偽りの巫女は最後の紅をまつ
※暴力表現あります苦手な方はお気をつけください
東の大国 麗蜀帝国。
天帝の言をその身に降ろす巫女を抱える事で天変地異を避け、島国ということも相まって他国への絶対的守りを持っていた。
巫女はいつの時代も一人のみ。
先の巫女が亡くなると同時に次代へ天帝が神命を与えるそうだ。
選ばれる基準は分かっておらず。
過去には奴隷から王族と幅広い。
ただ巫女は国防の最重要機密と警護対象となるため発見と同時に王家に迎え入れられる事が決定している。
秘匿や逃亡は巫女本人以外の一族を連座して公開処刑が即座決定されるほどの大罪だ。
一方で巫女を輩出した一族には莫大な報奨と名誉が与えられる。
そのため巫女に選ばれることは帝国女性においてもっとも憧れとされる。
長い年月をそうやって統治してきた。
此度も巫女交代はすぐに行われるはずだった。
先代が亡くなると国中に雷鳴が鳴り響き、まもなく光明とともに雲一つない青空が広がる。
すぐに巫女は名乗り上げると思われた。
しかし一月経っても名乗りあげる者も発見報告もなかった。
光明が差していたのだから誕生は間違いない。
巫女不在の状況は帝国にとって危機的状況となりかねない。
焦った皇帝は国中に勅令を出した。
『子女全ての強制検査』
巫女は最初、天帝からの神命が脳内に下る。
だいたいはその時点で国への申告があるが今回のようになかなか見つからなかった時も過去にはあったそうだ。
その場合は一ヶ月を過ぎる頃から巫女は天帝の加護により、瞳が赤に色が変わる。
赤眼など目立つ姿はなかなか隠せるものでもなく、逃げようとすぐに捕まえる事が出来た。
だから国中で赤眼を探せばすぐに発見出来るはずだった。
しかし二ヶ月、三ヶ月さらに半年経っても見つからなかった。
天帝が王家に怒って巫女を隠しているんじゃないか。
そんな噂さえたつほど巫女不在は民衆の不安を煽っていた。
そんな時王家が取った手段は仮初めの巫女をたてることだった。
もともと巫女は王宮の奥で外と隔離する生活を送るためたとえ偽物でもそこに居さえすれば問題ないと判断され。
そうして選ばれたのは貧しい農村の10歳の少女だった。
理由は瞳が濃い橙で遠目なら赤に近いと言うたったそれだけ。
「貴方は今日より麗蜀帝国 四の姫 風魅様となられました」
風魅と名付けられた少女へ傅く侍女達。
何も分からず攫われる様に来た少女にとっては恐怖でしかなかった。
「わたし、巫女さまちがうです。村にかえりたいです」
それは当然の希望だった。
敬語など使った事もない少女が辿々しく縋った。
しかし返ってきたのは無情な答えだった。
「巫女にならなければ村人も両親も殺します」
返事など選べるはずもなく、少女は麗蜀帝国の巫女となった。大事な人達を守るため。
そこからは徹底とした教育を施された。
少女が巫女でないのは王家と高官、数人の侍女のみが知る秘密で。
成人までの5年間は軟禁同然で離宮から一歩も出ることなく育てられた。
私は、成人の儀で初めて民の前にその姿を現した。
赤の布に金糸で刺繍された祝いの衣に、同じく派手な刺繍の施されたベールで目元は隠され。
城より見下ろす形でのお披露目は民からは遠かったが手を振ると皆が歓喜の声をあげる。
まさか偽物の巫女などとは露にも思わず。
「ふ、卑しき者の分際でお披露目などとは図々しい」
「・・・申し訳ございません」
お披露目が終わり皇太子である一の殿下、形だけとはいえ私の兄にあたる麗勝様に手を払われる。
私は跪き、臣下の礼をとる。
表向きは王家として巫女との友好を表しているが実際には弁えた態度を徹底されている。
少しでも反抗の意思を見せれば・・・いえ、語りたくない。
城でのお披露目の夜会が済むと私は再び離宮へと閉じ込められた。
外へ出れるのは天帝への祈りの為に神殿へ向かうときのみ。
私は己の瞼をそっと撫でる。
偽りの巫女の私が神命を授けて頂くなど叶うはずもなく、ただ天帝の巫女に成り代わっていることを心の中で謝罪することしか出来ない。
王家の命と言えど神の長たる天帝を謀るなど彼らは恐ろしくないのだろうか。
「偽りの巫女!貴様を処刑する!」
それはお披露目から三年後。国中に干ばつが原因の飢饉が広がり、巫女への不信が募っていた。そしてそれは次第に王家への不満に変わっていく。
けれど王家に出来ることなどない。結局本物の巫女は今だ発見出来ていないのだ。
今まで何百年も巫女、つまり天帝に頼った政に溺れ、王家はそれ以外の科学的研究者達を天帝への不敬と廃してきた。
だから彼らにこの状況をどうする事も出来ない。
もちろん民衆にとっては関係ない。
天帝を巫女を王家を崇めていたのは天変地異から民を守っていたから。
限られた土地の島国ではそれほどの死活問題なのだ。
事実この飢饉で多くの餓死者が溢れている。
私は神殿で祈り続けた。何の意味もないとしても形だけでも巫女の私に出来るのはそれだけだった。どうか民を、私の家族を守って。
元々寂れた土地の農村がこの干ばつに耐えれているとは思えない。
結局私は国よりも自身の家族や友が心配なのだ。
何年も巫女として生きても麗勝様が言うとおり私は卑しいのだろう。
その日も神殿で祈っていた。
だが突然神殿の扉を荒々しく開け放たれ国軍の武士達が流れ込んでくる。
それを従えるように現れたのは麗勝様。
私を一瞥した後宣言されたのは私が巫女に成り代わった偽物で天帝の怒りを買ったというもだった。
武士に拘束され、言われるがまま連行された。
王家は私を処刑し天帝への許しを請うらしい。
そうか私を民衆の溜飲を抑えるための人身御供にするのか。
処刑までの間私は牢獄に入れられた。
僅かな水のみを与えられ徐々に衰弱していった。
飢饉のこの国で罪人に与えられる食事などないのだろう。
見張り番や他の牢獄の罪人すら私を口汚く罵った。
お前が巫女に成り代わったせいで国が荒れたと。
違うと言いたかった。
巫女になんてなりたくなかった。
あいつらが村を人質に私を攫ったんだ。
けれどもう言ったところで信じてもらえないだろう。
処刑前夜独房に移された私に麗勝が面会しに来た。
何しに来たのだろう。
「ふ、身分に相応しい姿になったな。一時とはいえ王族にお前のような下賤の者を連ねたなど恥でしかない」
処刑の前夜にこの人はわざわざそんな事を言いに来たのだろうか。
そんなこと言ったって私は貴方達の言われるままにいただけなのに。
もう頭も朦朧として私は床に伏せる事しか出来なかった。
そんな私の態度が気に食わないのか彼は声を荒げた。
「なんだその態度は!お前は最初から気に食わなかったんだ!陰気くさくて不幸そうな顔ばかりで!」
そんなこと言われてもどうしろって言うんですか。
私にとってここは不幸しかないのに。
幸せそうにしてたって気に食わないくせに。
「・・・最後に良いことを教えてやろう」
ニヤリとした嫌な笑みを浮かべている。
今更良い事なんてないだろう。
「お前の家族は村ごと燃やされたぞ」
「は?」
「やっと反応したな」
「ど...う..いう....かぞく....だけは...」
「信じていたのか?お前の身元を隠すため王家に連れられた時点で処分するに決まっているだろう」
息が出来なかった。
だってあの時の私は何も知らなくて。
突然城に連れてこられて従わないと家族を殺すと言われた。
信じて従うしかなかった。幼かった私にはそうすることしか出来なかった。
あれから教育を施された今となってはそんな証拠なんて残すはずないと分かるはずなのにどうしてか信じてた。
違うそれしか信じたくなかったから無意識に目を背けていたんだ。
私は捕らえられてから初めて涙が溢れた。
その姿に満足したのか麗勝は出ていった。
「....きろ!」
「...起きろ!」
「れん、起きろ!」
いつの間にか気を失っていた。
その私を起こしたのは失ったはずの名で呼ぶ声だった。
「・・・嵐!?」
鉄格子の外に経っていたのは一人の兵士だった。
最初は分からなかったがかつて私を獣から守ったときについた目の上の傷と懐かしい面影で幼なじみの嵐だと気付いた。
「ああ、やっと会えた」
「どうしてここに?」
夢かと思ったが身体のだるさが現実だと突きつける。
けどそれが嬉しかった。
だって目の前の彼が生きているのが事実となるから。
彼が語ったのはとても辛いものだった。
私が連れ去られた日彼はなんとか私を取り戻せないかと私の両親とともに掛け合ったそうだ。しかし返ってきたのは拒否どころか鈍く光る刃だった。
私が村から離れると同時に武士達が村を囲み火を付け、逃げる者には刀を振るう。
「地獄絵図だったよ」
「なんてことを・・・」
私には守りたければ従えと言いつつそんな約束を守る気なんてさらさらなかったのだ。
「蓮の母ちゃんがとっさに俺をかばってくれたおかげで死んだふりしてやり過ごせたんだ」
嵐は申し訳なさそうにそう言った。自分の身代わりにしてしまったとでも思っているのだろう。
「嵐が生きててくれて良かった。最後に会えてうれしい」
それは心からの思いだった。
彼は兵士の格好をしていた。己の家族も故郷も奪った国に仕えるなんて苦しかっただろう。
それでもこうして会うために耐えて生きてくれた。
胸がいっぱいになる。
「最後なんて言うな!俺は蓮を助け出すために来たんだ!見張り番は今は離れているから逃げ出せるはずだ」
「・・・ありがとう、でもだめ」
「何でだ!ここに居たら明日にはっ!」
「殺される、でももし逃げれば王家は私をどこまでも追いかけてくる」
だって私が死なないとこの騒ぎの責を押しつけられないから。
そうなれば嵐だってただでは済まない。
それだけは。それだけでも避けたかった。
私の想いが伝わったのだろう。
彼は悔しそうに拳を握りしめていた。
「蓮、約束は覚えてるか?」
「・・・・うん。私を嵐のお嫁さんにしてくれるって言ってたね」
幼い頃の約束。
それはあるとき村に迷い込んだ猪に私が襲われかけたとき側に居た嵐が身を挺してかばってくれた。
目元の傷はその時のもので目の前の血塗れになった嵐を見たときは死んじゃうと思い泣きながら助けを求めた。
すぐに大人が助けに来てくれたおかげでそれ以上の大事にはならなかった。
その後泣きながら謝る私に彼は好きな子を守るのは男なら当然と言ってくれた。
好きになるなというほうが無理だ。
子供同士の口約束だが将来を約束した。私にとっての初恋。
突然連れ去られた事によってそれは叶わなかったのだが。
きっともう他の人と結婚してるそう思っていた。
まさか村がなくなってるなんて思ってなかったから。
「これ、蓮の母ちゃんの」
「それって!」
嵐が差し出したのは紅入れだった。
木を細工して作ったもので母ちゃんが結婚の時父ちゃんからもらったとたまに自慢していた。母ちゃんの好きで私の名にもなっている蓮が彫ってある。
私達の村では結婚の時男性から紅入れを送る風習があり、女性はその入れ物に自作した紅を入れる。
そして結婚の誓いの時にお互い紅を差す。
「紅入れの代わりに中身の紅は俺が作った」
「ッ・・・ありがとう」
両親の形見を受け取りまた泣いてしまった。
「もうあまり時間がない、頼む、お願いだから・・・」
たとえ追われても構わないから一緒に逃げてくれと嵐は言う。
本当はその手を取りたい。でも愛しているから。彼だけが私に残された唯一だから。
「嵐、お願い。私に最後の紅を塗って」
彼の手を握った。
彼は涙を流しながら紅入れから紅を薬指で取り、私の唇に優しく添わせる。
「似合ってる」
彼は涙を流しながらも笑ってくれた。
お互いこれが最後の時間だと分かっているからだろう。
鉄格子越しに最初で最後のキスをした。
彼の唇に紅がほのかに移っていた。
「綺麗な色だね」
彼が作ってくれた紅は唇にのると私の瞳と同じ色合いをしていた。
ここに鑑はないが彼が言ってくれたようにきっと似合っていると思う。
そして彼は出ていった。
彼の背中を見送りはしなかった。
ただ手の中の紅入れをぎゅっと握りしめた。
私の最後はこれ以上ないほど晴れ渡った晴天だった。
雲一つもない空のした私は城前の広場に設置された壇上で民衆に晒され、皆が私の死を望む声をあげる。
懐に隠した紅入れが私を支えてくれる。
王族や高官といった私の真実を知る者達はニヤニヤと城から見下ろしている。
きっとこれで安心と思っているのだろう。
私が死んだって根本解決なんてしていないのに。
彼らは理解しているのだろうか。
もう私が考えたって仕方ないけど。
壇上に両膝を跪き、首を俯く。両手は後ろで縛られている。
ついにその時が来たと私は目を閉じた。
国王の高らかな声とともに処刑人が刀を振り落とす。
私に刀が振れる直前身体を揺らすほどの雷撃が落ちた。
落ちた先は私に向けられた刀と先程まで笑っていた皇帝。
処刑人は雷を刀に受けたせいか手元が焦げ、気絶して後ろ向き倒れていた。
皇帝にいたっては直撃したせいか丸焦げのようだ。
一方でかなり近くで雷を浴びたにも関わらず傷一つなかった。
何が起こったのか分からなかった。
それは周囲も同じで場は混乱していった。
その時一人の少女が民衆の中から飛び出した。
まだ10にも満たないであろう幼女。
人混みにのまれ親とはぐれたのかと心配したがその少女は駆け足で壇上の側に居た武士や兵士達の足下をくぐり抜け私の元までやってきた。
「いままで身代わりにさせてごめんなさい!」
少女はそう言って私に抱きついた。
その拍子に被っていたフードが外れた。
ようやく見えたその顔には真っ赤に光る巫女の証。
「私こそが天帝の巫女!彼女は王家の謀略により苦しめられた被害者だ!民よ今こそ王家を討つのだ!天帝は欲に溺れた王家を許さない!」
彼女が言い終わると再び雷鳴が起こる。
それはまさしく彼女が天帝の巫女とあらわすように。
そこからは早かった。
城へと民衆は流れ込み、王族は兵に止めよと命令したが本物の巫女が現れたことでどちらに従えばいいのか分からず困惑している間に民によって捕らえられた。
王族もその後捕らえられ処刑されたらしい。
私の為に準備したあの壇上で。
私はというと混乱に紛れ、助けに来てくれた嵐とともに逃げた。
その去り際巫女が言っていた。
「私は産まれる前、母のお腹の中で天帝の巫女となったの。だから王家の目から逃げられたの。そのせいで貴方を身代わりにしてしまったのだけれど・・・これからはどうか彼と幸せになって」
まだ幼い彼女に似合わない大人びた言葉。
それがとても痛々しかった。
「大丈夫、私の家族はかつて追放された研究者。これからは巫女に頼らない国へとみんなでしていくの」
私の心配を分かってか彼女は笑った。
だから気にするなと言うように。
そうして麗蜀帝国は長い歴史に幕を下ろした。
「嵐、私に紅を塗ってくれる?」
「もちろん、蓮も俺に塗ってくれ」
悪しき王家がなくなっても国はまだまだ厳しいだろう。
けれど私はもう何があろうと彼と生きていく。
やっとつかめた幸せだから。
薬指はもともと余り使わないから薬を塗るのに使われていたそうです。
薬指で口紅を塗っているところが素敵だと思って書いてみました。




