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天はあまねくものを照らす  作者: 藍砂 しん


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31.銀の髪、旅の兄弟

フェリクスは、アルの傍らに腰を下ろし、焼き魚を噛んだ。

焚き火のそばに座り、フェリクスはアルから渡された焼き魚にかぶりついた。

その熱と塩気のない素朴な味が、彼の体に染み渡る。 

「……うまいな」


彼がそう漏らすと、アルはそうだろうと大きく頷いた。

処理を丁寧に行い、塩加減も絶妙なはず。

フェリクスの様子から見て、仕上げの塩も振っておいた。

焼きたての魚はうまい。


「よかった。もう少し獲っておけばよかったかな」

「いや、十分だ。それにしても、とんでもなく心配したんだぞ。地下でいきなり光に包まれたと思ったら、お前は消えた。次に空を見上げたら、巨大な鳥の背に乗ったお前の影が光り輝いてて……」


フェリクスは魚の骨を噛み砕きながら、ため息をついた。


「あの状況だ。生きてるかも分からない。見つけたと思ったら、こうして火を起こして魚を焼いてるんだ。気が一気に抜けた。おかげで腹が減った」


フェリクス目線から語らせると、確かに酷い状況だ。

アルは、彼の言葉に目を伏せた。


「ごめん。わたしはここがどこなのかも、何が起こってるのかもさっぱり分からなくて。ただ、ここにいる以上、ガスパルさんから教えてもらったように、生き延びるしかないって思ったんだ」

「じいさん流か」


フェリクスは笑った。


「生存能力だけは誰にも負けないってか。ああ、それで正解だ。お前が無事で本当に良かった」


フェリクスは食べ終えた魚の骨を火にくべながら、アルに現状を説明した。


「ここは、王都のすぐ近くにあるセセラルクの森だ。それほど深い森じゃないが、王都の西にあるから、街道に出れば王都に戻る人間や、旅の商人が行き交ってるはずだ」

「王都の近く、か」

「ああ。エステバンさんの話では、王弟が襲われた騒ぎで、王都は近々完全に封鎖されるらしい。だから、おれたちはブレイドと一緒にすぐに出た」


フェリクスは焚き火の炎に目をやり、静かに言った。


「その火だが、煙が街道から見える可能性がある。人に見つかるのは避けたい。すぐに消した方がいい」

「分かった」


アルはすぐに土をかけて火を消した。

香ばしかった煙の匂いは、すぐに腐葉土の匂いに変わる。


「これから森を抜けて、街道でゼスと合流する」


フェリクスは立ち上がり、アルに向かって言った。


「ピーとゼスは近い距離なら意思疎通ができる。街道で待ってるゼスのところへ、ピーなら先導できるはずだ」


ピーは、明確な言葉は返さないが、アルとフェリクスがどちらへ向かうべきかは理解しているようだった。アルの肩から飛び立つと、森の木々の間を縫うように、一定の間隔で羽ばたきながら西の方向へ進んでいく。


「さあ、行くぞ、アル」


フェリクスに促され、アルは立ち上がった。

川まで戻り、水の鮮度の良さを確かめて水袋にたっぷりと水を入れる。

ピーを先頭に、二人は深い森の中を、時折小声で会話を交わしながら進んだ。


「そういえば、フェリクス。シスターレイナは無事だった?」


アルは、結局自分では確認できなかったシスターレイナの身を口にした。


「ああ。大丈夫だ。おれたちが王都を出る前に、シスターレイナは心配ないと、エステバンさんが伝えてくれた。彼が保護してくれる手筈になっている。司祭としての教会の立場もあるから、安全な場所に身を置くことになったそうだ」


アルは心の底から、エステバンに感謝する。

シスターレイナの危機が去ったと、確信するに足る情報だった。


「よかった」

「心配しなくていい。だから、お前は自分のことだけ考えろ。まずは、ゼスと合流して、旅を続けるんだ」


フェリクスの言葉に、アルは頷いた。


「うん!」


二人の会話は、先ほどの緊張感とは無縁の、いつもの日常に戻っていた。

安心すると、アルは先ほど気づいたことをフェリクスに相談することにした。


「そういや、フェリクスはいらない紐か布を持ってないかな。後からでいいけど、フェリクスにお願いしたいことがあるんだ」

「紐? なんでもいいのか?」

「うん。両掌くらいの長さがあれば」


フェリクスは「ちょっと待ってろ」と告げると、袋を縛る紐から一本抜き出した。

アルは微笑んだ。

ちょうどいい長さだ。

フェリクスはいつも、アルが必要とするものをどこからか出してくれる。

アルは、フードをパサっと落とした。

同時に、腰まである髪がふわりと広がった。


「え、ええええっ?」


フェリクスが驚愕の声をあげた。

フェリクスの驚きように、アルはくすぐったい気持ちになる。

アルの髪は、腰にまで届く長さに伸びており、フェリクスの視線は、その髪に釘付けになっていた。


「なんかあの後、髪が伸びたままなんだよね。この長さをどうにかしたいんだ。後で、元の長さに切ってくれる?」

「切る!? いや待て。長さもそうだが、色が……」

「そうなんだ。苦労が続きすぎて、こんな色が出てきたかと思ったんだけど、どうやら違うようで」


フェリクスがアルの髪を一房、手に取った。

アルの瞳にある星の輝きが今、髪に宿っている。

それは昨夜、儀式で放たれた光の色そのもので。

特徴は銀の髪に濃紺の瞳。

瞳の奥に銀の煌めきがある少年。


「なあ、思い出したんだが、これで髪を切れば立て札のまんまにならねえか?」


弾かれたように顔を上げ、真剣な目をしたフェリクスと目を合わせた。

この半年、幾度となく目にしたお尋ね者の容貌に限りなく近づいていく──。


「か、隠すしかねぇ! むしろ紐はフードが脱げないように括ったほうがいいだろ」

「そうだね! とりあえず、フードさえ被ってたら、分からないんだから、髪のことはゼスと合流してから考えよう!」



ピーに導かれ、動揺を隠せないフェリクスと、髪をフードに隠したアルは、静かに森の浅い部分を進んでいた。

やがて、木々の隙間から明るい光が差し込み、人間の話し声と馬の蹄の音が聞こえてきた。


「街道だ」


フェリクスが小声で言った。

ピーは、少し開けた茂みの前で旋回すると、アルの肩に戻ってきた。

フェリクスはアルに視線で合図を送り、そっと茂みをかき分けて街道の様子を窺う。


王都から出る人々の流れは、朝だというのに多かった。

旅人、商人の馬車、食料を運ぶ荷車などが、隊列を組んで北西へと向かっている。

皆、どこか急いでいるような表情をしていた。


「王弟の件が知れ渡る前に、早く王都から離れたいんだろう」


フェリクスが囁いた。

街道を注意深く見渡すと、人々の列から少し離れた、大きな楓の木の下に、ゼスとブレイドが立っているのが見えた。

ゼスは、いかにも旅人といった風情で、ブレイドのたてがみを撫でている。

ブレイドは、フェリクスの姿を見つけたのか、静かに鼻を鳴らした。

フェリクスはアルを振り返った。


「よし、行くぞ。合流する」


茂みから二人が出ると、ゼスがすぐに気づいた。

ピーが前もってゼスに伝えていたのだろう。

ゼスは大きく手を振ることもなく、ただ口角を上げて笑い、アルとフェリクスを出迎えた。

それでも彼の目には、二人が無事だったことへの安堵が浮かんでいる。


「アル、フェリクス。遅すぎ」


ゼスは、ブレイドの手綱をフェリクスに渡した。

ブレイドはすぐにアルに寄ってきては匂いを嗅ぎ、嬉しそうに頭を擦りつけてきた。


「心配かけたな、ゼス」


フェリクスがブレイドの首を叩きながら言った。

ゼスはアルを一瞥し、軽く肩を竦めた。


「ったく、聞いてくれる?

『方角さえ分かれば見つけられる。見つけた後、ピーがゼスを見つけられるなら、そっちのほうが早いだろ』

って、とんでもない理屈でフェリクスってば、譲らないんだよ。おれがピーと合流して探した方が早かったっての。まあ、見つけたなら結果的にいいけどね」


ゼスはアルの肩に止まっているピーに軽く触れた。

ピーは「チチチ」と鳴き、ゼスの指に嘴を擦りつける。


「ピー。やっと成長できたなーと思いきや、すぐに戻っちゃったのかー」


フェリクスはブレイドにアルを乗せ、手綱を握った。


「さあ、急ぐぞ。これだけ人が多いと、街道の速度に合わせるしかない」


ゼスは、辺りの人々に不審に思われないよう、ごく自然な仕草で後方を警戒しながら、街道に合流した。

外套を羽織る三人の旅人は、周囲に溶け込みながら、他愛無い会話を続けていく。

ゼスがいかにも旅慣れた兄貴分といった様子で、周囲に聞こえる程度の声で話し始めた。


「よし、お前たち、王都から出るのは初めてだろう。ここから歩けば、三日くらいで麦穂の里に着く。そこの宿屋の飯は、美味いと評判だ。そこでブレイドの足も休ませるぞ」


いつもの糸目がなくなるほどヘラヘラした印象を封印し、話し方も変えている。

フェリクスはゼスの意図を察し、旅に不慣れな弟を装い、すぐに質問を返した。


「そんなに遠いのか。ブレイドがいるからもう少し早いよな」

「ああ、それでも二日半くらいはかかるだろうな」


アルもまた、この会話が周囲へ聞かせるものであることを理解し、尋ねた。


「麦穂の里っておいしいのはパン?」

「パンもだが、麦粥も絶品だ」


黙々と移動をしていると、意外と周囲の印象が残りやすい。何か事情ありと見えるからだ。

ゼスはまだしも、フェリクスにもまだ幼さが抜けきらない。

フードを被っているアルなどは背丈からもより幼いと見えるだろう。


──初めて近隣の里への旅をする兄弟


「おじさん、待ってるかな」


その里に身内らしき存在を匂わせれば完璧だ。

特に記憶に残ることもない、移動の群れに紛れ込むことができる。

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