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天はあまねくものを照らす  作者: 藍砂 しん


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18.冷酷司祭と地下道の笑い声

朝が白んでくると、ちらほらと村人たちの姿が見えてくる。

この村の教会へ赴任してから、約二年。

ルシフェンは、村長と何人か集まった村人たちを前にいつも通り無表情に立ち、静かに告げた。


「今日より、私も王都へ向かいます。しばし村を空けることになります」


ざわめきが広がった。


「司祭様……昨日の坊主たちは……?」

「見かけなくなったが、どこへ行ったんです?」

「その馬は、あいつらが乗っていたのでは……?」


昨日、教会に少年たちを通した村人たちが口を揃える。

ルシフェンは少しだけ目を伏せ、淡々と答えた。


「……夜のうちに馬を置いて姿を消しました。どこへ向かったかまでは知りません」


その声音には淡々とした冷ややかさが混じっていて、村人たちの耳には「追い出したのだろう」と響いたに違いない。

空気が一瞬、重くなる。さらに少年たちが置いていった馬を自分のもののように、荷を乗せていることに非難のまなざしを向けてくるものもいる。


「やはり……」

「まあ、あの子らが厄介ごとを持ち込んでいたのかもしれんし……」


誰かがつぶやく。別の誰かが、わざとらしく咳払いをして言った。


「……わしらも、教会に通したのはまずかったかもしれん」

「お慈悲を期待したんだがな。やっぱり、こういうことになったか」


その言葉は、ルシフェンを直接責めるものではなかった。

だが、村人たちがどこか「お前が見殺しにしたのか」と遠回しに訴えているのは、彼にも伝わった。

それでもルシフェンは何も言わなかった。

否定も、弁解も。ただ、振り返らずに歩き出す。

後ろでは、村人たちが冷ややかに見送っていた。

「無愛想な冷酷司祭」が去っていくのだと、そう信じ込んで。

けれど、ルシフェンは小さく胸の中で祈っていた。


──この小さな村がこれからも無事であるように。


その祈りを胸に秘め、ルシフェンは一度も振り返ることなく、王都への道へと足を進めた。




さて、そんなルシフェンの犠牲とは裏腹に、上機嫌な男に導かれ、アルたちは暗闇の道を進んでいた。

灯はエステバンとゼスが持つ光石だ。


「いやあ、賢い馬だった。姫君がなだめたら、見ず知らずの無愛想な男との同道もいとわないとは、泣かせるじゃないか」


ようやく立てる道に出た途端、エステバンが口にしたのはブレイドのことだった。

この一寸先は闇の中でなんとも緊張感のない話題だ。


「馬はもともと賢い。ブレイドは特に見る目がある。じいさんがしつけしたからな」


フェリクスの言葉に、わずかに場に沈黙が漂った。

アルも少し前の場面を思い出した。

ブレイドを宥めるのに、もっとも大変だったのはエステバンを警戒していたからだ。

歯を剥き出して、彼を正面から威嚇していたので、本人に分からないはずがない。

ルシフェンが同道だったので、納得したようなもので、この胡散臭い痩せぎすの男であればまず無理だっただろう。


フェリクスの言葉がエステバンを攻撃していたが、本人は無自覚だ。

光石を持つ最後尾のゼスが小さく吹き出した。


「おもしろ。やっぱ腹に何も抱えてないやつは強いねー」

「何がだ」

「なんでもないでーす」


フェリクスとゼスは案外、相性がいいらしい。

細かいことを気にしないフェリクスは、癖のある人物に好かれやすい。

アルは、背後のやり取りに目を和ませた。


チチ、とピーがアルの肩で小さく鳴いている。

アルの笑いの気配に反応したのだろう。

この小鳥も、思えばアルの肩にとまることが多くなっていた。

森を抜ける間に距離がグッと縮まり、アルに寄り添うことが増えた。

たまに人語を理解しているのではないかと邪推するほど、賢い鳥だ。

ゼスもそれを分かっているからか、あえてピーの好きにさせている。


フェリクスに悪意のかけらもないことはすぐに分かったのだろう。

エステバンは気を取り直したように続けた。


「小鳥ならまだしも、さすがに馬が通れる道ではないからね」


さもあらん。

エステバンの示した道への入り口は、教会の裏にある井戸だった。

苔むした深い井戸の壁に錆びた鉄の突起が出ている。

それを握りながら一段一段降りていく。

生ぬるい空気、据えた臭いの井戸はいかにも死んだ水で、飲めば腹を下すどころの騒ぎではなさそうだ。

底に着く寸前に、人が這えば通れるほどの横穴があった。

井戸水に浮かんでいる板で横穴を塞げば、まず地上から横穴が見えることはない。


隠された道。


這いながらの距離は歩けば五十歩ほどだろう。

しかし、途轍もなく長く感じた。湿った地面に這いつくばり進む。

横穴から出て、地下道に出たときには体を伸ばして立っているだけで、解放感を味わった。

そこで光石を取り出して歩き始め、緊張感を失った男の発言が冒頭のものだった。


そして、その口調のまま、エステバンは続ける。


「君たちも、年齢にそぐわず厄介ごとに慣れていそうだな」


アルは、暗闇であろうと、振り返らずとも、フェリクスがきっと同じ表情をしていることが確信できた。

二人が課せられた内容は違えど、ガスパルからもたらされる日常が平穏とは程遠いものだったことは間違いない。


「……暗闇の洞窟というのに、身に覚えがあるから」

「何かが襲ってくる気配がないだけ、マシだな」

「光石があるなら、昼間みたいなもんだよね」


前から順番に発言したが、最後尾の森の護りの一族のみ、何か次元が違っている。

そういえば、夜でも濃霧の中でもスイスイと道を歩いていたなと、ゼスの能力を思い出す。

フェリクスのほうは、また自分とは異なる環境に放り込まれていたらしい。

暗闇に慣れるため、落ち着いた環境で瞑想する目的で洞窟に連れていかれたが、アルはそこでの戦闘など経験していない。

不憫だ……と思いつつ、それを口にはしない分別がアルにはあった。

そして口にしないことで、自分の考え方もずれていることに気づくことはなかった。

フェリクスがアルの言葉を聞いたら、確実に言っていただろう。


『普通は洞窟で瞑想なんかしねーよ』


ガスパルの教育に骨の髄まで毒されているアルだった。

わずかに沈黙が漂い、それを朗らかな笑いが破る。


「それはそれは。この地下道は、もともと旧王家のために天灯の一族が掘り進めたものだ。半日歩けばさらに広い場所に出る。そこまでは悪いが小休憩しかはさめないが、いけるかい?」


エステバンが聞いたのは、アルに対してだろう。

もっとも体力がなさそうな、同行者への確認だ。

アルは心外そうに、前を歩くエステバンに告げた。


「わたしとしては、先にあなたのほうが限界が来ると思うけど」


なにせ、この男は夜通し同じ道を歩いてきたと言っていた。休む間もなく同じ道を引き返す。

少なくとも、人は眠らねば倒れる。


「よし、それなら私の限界まで歩くことにしよう。姫ぎみの推察通り、私はそれほど体力に有り余っているわけではないし、我慢する性質でもない」


予定を知らされたところで、真後ろでフェリクスがうなるように呟いた。


「……事前にこんなに情報を教えてくれること、あるんだな」


これまたガスパルとの日常に慣らされた、哀愁漂う言葉だった。

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