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天はあまねくものを照らす  作者: 藍砂 しん


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16.星空の瞳

薄暗い礼拝堂の奥へ案内され、石造りの部屋に通された。

長年の祈りを吸い込んだ石壁は、外気の冷たさを残しつつも、不思議と拒絶の気配はない。

祈りと告白、懺悔と決意。そうした人の感情が幾層にも染み込み、ただの石ではなくなっている。

磨り減った床石が、この場所を訪れた無数の足跡を残している。


粗末ではあるが温かな灯火が揺れ、香草の匂いが漂っている。

炎は強すぎず弱すぎず、夜を越すために計算された明るさだった。

乾燥させた香草を束ねたものが壁際に吊るされ、雨と土の匂いを和らげている。


夜のとばりが下り、用意された食卓には、焼いた麦パンと野菜の煮込み、そして干し肉の薄切りが並んでいた。


「どうぞ。旅の疲れには足りぬかもしれませんが、腹を満たしてください。水も先ほど、村の真ん中にある井戸から汲んできたもので新鮮です。教会の裏にも井戸があるのですが、苔むしていて、飲めば腹を下します」


そう言って司祭も席につき、慎重に言葉を選びながら語り始めた。

司祭の丁寧な言葉遣いは生来のもので、誰に対しても同じらしい。

威厳を振りかざすこともなく、かといって卑屈にもならない。

人を選ばぬ礼節だった。


アルたちは普段通りに話して良いと言う。

まず、アルが司祭に確認したのは、王都で行われる儀式についてだった。


「巡礼路が封鎖されているのは、王都で“証の灯火”が行われるためです。プラトすべてに命じられた儀式で、額に刻まれた聖紋が、より強固になる」

「強固に?」


フェリクスが短く問うた。

本人は意識していなくとも、余分な言葉を挟まぬ問いは、相手の本音を引き出すものだ。


「はい。今までは、偽りを述べれば淡く光を放ち、痛みをもたらすものでした。ですが証の灯火を受ければ、その力はさらに高まり、偽りを口にすれば、火を宿すことになる」


その説明は淡々としているが、内容は決して穏やかではない。

宗教的儀式という衣をまとった、統制手段のように感じ、アルは思わず眉を寄せた。


「命を賭けてでも真を語れということでしょうか?」


司祭は淡く微笑んで首を振った。

その動作は否定であったが、続く言葉は完全な安心を与えるものではなかった。


「いや、誓紋そのものが即座に命を奪うわけではありません。ですが“嘘をつけば発火する恐れがある”、それだけで十分に、人を縛る力となるでしょう」


食卓に沈黙が落ちた。

そこには、教義としての正しさを凌駕した制度としての冷酷さがあった。信仰が、人を守るものから縛るものへと姿を変えている。

ゼスが煮込みをつつきながら、軽い調子で言う。


「なるほど。犠牲になるって噂は、ちょっと大げさってことか」

「ええ、噂は尾ひれがつくものですから」


司祭の声はやや硬い。そこには本心を隠す響きがあった。

アルは湯気の向こうにいる司祭を見つめた。

その灰色の瞳が、一瞬だけ自分の瞳へと吸い寄せられる。

星の光を宿したようにきらめく、自らの瞳を。

司祭は低くつぶやいた。


「聖典は変わってません。つまり、旧き王家はいまだ滅んでいないと示しているのです。だからこそ、国中にあの立札が……」


言いかけて、唇を閉じた。

沈黙は、言葉以上に多くを含んでいた。

ゼスがすかさず笑みを浮かべる。


「何か言いかけて、飲み込むのは余計に気になるよ?」


司祭はスープをゆっくりとかき混ぜながら、穏やかな声で口を開いた。


「……本来であれば、瞳に星を宿す子など目にしたなら、王都へただちに知らせねばなりません。それは聖典に記された、絶えることなき血筋の証であるからです」


フェリクスが目を細める。


「さっき慌てて“知らせを送る”って言ったのも、そのためか」


司祭は小さくうなずき、杯を持ち直した。


「ええ。ただ早まりすぎたようです。王都は今、三日後に控えた儀式の準備で慌ただしい。真偽不明の情報を持ち込めば、さらなる混乱を生みます。立札によると、王子は瞳に星を宿し、髪は銀に輝いていると。旧王家は代々そのように引き継がれているので、私の勘違いだったのかもしれません」


理屈は整っている。

だが、どこか無理に自分を納得させているようにも聞こえた。

ゼスが肘をつき、にやりと笑う。


「なるほど。けど、ちょっと引っかかるんだよね。知らせるって誰に? 王都の誰に?」


司祭の手がわずかに止まった。だが、すぐに柔らかな微笑みを浮かべる。


「それは、王都の教会に、です。私ごときが直接名を挙げる立場にはありませんよ」


その言葉には一切の隙がないように聞こえた。

だが、ほんの一瞬の沈黙と、杯を置く仕草のわずかな遅れが、“ごまかし”であることを雄弁に物語っていた。

アルはその空気を敏感に感じ取る。

この人は、私たちを王都に報せようとした。

そして、それ以上の何かを、隠している。

しかし、秘されている内容がなんであれ、アルには司祭から入手したい情報がある。

シスターレイナの安否に関わる情報がどうしてもほしい。


フェリクスがパンを裂き、落ち着いた声で言った。


「ともかく、巡礼路が閉ざされているなら、王都へは別の道で向かうしかないな」

「ええ、そうなります」


司祭はうなずいた。


「ですが、あまり目立つ道を通るのはお勧めしません。王都周辺は兵の詰め所が増えていますし、儀式が終わるまでは封鎖は解けないでしょう。儀式が終わってから、入都されることをお勧めします」


アルは、はっきりとそれでは遅い、と感じた。

間に合わないと自分の勘が告げている。


「司祭様は、王都に無事に入れる方法を知っていますか?」


アルの言葉に、司祭は意外そうに確認した。


「急ぎの事情がおありですか?」

「はい。お世話になったシスターが王都にいるはずなんです。嘘をつくような人ではないですが、発火すると聞けば心配で……」

「そうですか。今回は国中のプラトが集められていますからね。かく言う私も明朝にはこの地を離れる予定でした。王都は近いので、ぎりぎりまで教区にいましたが。とはいえ、プラト以外には巡礼路は使えず、額の誓紋を見れば、すぐに判別されるでしょう。今、王都へ出入りできるのは、入都証を持つものかプラトのみと聞いています」


八方ふさがりの状況だ。


「今回に限っては、プラトの付き添い人も不可とのことで、王都近くの村や街に滞在している人も多いとか」


司祭は諦めることを促す情報を追加してくる。

それは優しさでもあった。

だが、アルは諦めるわけにはいかないと、司祭を見つめた。

双眸の光が増していることは自覚がないままに。


「何か、巡礼路以外の方法はないでしょうか」


ゼスが口を開こうとして、フェリクスが軽く指先を上げて制した。

フェリクスは、こういうときのアルが一切引かないことを知っている。

そして、それが引いてはならないときを示していることも。

ゼスはフェリクスにアルと共にいれば巻き込まれる騒動を楽しみと言っていた。

フェリクスに苦労話をせがむより、体験するのが一番手っ取り早い。

司祭が食事の手を止めて、しばしの沈黙の後、アルに告げた。


「やはり、王都へ知らせる以外にありません。瞳に星を抱く少年が私の元に訪れたと」

「かまいません。そして一つ訂正を」


アルは、目元をゆるませた。

なぜか自分から話さなければ、誰しも気づかないことがおかしくて。


「わたしは女性です」


背後から、フェリクスとゼスの「あー……」といううめき声が聞こえた。

司祭は完全に凍りついた。

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