釣竿の勇者〜根掛かりを“大地との死闘”と判定されてレベルカンストした元社畜、リヴァイアサンを一本釣りする〜
釣り用語が出てきますが、雰囲気で流して大丈夫。頭空っぽにして読みましょう。
眩い光と共に、俺は異世界の王様の前にいた。
周囲には聖剣を抱えた勇者やら、魔杖を握った美少女やらが並んでいる。
王が俺のステータスを見て、鼻で笑った。
「適性は──《釣り人》か。なんだそれ、ゴミだな。追放だ」
「あ、まじっすか? んじゃ、失礼しまーす」
俺はガッツポーズで王宮を後にした。社畜時代には叶わなかった“平日の朝から釣り”ができる。最高かよ。
それから一ヶ月。俺は各地の川や海を巡った。
この世界の根──海底はどこもかしこもめちゃくちゃに荒かった。自作のルアーを投げれば、三回に一回はガッチリ岩に食い込む。
「ふざけるな、このルアー作るのにどれだけ手間かけたと思ってんだ……! 絶対に、引き剥がしてやる!」
《Level Up!!》
俺は負けられない。どうやらこの世界には釣り具屋がないらしい。つまり、そう簡単に失うわけにいかないのだ。
自作ルアーを救い出すため、糸一本を介して海底と綱引きをする毎日。
そのたびに脳内に不快な音が響く。
《Level Up!!》
《Level Up!!》
本当にうるさい。ただでさえ根掛かりに焦っているのに急かされている気分になる。勘弁してほしい。
《Level Up!!》
《Level Up!!》
《Level Up!!》
社畜時代は上司の嫌味を「はいはい」と聞き流していたが、異世界に来てからはシステムの通知を右から左へ受け流す毎日だ。
俺は知らなかった。
その根掛かりが『大地との死闘』と判定され、勇者補正の経験値が倍掛けで乗り続けた結果──レベルが上限に達していたことを。
∝∝∝
たどり着いた港街──アズールは、異様に静かだった。
「ここかぁ、大物が出たって噂の街は」
各地を巡っている時に聞いた噂だ。
その割に、活気があるはずの市場には魚の一匹もなく、漁師たちは地面に座り込んで空を見上げている。
「おじさん、ここらへんで釣りがしたいんだけど、いいポイントある?」
近くの漁師に声をかけると、力なく視線を海の方へ漂わせた。
「釣り……? よせよ。あの怪魚が居座ってから、この海にはボロ靴一足浮いちゃいねえ。船を出せば一飲みにされる。この街はもう……」
「怪魚かぁ、楽しみだなぁ。教えてくれてありがとう! あ、そこって釣り禁止じゃないよね?」
「なっ……何言ってんだ!? 行くんじゃねえ! 死にに行くようなもんだぞ!?」
漁師が立ち上がり、ものすごい剣幕で怪魚の凄さを伝えてくる。釣られるように周囲の漁師たちも「死ぬぞ!」「逃げろ!」と叫んでいるが、もう遅い。
俺の足は真っ直ぐ海の方へと向かっていた。
教えてくれた堤防に向かうといくつかの人影があった。
俺と同じように怪魚を狙いにきた人かと思ったが、蹲って地面を見つめている。フナムシでも探しているのだろうか。
──と、よく見ると召喚された時にいた勇者らしき男だった。なんだかすごくボロボロだ。
そのすぐ近くには美少女も蹲っていた。傍らには真っ二つに折れた魔杖が転がっている。
「あちゃー。セッティングミスって折っちゃった系かな」
全く縁のない人でもないし、いつかタックルの組み方を伝授してあげてもいいかもしれない。杖のように硬い素材は釣りにはあまり向かないのだ。
なんて思いつつ俺は、彼らの横を素通りして堤防へと足を進める。
「おい、死ぬ気か! 魔法も効かないんだぞ!」
よく分からないことを宣う勇者に、適当な愛想笑いを返しておく。
先行者への挨拶は釣り人として当然のマナーだが、あちらは相当気が立っているようだ。下手な声掛けをして揉めるよりは、黙って距離を置いておこう。
こういった判断もトラブルを避けるためには必要だ。
それはさておき。
皆が口を揃えて「死ぬぞ」と言った。
とんでもなく美味しい物を「食ってみ、飛ぶぞ」と勧めるようなものだろうか。
つまり、それだけの大物がいるという事実に俺はワクワクしながら、一番潮通しの良さそうな突堤の先端に立った。
急いで自作のルアーをセットし、キャストする。
──ヒュンッ。
まずは、ただ巻き。
怪魚はピクリとも反応しない。勇者たちとのファイトで完全にスレて警戒心マックスのようだ。
「……じゃあ、これならどうだ?」
俺はリールを巻く手を止め、竿先を鋭く煽る。
ただ巻きからトゥイッチというアクションに切り替えた。
ルアーが水中で逃げ惑う小魚のように不規則なダートを見せる。
すると、僅かに海面が波打った。
「反応した。……こい。こいよ……」
ここからが勝負だ。
俺はあえてルアーを止め、海中を漂わせるフォールを入れる。
弱った魚が力尽き、沈んでいく演出だ。
直後、海面が大きく盛り上がった──その瞬間!
「ふんっ……!」
俺は高速でリールを二回転させ、ルアーを急加速させた。
リアクションバイトの誘発。
目の前で逃げようとする獲物に、怪魚の野生が炸裂する。
ボゴォォォォォン!!
海面が爆発し、巨大な顎がルアーに喰らいついた。
「っしゃ食ったッ!! フィィィィッシュ!!」
ジィィィィィィィィィィッ!!
と、鼓膜を震わせる、猛烈なドラグ音。リールから火が出るほどの速度で糸が引き出される。
「おおっ、やばいやばい! すごい引きだ……! っと、潜らせるか!」
俺は竿を立て、指先の感覚だけで怪魚のパワーをいなす。
怪魚が右へ走れば竿を左へ倒し、一気に寄せる。今度は怪魚が海面でエラ洗い──巨体を躍らせてルアーを外そうとするが、俺は絶妙な糸捌きでテンションを逃さない。
「うおっ、跳ねた! ……結構しぶといなぁ、最高かよ!!」
町全体が震度7くらい揺れている。海は沸騰したように泡立ち、勇者たちは「なんだあの攻防は……」と腰を抜かしていた。
時間をかけた濃密なやり取り。ついに怪魚の体力が尽き、水面に白い腹が浮き上がる。
「よし……これで、終わりだッ!!」
俺が竿を一閃させると大質量が空を舞い、怪魚──リヴァイアサンの全貌があらわになった。
そのまま広場へ──ドォォォォォン!!
港の広場に、山の如き質量が叩きつけられた。
石畳が粉々に砕け散り、リヴァイアサンの巨体から溢れた海水が津波となって勇者たちの泥と血を洗い流す。
……沈黙。
砂塵が晴れた中心で、ピチピチと跳ねる怪魚の巨体。
勇者たちが腰を抜かし、ガタガタと震えながらその釣果を見上げている。
「……な、なんだ……今、何が起きた……?」
「あれが、釣り……? あんな細い糸で、怪魚を一本釣り……?」
勇者たちは呆然としていた。
「あー、面白かった! やっぱ魚釣りはおもしれーな!」
俺はリヴァイアサンの口からルアーを外し、満足げにそれを磨いた。
大物とのファイト。これこそが、社畜時代に夢見た週末だ。
俺はさっさと荷物をまとめ、リールを軽くメンテナンスしてバックパックに詰め込んだ。
「さて、どうしたもんかな」
この魚はデカすぎて持ち帰りには向かない。
かと言ってリリースするのもきっと良くない気がする。他の魚を根こそぎ食い荒らしたらしいし。
悩んでいる間に、遠巻きに見ていた漁師たちが恐る恐る近づいてきた。
「……やった、のか?」
「あ、そうだ。おじさん、これ、ここに置いとくから捌いてみんなに振る舞ってあげてよ!」
その瞬間、ぞろぞろと集まってきていた街の人々のボルテージが限界を突破した。
「「「救世主様だあああああ!!!」」」
「街のみんなで食べてなー! リヴァイアサンは……クジラっぽいから刺身か竜田揚げが美味いよ! たぶんね!」
無責任に言い残し、俺は拝み倒す群衆の間をすり抜けて、港の出口へ向かう。
背後からは「勇者様! お名前だけでも!」と叫ぶ声が響くが、俺は振り返らずに手を振った。
「次は火山湖に火を噴く魚がいるって噂、確かめにいくか! ……耐熱のルアー作っとかないとな」
夕日に向かって、俺はスキップ混じりに歩き出した。
∝∝∝
数日後。港町アズールは、かつてない活気と異常な光景に包まれていた。
広場の中央には、あの日ぶち抜かれたリヴァイアサンの死骸が魔法で常時冷やされながら鎮座している。
あまりに巨大すぎて解体が追いつかず、町中の料理人が総出でリヴァイアサン尽くしの炊き出しを行っていた。
「おい、このリヴァイアサンの大トロ、脂が乗りすぎてて一瞬で溶けるぞ! 魔法みたいだ!」
「救世主様が残してくれた恵みだ! ありがたく食え!」
市民たちは涙を流しながら怪魚を頬張り、広場の隅には、あの日の救世主を模した黄金の釣り人像が建立されつつあった。
一方、勇者たちはというと──。
「……だめだ。やっぱり、あんな動きはできねえ……」
勇者が聖剣を脇に置いて、木の実を糸で吊るし、必死に振っていた。
魔杖の美少女も、魔法を忘れて自作の毛針を編むのに没頭している。
彼らのプライドはあの一本釣りで完全に粉砕され、今や勇者たちの中にも釣りブームが巻き起こっていた。
魔王討伐など、もはや誰も口にしない。
街がそんな奇妙な平穏に包まれていたある日、アズールの市長が歓喜に震える手で一通の報告書を読み上げた。
「報告です! あの勇者様が去った後、近いうちに噴火予測がされていた隣国の火山湖が、以後数年は沈静化する見込みとのことです!」
「「「おおお! さすが釣竿の勇者だ!!」」」
もはや、彼が何かをするたびに世界が救われるという、不条理な伝説が爆誕していた。
その頃、当の本人は──。
人里離れた海岸で、一人静かに糸を垂らしていた。
足元にはリヴァイアサンの鱗と、火山湖で拾った黒曜石で作った、キラキラ輝く新しい自作ルアー。
「……お、食った。このアタリは、魔アジかな〜」
コンッ、と心地よい手応え。平和で小さな魚の引き。
……最高かよ。




