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天はあまねくものを照らす  作者: 藍砂 しん


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25.証の灯火──祭壇

証の灯火。

大聖堂前の広場に、巨大な祭壇が仮設されている。

灯火の元とされる火種は、決して大きなものではない。

しかし、煌々と輝く篝火がその一角のみ設置されず、曇天は月を隠し、闇を浮き彫りにしている。

闇の中で、灯火が宙に浮いているようで神秘性を増していた。

篝火が風に(あお)られているが、灯火は小揺るぎもしなかった。

広場には湿った土の匂いと、押し寄せる民衆の熱気が入り混じっていた。

風が吹くたびに篝火の焔は揺さぶられるのに、灯火だけは夜気を拒むように静止し、その異様さが場を支配する。


祭壇の上に立つのはただ一人。

聖教主、レクウス・ヴァリエ。

ゆったりした白の長衣と連なるローブが夜の闇に浮かぶ。

暗闇で姿は見えずとも、その小柄な体躯は淡く燐光しており、その様子に畏敬の念を覚えた民衆の中には、手を合わせているものもいる。

人々のざわめきは次第に吸い取られるように消え、聖教主の存在だけが霧の上に立つ影のように浮かび上がる。

そこに在るだけだけで光が脈動するかのような錯覚が広がる。


シスターレイナは、祭壇の前で(ひざまず)いていた。

何百人ものプラトと共に。

跪く司祭、シスターは青白い顔をして、(あご)の下で手を組んでいる。

シスターレイナは前から三列目なので、かなり早い順番だ。

最前列には、若いシスターや年配の司祭が並んでいる。教区や年齢を加味して順番は決められたのだろうか。

しかし、最初に儀式を受けることになるだろうシスターは紛れもなく儀式映えする外見をしていた。

列に並ぶ者たちの肩は緊張で震え、呼吸は浅い。

レイナの喉も乾ききっていたが、彼女はただ静かに両手を組み、心臓の鼓動を押し殺そうとしているのが見て取れる。


祭壇に近い場所から、横に立ち並ぶのは十一人の大教主と二十人の教主である。

最も祭壇に近い場所に祭壇の三分の一ほどの高さで台が設置され、そこに立つのは老聖務長ガブリエル・モンテロである。

壮麗な衣をまとった大教主たちは像のように動かず、だがその視線は鋭く、膝をつく者のひとりひとりを値踏みするように通過していく。

台上のガブリエルは背筋を伸ばし、わずかな動作すら儀式の一部に見えるほど威厳に満ちていた。


プラトの周囲を民衆が取り囲み、儀式を一目見ようと詰めかけている。

民衆が雪崩れ込まぬように、軍部が統制しているが、雨の降らない夜は久しぶりで、どこか浮き足だった空気があった。

星明かりは見えずとも、時折厚い雲から月がのぞいている。

兵士たちの鎧が月光を受けると鈍く光る。

乾いた夜気は緊張と好奇が混じり、どこか不穏さを帯びて漂っていた


祭壇の横には貴賓席が設けられており、王家からの臨席もあると聖務長からの事前説明があった。

王族の臨席という珍しさもあってか、王弟が登場したときには歓声が上がった。

一部の民衆からは歓声というより、怒号に近いほどの熱狂さがある。

王弟の登場は、まるで別の儀式が割り込んだかのような熱量をもたらした。

民衆の中には涙ぐむ者さえいた。


貴賓席の一際、趣を凝らした椅子に尊大に座すのが王弟ヴォルクレイ公だろう。

王弟の周りはより多くの篝火が設置されている。

王都を守護する兵が背後に控え、傍には侍従が控えている。

侍従は恭しく、王弟に何かを差し出しているが、彼はそれを一瞥もしなかった。

王族の彼は見目は優雅に見えるが、一目瞭然で高慢さが見て取れた。


何をもって、民衆の支持を得ているのか、王都にきて間もないシスターレイナには見当もつかない。

隣に座る初老の貴族は宰相位にあり、時折話をしているようだ。


王弟の背後に立つ大柄な武人は、存在自体が目を引くものがある。

樽のような肩幅で、鎧に包まれた胸板は石像を思わせるほどの厚みを感じさせる。

少し離れて並ぶ王弟の従者とは、大人と子どもほどの体格差があった。

手に持つ漆黒の柄に銀の刃を備え、一度大槍を振るえば幾つもの首が飛ぶとの噂もある、王都守護の任を負う将軍ハンス。

直立不動のようだが、一度だけ初老の貴族が振り返った際、何かを告げられて首肯した。

置物ではなかったのかと、膝をつく何人かのプラトがビクリと体を震わせていた。

人々の視線はハンスの影に吸い寄せられ、恐怖と畏敬がゆっくりと場を締め上げていく。

大槍の刃は光を吸うように沈み、威圧があった。


そして──。

幾重にも取り巻く民衆が周囲を埋め、息を潜める中、聖務長ガブリエルの声が広間に響き渡った。

その声は老いを感じさせず、広場の隅々まで冷気のように届いた。


「証の灯火により、我らは清廉を誓う。偽りを遠ざけん」


言葉を機に、男か女か若きか老いたるかも分からない聖教主の掲げられた右手から、淡い光がほとばしった。

群衆の息づかいはさらにひそまり、そこに十一人の大教主と二十人の教主が揃って祈祷の言葉を唱える。

すると、祭壇の灯火が少しずつ空に向かって伸びていく。

青白い灯火から、白炎へ。

あまりに荘厳な情景に誰もが息を飲んだ。

光が広場の石畳に反射し、人々の影は長く細く伸びる。


その光の下、地方から集められたプラトたちが列をなす。

祭壇へ向かう様は、まるで生贄のようだ。

足取りは重く、だがどのプラトも逃げるという選択肢を頭に浮かべようとすらしていないように見えた。


ヴォルクレイ公は、フォルネウス卿の隣席で不快さを隠さず鼻を鳴らした。


「下らぬ茶番だ。芝居に酔う者どもが」


その言葉を聞き咎めた宰相が笑みを浮かべたまま、応じた。


「公よ。芝居であろうと民が酔えば、より支配は容易になるものです。群衆心理は共鳴しやすい。方向性を作ってやるのに、良い手段でしょう」


血を流しての恐怖での支配より。

言葉の裏に忍ばせた棘には、王弟は気づかない。

王弟がかつて配下に苛烈な処断をしていたことを当てこすっていたが、すでに彼はそのような不確かな支配に興味は無くなっていた。

ヴォルクレイの目は儀式そのものより、別の何か、より高みに向けられていた。


今宵、初めて壇上に登るのは、若いシスターだった。

白い修道衣をまとい、震える足を引きずりながら進み出る彼女に群衆からの視線が集まる。

軍部の統制があり、静かにしかし熱を帯びた視線だ。

どこか、公開処刑前の雰囲気に似通っている。


大聖堂の屋根裏を寝床とする鳩の羽音がかすかに聞こえる。

それほどの静寂さが場に広がる中、一歩、一歩と段を上がる。


最上段に足をかけ、若きシスターは顔を上げた。

凛とした表情と背筋を伸ばしてしっかりと立つ彼女に、知らず吐息が周囲から溢れた。

シスターレイナもその毅然とした様子を食い入るように見ていた。

すぐに自分の番が来る。

彼女のように、狼狽えることなく向かい合って……。

自分の心臓の音だけがやけに大きく聞こえる。


それほどの静寂の中。

キーン、と空気音が鳴った。

耳鳴りかもしれない。

だがその響きに、レイナの背筋がわずかに強張った。


シスターレイナが空耳かと思う間もなく、祭壇の奥から騒音が響いた。


大聖堂の屋根が形を変えた。

空気が波打つように揺れ、誰かの悲鳴が鋭く裂けた。

気づいた人々から悲鳴が漏れる。

シスターレイナは屋根の部分がぐにゃりと歪み、それが一斉にこちらへ向かっているのを見た。

月明かりが、その正体を露わにする。


それは、鳩の大群だ。

夜空を裂くような羽音が爆ぜ、儀式の空気は一瞬で崩れ落ちた。

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