が青白い光に包まれる。
「はっ!!!」
気合を込めた叫び声と共に振り下ろした木刀がすれ違い様に犬の様な、狼の様な異形の怪物を切り裂く。次いで咆哮を上げて襲い掛かってきた大型のゴリラの様な怪物の振り下ろす豪腕を紙一重で余裕を持って避け、腕と頭を切り落とす。
「ふっ!!!」
ゴリラの様な怪物の体を踏み台として跳ぶと、残された空中を飛翔しながら襲い掛かる鳥の様な異形の怪物の爪を避けながら横一線に振るった木刀によって切り裂かれた怪物が消えていく。
見れば、彼が先ほど斬った二体の怪物達の屍も同様に既に消えていた。
血払いする様に少年が木刀を振ると木刀に纏っていた青白い光は、無数の光の粒となって霧散していく。
「…ごめん…」
本来ならば人間が住むべき場所に、世界に有るべきではない『魔』に属する物達。それが目的を持っての行動か、偶然なのかは分からないが少年にとってはっきりしているのは自分がたった今三つの命を奪ったと言う事。
「……ごめん……」
搾り出すように呟く言葉と、左目から流れる涙。だが、まるで半分の感情を失ってしまったかの様に彼の右目からは涙は流れない。
その命を奪わなければ、それ以上に多くの命が奪われるのは理解している。だが、奪ってしまった命へ謝らずには居られない。例え許されなかったとしても、謝らずには居られないのだ。
彼は…『霧葉 勇宇』は魔と戦う人間としては悲しいほどに優し過ぎる。だが、それと同時に最も役目に相応しいだけの『力』を持っている。
最も相応しい力と、最も相応しくない精神。
彼を構成する“力”と“心”は何時崩れても可笑しくない様な、そんな危ういバランスの上に成り立っている。
(…勇宇…)
そんな勇宇の耳に澄んだ声が聞こえる。その言葉を聞いて、勇宇の表情に和らいだ物が浮ぶ。
(…お仕事は終わり…だから…帰ろう…)
感情を感じさせない平坦な声だが、その響きには何処か彼を気遣う優しさが感じ取れる。
「…そうだね、紫月」
左目から流れる涙を拭って勇宇は後を振り返り、その声の主の名前を呼ぶ。
彼が振り向いた先には腰まで届く黒い長い髪と紫色の瞳の勇宇と同じ16歳程度の年齢と推測できる美しい少女が微かな微笑みを浮かべながら立っていた。
少女の名は『社 紫月』、勇宇の幼馴染であり、勇宇と同じく魔と戦う血筋に生まれた少女だ。彼女自身は剣の腕や気の扱いに長けた勇宇と違い、術や結界の扱いに長けている。
そんな彼女の元へと勇宇は竹刀袋に木刀を仕舞うと足早に近づいていく。
「帰ろう」
「…うん…。…私達の役割はお終い…後は貴方達の仕事…」
勇宇が傍らに立つと紫月は後に居る警察関係者の代表に向き直り、勇宇に向けていた微笑を消し、勇宇に向けていた暖かな響き所か冷たささえ感じられる声でそう簡潔に指示を出す。
彼女は勇宇以外に人間には殆ど感情を向ける事は無い。その為に、その整った容姿と表情を表に出さない事から“人形”の様な印象を出会う者に与えてしまっている。
勇宇が言うには彼女は『感情を表現するのが下手なだけ』なのだが、そう言われても彼女の他の人間への対応の仕方と表情を浮かべない事が相まって、冷たい人形の様な少女と言われてしまっている。
それは幼い頃から一緒に育った勇宇が“以前”の彼女を知るが故の話だろう。もっと感情豊かだった頃の彼女の面影は、感情を表すのが下手な彼女の表情の変化さえも完璧に理解できる勇宇であっても不可能だろう。
そして、勇宇は何故彼女が一切の感情を殺し、人形の様に変わってしまったのかも知っている。
何が彼女を変えてしまったのかも理解している。
全ては自分達に流れる血筋と与えられた才能。それが彼女から以前の面影を奪ってしまったのだ。
そんな紫月の心を助ける為に心に反する戦いを続けているのが勇宇ならば、残された感情を向けている数少ない人間である勇宇の為に彼を支える道を選んだのは紫月だ。
互いに己を殺して互いの為に戦う少年と少女。
その道の先には互いに幸福な終わり等考えられない。
神に祝福された才能と、それらを扱うのに相応しくない心。
だからこそ、自分の隣に立つ相手は何よりも大切なのだ。
紫月が勇宇にだけ残された感情を向けるのも、勇宇が紫月と共に歩む事を選んだのも、全ては己の為であり、相手の為でもある。
例え、結末が互いに望まない事であったとしても、互いの存在こそは互いにとって最良の結末へと向かう為の無くてはならない選択肢。
だからこそ、その先に何が有ろうとも、彼は、彼女は、隣に立つ相手の居る道を選んだ。
手を取り合って陰の中に輝く光を求めて二人は歩く道を選んだ。