4.相棒の秘密
風見の丘で一夜を明かし、また雨が降り出す前に、日が差し始めた早朝に出立した。
隣り村より手前に薬草地帯へ向かう分かれ道があるため、途中で二人は馬車から降りた。
一日中、雨の降らない日は珍しく、明日からの天気によっては薬草採取が難しいからだ。
目当ての薬草以外にも、採取できるものを採取したいのだろうと、男たちは納得した。
「気をつけて行けよー。三日くらいねばって、集められなかったら帰ってこい」
「そうだな、シスターにはワシらから言っておいてやる。がんばっていたぞってな。だから無理すんな」
馬車は積荷を下ろして、明日にはまた街へ折り返すらしい。
親切な男たちも、しばらくは会うこともない。
そして次に会うとしたら、おそらく気付かれることはないだろう。
アルは眼底が湿るのを感じ、にぱっと笑った。
涙を堪えるのは、笑顔を作るのがいい。
「うまくいかなかったら、遠慮なく頼らせてもらうから、よろしく!」
男たちは豪快に笑って、手を振って去っていった。
「さて、と。行くかね。とりあえずブレイドにがんばってもらうか。おれたち軽いから二人乗ってもいけるだろ」
フェリクスの言葉にブレイドが嘶いた。
特に異論はないらしい。
アルとしても、ブレイドには乗り慣れている。
フェリクスの乗る鞍を掴み、背後にひらりと飛び乗った。
そのままフェリクスの腰に手を回す。
心得たように、走り出す。
薬草地帯へ向かい、そのまま川沿いに進む。
しばらく進むと、急に鬱蒼とした森が出てくる。
獣はいるが、北寄りの森より危険の少ないルートだという。
森に入らず、村沿いの道をシスターレイナは勧めていたが、ブレイドに乗るのであれば、機動力は桁違いになる。
シスターレイナが指し示したもう一つの選択肢、森を抜けることにした。
ソルヴァの森、通称、緑の聖域。
南寄りで大木が多いが、枝が陽当たりを求めて高く伸び、森の中に入れば意外と陽光が降り注いでいる。
森を抜ける道が緑の光に包まれることから、緑光の道と言われる。
森に入る前に、川で水汲みと小休憩を挟むことにした。
下馬すると、ブレイドは川の水を飲み、周囲の草を食んでいる。
「そういや、おっさんたちが言ってたんだけどよ。ここんとこ、雨が降ることが多くなってるだろ? それで王都から街に役人がくるらしいぜ。王都のほうはもっと雨が続いてるから、南からどれだけ絞りとれるか、見にくるんじゃねえかってさ」
「言われても、ないもんはないよ。ガスパルさんの畑だって、例年よりは収穫量は少なかったし。チビたちに回る食料が減ったら、今年の冬は厳しいだろ」
「じいさんは『後のことは心配せんでええ』とか言ってたぞ。じいさんのことだから、何もかも含んでるだろう?」
「それもそうか」
偏屈な老人に対する二人の信頼は厚い。
それに食べ盛りの自分たちが減ったことも、少しは助けになるだろう。
「そういや、これ、じいさんからお前にって預かった」
そう言ってフェリクスが出してきたのは、布に包まれた小ぶりのナイフだ。
それがザッと100本はある。
「あ、助かる」
アルはそれを受け取り、一本を手に取った。
そのまま、無造作に川に向かって投げた。
水飛沫とともに魚が浮かんできた。
もう二本、両手で掴むと連続で投げる。
同じように、白い腹を見せて魚が浮かぶ。
「たまに魚を持って帰ってきてたのはコレか!」
もはや、フェリクスもアルが誰から何を仕込まれたのかも納得している。
川へジャブジャブ入り、ナイフの刺さった魚を引き上げてきた。
ナイフで仕留めた食料しか食べることを制限されたときに死にものぐるいで会得した技だった。
石を積み、簡易な窯を作り、火を起こす。
枝に刺し、塩を振った魚を並べる。
手慣れたものだった。
ずっと一緒にいたはずの相手に、知らないことがある、ということ。
本当に小さな頃は四六時中一緒にいたが、やがて年長になるにつれ、個別に効率的に行動することを覚えた。
自分たちより年少の子が増えるたび、二人での行動は減っていたように思う。
それに、ようやく気がついたように、フェリクスは少し照れたような笑いをした。
「お前と二人になるのは久しぶりだもんな。おれを驚かすような隠し玉はもう出し尽くしたか? おれたちに口うるさく秘密主義を強いてきたじいさんとはしばらく会わねえ。お互い隠し事は無しにしようぜ。ちなみにおれは、とっておきの秘密がある。というか、できた」
「偶然だな。ぼくにもある」
「そうか、じゃあ魚を食いながら、言い合うか」
パチパチと燃える炎に枯れ枝を焚べ、食べ頃になった魚を食む。
塩加減もちょうどいい。
お互いに目で笑う。
どちらかともなく、同時に口を開いた。
「お前は旧王家の皇子なのか?」
「ぼくは女性だ」
ボタっとフェリクスの魚が落ちた。
アルの口は大きく空いたままで止まっている。
「……何を言ってるんだ?」
先に気を取り直したのは、アルだった。
皇子? 皇子とはなんだ? 初耳すぎる。
どこでつかまされたガセネタなんだ?
いろいろ疑問は湧いたが、とりあえず魚を優先して、食べ続ける。
「ぼくのほうはまあ、気づいてたとは思うが、一応けじめだしな。これから目指す城塞都市エルデュランに着く手前で、格好もそれなりに変わるから」
「気づいてねえ!!」
「ん?」
「気づくわけないだろが! お、女!? いつからだ!」
「生まれた時からだろ」
相当な混乱がフェリクスを襲っているようだ。
確かにシスターが何くれとなく気を回してくれていたが、これほど長く近くにいる相手が気づいていなかったとは……。
「ぼくの演技力が高すぎたか」
「いやいや待て待て。待てよ。お前が女だと仮定して、ずっと男部屋で雑魚寝してなかったか? おれの隣で熟睡していたよな」
「慣れだな。今や女性の部屋に入るのが後ろめたい」
「完全に発想が女じゃねえ。しかもノア、多分お前に惚れてたぞ」
「ん? あれは単に世話を焼きたいところに世話を焼かせる相手がいただけだよ」
「自分で言うのかよ」
呆れたという感情を一切隠さず、ぼやいたところで会話の他愛なさに気づいたように、フェリクスは苦笑した。
落としてしまった魚を拾い、土を払って火にかける。
「ま、性別が違ったとこで、変わんねえか」
「そういうことだ。よかったじゃないか、フェリクスのほうの隠し事も一挙解決だな」
二匹目の魚に手を伸ばし、アルは妙な沈黙を感じて前を見た。
幼馴染が、少し考える素振りを見せる。
即断即決の彼には珍しいことだ。
「解決、したのか?」
「持ち込んだ隠し玉は不発だった、と、それだけのことだろう?」
「そもそも皇子じゃねえしな。……でも、じいさんが間違うとも思えねえ」
「ガスパルさんなのか。情報元は。それなら一考の余地ありだな」
なるほど、ガスパルに言われたとすれば幼馴染の逡巡も分かる。
昔から口数は少ないが、真実を見抜く目は一級品だ。
そして、確信があることしか口にしない。
ただ、必要だと思う最小限しか話さないため、誤解を招くこともあるが。
そんなガスパルがフェリクスに伝えたということは、それが必要かつ確定情報なのだろう。
旧王家の皇子。
昨夜、風見の丘で野営した際にも同行の男たちが話題にしていた旧王家の嫡子。
セレスタリア王国の終焉の混乱で行方不明になった赤子だという。
焼け落ちた宮殿から、その遺体は見つからず、その行方は杳として知れない。
それが半年ほど前から、教会が探している。
生きていたら、十四。
ちょうど、アルの年と重なる。
特徴は銀の髪に濃紺の瞳。瞳の奥に銀の煌めきがある少年。
各都市の孤児院には一番に調査の手が入った。
そこで該当せずの結果だったはずだ。
それがまだ見つかっていないらしい、出てくるわけもない、もういないだろうに何故教会は探し続けているのかなど、結論の出ない話を村の男たちは話していた。
「フェリクス。ぼくの髪と目の色は?」
「紺紺」
「だよな」
容姿も性別も違う。
「フェリクス、ガスパルさんの台詞を正確に再現してくれ」
「『お前はこの先、アルを支えろ。お前にはお前の役割がある。セレスタリア王家は、星詠みの一族は、まだ終わっちゃいない』」
「うーん、思わせぶりだが、ぼくが皇子とは言ってないな」
「言われた時は全く意味が分からんと思った。隣り村に薬草を取りに行くだけのお前を追いかけるにしちゃ、えらく色んなものを渡してくるし。その割にそれ以外のことは一切言わねえ。さっさと出て行け、追いかけろの一点張りだ」
肩をすくめたフェリクスは、焼き上がった魚を手に取った。
「そんな中で、お前は街に帰らないって言うわ、昨夜のおっさんどもは皇子の話をし始めるわときたら、そりゃそういう結論になるだろ。……紛らわしいにも程があるってんの」
それで、あのとっておきの秘密になったわけか。
フェリクスには珍しく、隠し事は無しにしようと念押ししてきたはずだ。
思いついたら、確認せずにはいられなかったのだろう。
本当に隠し事に向いていない。
「一つだけ言えるのは、お前が誰であろうと、おれの相棒であることに変わりはねえってことだ」
「……ありがとう、フェリクス」
「おう。悩むのはエルデュランに着いてからにするか。まずはこの森を抜けることだ」
「そうだな」
広がる森を目の前にして、二人は食べることに集中し始めた。




