第3話 『貿易都市カルディオ』
「……っ!?」
我は唐突に目を覚ます。
その瞬間全身で寒気を感じ、我は思わず体を縮こめてしまった。
どうやら何処かの部屋で寝かされているらしく、今はベッドの上のようだな……
(……しかし)
動こうにも空腹は既に限界のようだ。
我の脳内ではどこかで聞いた事のありそうなけたたましい警告音が鳴り響いている。
このままでは、マズイ……のか?
「あ、起きましたか~?」
すると何者かがドアを開け、この部屋に入って来た。
声からすると女のようであり、響き渡る高音のトーンが耳に響きすぎる。
我は首だけを何とか動かし、その者を見た。
その女の姿は修道女のようであり、糸目のように細い目で我を見下ろしている。
そして彼女は優しい笑みを浮かべ、我の側に寄って膝を着いた。
そのまま彼女は食事が乗ったトレーをテーブルに置き、器とスプーンを持って我の顔に近付ける。
嗅いだ事の無い不思議な匂いが、我の鼻腔を刺激した……
我は思わず震えながら口を開くと、彼女はそっと中身をスプーンですくって食べさせてくれる。
「っ!!」
「あらあら……熱すぎたかしら? じゃあ、ふ~ふ~……しましょうね~♪」
そう言って彼女はすくった中身に自らの息を吹き掛け、少し冷ましてから我の口に運んでくれる。
それでもまだかなり熱いものの、頬張れなくは無い温度だった。
少し食事を取った事により、脳内の警告音は鳴らなくなる。
我はそれで気を落ち着け、呼吸を整えた。
「まだ沢山ありますから、気にせず食べてくださいね~?」
そう言ってまた我の口にスプーンを伸ばす。
しばしの間、我は人の子の優しさに甘える事となった……
………………………
「……すまない、感謝する」
「いえいえ~これ位、お安いご用ですよ?」
そう言って彼女はふくよかな胸を揺らしながら微笑む。
金髪のロングヘアーが良く似合う、美人の修道女だな。
我はとりあえず改めて周りを確認した。
部屋は個室のようであり、ベッドとテーブルが有るだけの簡素な部屋だ。
どうやら木造建築の類いらしく、そこまで大きくはない……か?
「……ところで、ここは何処だ?」
「ここは、『メルセイン教会』です」
「『貿易都市カルディオ』にある、施設のひとつとなります♪」
いきなり聞いた事の無い単語が連続か……
だが、どうやら我が気を失っている間に街へは着いていたらしい。
そういえばタロウ少年はいずこに?
恐らく我を連れて行ってくれたはずだが……
「……我をここに連れて来てくれた者は?」
「タロウ君ですね~? 彼は今、ギルド協会の方に行っています」
ギルド協会……そういえば我を登録するとか言っていた。
ならば、我もそこに行くのが道理と言えよう。
我はそう思い、ベッドから降りて自らの足で床に立つ。
ギシッ……と床の軋む音が鳴り、この部屋の耐久性を我に知らしめていた。
「……ここは、それなりに年代物の建物なのか?」
「そうですね~歴史としてはそこまで古くもありませんが」
「築50年位は経っている教会ですね~」
修道女はニコニコ笑顔で軽く答える。
やや間延びする口調であるが、芯のしっかりしている感情が見受けられるな。
少なくとも、修道女としてはそれなりの格を持った女性と判断する。
なので、我はまず彼女にこう尋ねた……
「修道女、貴女はここの主なのか?」
「そうですね……仮に、と言えばそうなりますが」
仮に……か。
ふむ、つまり何か事情があるらしい。
我は何となくそれが気になり、あえてこう返した。
「では、助けてくれた礼をしたい」
「何か問題は無いか? 我で良ければ力になろう……」
我が手を差し出してそう言うと、修道女はキョトンとする。
そして数秒程沈黙した後、彼女はニコッと微笑んでこう言った。
「う~ん、クエスト受注にはまずギルド登録してもらわないと~」
「???」
我は思わず眉をひそめてしまう。
くえすと……? 受注……?
我がそんな反応をしていると、彼女は手を胸の前でポンと合わせてこう言った。
「とりあえず、まずはギルド協会に行ってください」
「……なにゆえ、そんな回りくどい事を?」
「それがルールですので」
「私『達』が現在抱えている問題を解決していただけるのでしたら、まずギルドに登録をしてからクエストを受注してください」
彼女はニコニコしながらも淡々とそう告げる。
我は軽く目を瞑り、思考を張り巡らせた。
そして現状の状況と彼女の言葉を反芻しながら整理する。
(彼女は明確に問題を抱えている、それは間違いない)
だが、それを我が解決するにはギルド協会とやらに登録せねばならないのか……
ただの善意すら、それを行使するのに理が邪魔をする……と?
我はとりあえずそう判断した。
そしてこの世界に存在するであろう理を思い浮かべる……
とはいえ、この世界にはどんな神がいるのかはわからぬし、今の我にそれを認識する事は難しいらしく、全く感じ取る事は出来なかった。
しかし、それならそれで我はその理に従った上で最良の行動を取るのみ。
そう判断した我は改めて目を見開き、未だニコニコ微笑んでいる修道女にこう言った。
「では、まずギルドに向かおう」
「はい♪ それではまた後程……」
我はニコニコ顔の修道女に見送られ、教会を後にする。
外から見るとそれなりに大きな教会であり、見た目は古臭くとも手入れはされているように見えた。
そして我はこの世界で初めて見る『街並み』を見て考える。
(ここが、この世界の街……)
どこを見てもこの街は大いに賑わっており、そこかしらで人々の営みの声が聞こえていた。
この辺りは住宅街のようであり、老若男女色取り取りの姿が沢山見られる。
それを見て、我は思わず微笑んでしまった。
(皆、幸せそうな顔だ……少なくとも満たされているのだな)
我は人々の顔や仕草を見ただけでそう判断する。
創造の力が失われたとはいえ、我はそれでも元創造神だ。
これまでに幾星霜もの時を経て、我は子供達の姿を見てきた……
その中でも、この街の民達の幸福度はかなり高いレベルだと我は思う。
良くも悪くも、我の造った世界は争いが絶えなかった故にな……
「……いかんな、感傷に浸るのは」
我は俯きながらもしっかりと前を見る。
そして自らの足で、人の子の足で我は街を歩く。
行く先々の民達にしっかりと挨拶をし、我は微笑みながらギルドへと向かうのだった……
………………………
『貿易都市カルディオ』
この世界における中心地であり、世界でも最大のギルドを擁する大都市。
世界各国から名だたる冒険者が集う街であり、商業的にも世界の中心地となっている。
だがそれだけに最も問題を抱える街でもあり、毎日数多くのクエストを出すという側面も……
逆に言えばそれだけ冒険者にとっては都合が良く、自然と多くの人で賑わう世界でも象徴的な街となったのである。
………………………
「……ここがギルド協会か」
我は民達からの情報を便りにそこへ辿り着いていた。
我の前方にそびえる建物はこの街でも相当大きく、何より煌びやか。
入口付近の張り紙には多くの者が集まり、今日もクエストとやらをこなすのに勤しんでいるようだ。
我はそんな人並みを見て、思考を張り巡らせる……。
(この世界では、大別して様々な種族が存在している……)
特に目立つのは獣の頭や耳、尻尾といった特徴を持つ『獣人族』。
尖った耳や、多量の魔力を有する『妖精族』。
悪魔のような羽や尻尾、そして魔力を有する『魔族』。
これらより人数は少ないものの、ドラゴンの特徴を持った『竜族』や、魔力のみで活動する『精霊族』というのもいるらしい……
(だが、それでも最もこの世界で数多く反映しているのは何の特徴も無い『人族』……)
タロウ少年らは、この人族に分類されるのだろうな。
我に関しても恐らく人族だと思うが、その辺りの詳細もギルドで確認してもらう必要があるだろう。
我はそう思い、ひとつ息を吐いてギルド協会の内部へと入る。
………………………
「すまぬが、登録とやらをしたいのだが……」
「ギルド協会へようこそ! 御新規の方ですね?」
快活な声で応対する受付嬢に対し、我は素直に頷く。
すると彼女はニコニコしながら1枚の紙を机の上に差し出し、それに必要事項を記入するように勧めた。
我は備え付けられていたペンを手に取り、とりあえずひとつづつ項目を見ていく事にする。
(まずは登録日付……日付?)
我はいきなり目を細めてしまう事に……
この世界は日本と同じ気候と季節感だとは聞いている。
とはいえ、いきなり転生してきた我に今日が何月何日とか知る由もない。
(……周囲を見渡してもカレンダーの類いも見当たらんか、やむを得まい)
我は諦めて受付嬢に今日の日付を聞いた。
すると彼女はニコニコ笑顔のまま、『王国歴1022年 子月30日』……と答えたのだ。
我はそれを聞いて更に固まる。
ねのつき? それはどう書けばよいのだ? そもそも漢字か?
(いや冷静に考えろ、この紙面に書かれている文字は少なくとも日本語だ)
何の偶然かは知らぬが、この世界……いや少なくともこの街においては我の世界でいう日本語がスタンダードらしい。
漢字もしっかりと紙面に使われているし、そういう世界観と思ってよいはずだが……
「……すまないが、カレンダーはあるか?」
「はい? それならこちらに有りますが……」
受付嬢は不思議そうな顔をするも、右手側にそれを指し示す。
それはつまり我のすぐ左側……すぐそこに小さなカレンダーが立てられていたのだ。
その存在を失念していた我は軽く頭を抱えてから、それを見て今日の日付と共にこの世界の暦を理解する。
(子月と書くのか……そしてこの月はカレンダーで見るに1月という意味らしい)
表現はやや変わるものの、この世界における暦は我が造った世界と同じだと何となくわかった。
よくよく偶然が重なるという物か……それとも、作為的なのか?
我はやや訝しむも、とりあえず更に書き勧める事にした。
(次は名前……名字と名前だが)
タロウ少年はスズキと名乗っていたな。
だとすればその場合は名字が鈴木……ああいやスズキになるのだろうか?
……そもそもタロウ少年の名が漢字かどうかも我にはわからぬわけだがな。
読者的にはわかりきっている事でも、我からすれば耳で聞いた言語なだけにいざ書くとなると戸惑ってしまうのだ。
(まぁよい、この場合クリエティス・アルと書けばよいのだろう)
我はそうして次の項目を見る。
すると今度は生年月日……我は再び固まる事になった。
そもそも年齢等どう測る? 我はいきなりこの体に転生させられた身だぞ?
我はいい加減考えるのを諦め、もう適当に書く事にした。
生年月日等、ある程度で合わせておけば問題無かろう……
次の種族も無難に人族と記入しておく。
(とりあえず年齢は18歳にでも設定しておけば無難であろう……)
我は次の項目を見る、住所……これは未記入で良かろう、無いのだから。
続いては職業か……確か魔物調教師だったな。
これに関しては何故か頭にすんなり漢字が出てきた。
理由は解らぬが、こう書けばモンスターテイマーと読めるらしい。
これもこの世界の理による補正か?
(その次は、所有資格?)
そんな者は無い、従ってこれも無視だ。
……うむ、とりあえずこんな所か。
我は思わず息を吐き、ようやく出来た書類を受付嬢に差し出す。
すると受付嬢はそれを確認し、まず我にこう確認する。
「えっと、それではアルさん……住所未記入となっていますが冒険者の方なのですか?」
「それで構わぬ、決まった住居は持っておらぬのでな」
我は淡白にそう答える。
すると受付嬢は全てに目を通して改めて我を見た。
そしてやや表情を引き締めてこう告げる……
「それでは、まず貴女を『鑑定』致します……そのまま動かないでくださいね?」
我は言われてじっとする。
成る程……これがタロウ少年の言っていた詳細なステータス確認か。
果たして、我のレベルはどれ程に設定されているのやら?
「……えっと、Lvは……5? よね? 特殊技能は……『神託』?」
「何このスキル……? 聞いた事も無い、それに種族が見えない?」
「あ、あの……アルさん、貴女本当に人族なんですか?」
いきなり適当なのがバレたか……
ここは流石に正直に謝罪すべきだな。
我は少し俯くも、素直にこう答えた。
「……すまぬな、実は我は過去の記憶を全て失っているのだ」
「ええ……? それじゃあこれに書かれているのは……」
「殆ど思い付きだ、名と職業以外はまだ思い出せぬ」
……と、我は盛大に嘘をついた。
正直に謝罪すべきとは言ったが、正直に話すとは一言も言っておらぬからな!
……それに、転生者という存在がどんな扱いなのかも我にはわからぬ。
タロウ少年は軽く言っていたが、我にはこの意味は重く感じるのだ。
少なくとも、全知全能の創造神であった我が……転生、なのだから。
「……そうでしたか、でしたら1度この書類は破棄致します」
「現状、アルさんの詳細は後程登録するとして……今はこのままで、とりあえずギルド協会への登録を致しますね?」
そう言って受付嬢は何やら顔の横にホログラフィックのような何かを浮かび上がらせる。
魔法か何かの類いか? どうやらその力で我のデータを登録しているらしい。
しばらくした後、彼女はデータを入力し終えて我に笑顔で向き直った。
「それではアルさん! 今より貴女はこの街におけるギルド協会のメンバーとなります」
「クエストの受注発注、グループの設立や入会などございましたらどうぞお気軽にご相談を♪」
「その前にひとつ聞きたいのだが、クエストの受注とやらはここだけでしか出来ないのか?」
「いえ、少なくともこのギルド協会に属する範囲内でしたら、他国でも自由に受けられますよ?」
我はそれを聞いてまた固まる。
一体どういう事なのだろうか?
範囲内なら、自由?
我がそうして固まっていると、受付嬢は丁寧にこう続けてくれた。
「まず、受けたいクエストがあればその場で受けてください」
「そうすれば自動的にその場でクエスト受注の報告がここに転送されますので、こちらで後は管理します」
「後はそのままクエストを進行するなり、別のクエストをこなすなり、あなたのご自由に♪」
「ただ、報償金を受け取る際には必ずここに来てください」
「発注者自身から貰える報酬に関してはそのまま頂いてもらっても構いませんが、そのクエスト自体にかけられた報償金はここでの受け取りに限定されますので」
「……成る程、大体わかった」
我は雑にそう答える。
まぁ何となくでよいだろう、この際!
とにかく今の我はまず恩を返すのが第一、ここに来たのはそれを成す為だ。
とりあえず、まずは教会に戻るとしようか……
……と、そこで我は忘れていた事に気付いて振り向き、受付嬢にこう尋ねる。
「そういえば、タロウ・スズキという少年は何処にいるか知らないか?」
「タロウ君ですか? 彼なら今朝ここに来て、すぐにクエストへ向かわれましたけど……知り合いなんですか?」
我はそれを聞いてやや考える。
彼にも恩を返さねばならぬのだが、どうやらすぐにとはいかないらしい。
彼もクエストとやらをこなしているのであれば、それを邪魔するわけにもゆかぬしな。
ならば自分に今出来る事、やらねばならぬ事を優先するとしよう。
「……では、もし彼がここに来たらこう伝えてほしい」
「いずれ恩返しがしたい……と」
「わかりました、その時は必ず伝えておきますね♪」
我はそう言伝てだけを残し、その場から去る。
そして気持ちを新たに、我は真っ直ぐ前を見て歩いて行った…
………………………
ちなみにその頃のタロウ少年は……
「やれやれ……今日も家出猫の捜索か~」
「こんなだだっ広い街で小さな子猫1匹探すとか、地味ながら難関クエなんだよな~」
「しかも報酬安いし正直割に合わん!!」
そんな事を愚痴りながらも、彼は今日も地道にクエストをこなすのであった……
『優しい神様の異世界転生』
第3話 『貿易都市カルディオ』
…To be continued




