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天はあまねくものを照らす  作者: 藍砂 しん


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フェリクス──大樹と星詠みの一族

進むにつれて、森の空気が変わっていくのを、フェリクスは肌で感じていた。

風の温度も、匂いも、どこか懐かしい。

理由は分からないが、胸の奥がざわつく。


昔、こんな風景を知っていたような気がする。


隣を歩くアルの横顔を、無意識に確かめていた。

歩幅も、息遣いも、ずっと変わらない相棒のそれだ。


相棒。

ずっとそう思ってきた。

女だと聞かされた今も。

性別なんて、正直どうでもいい。

今さら態度を変えるつもりもない。

なのに、胸の奥で、何かがわずかにずれている。

守る、という感覚が、ほんの少しだけ強くなっている。

孤児院の年下の子どもたちに対する庇護の気持ちと似た何か。

だが、ずっと隣を歩みたいのは、この相棒とだった。


根本に案内され、近づいた瞬間、フェリクスは足を止めた。

視界に飛び込んできた光景に、言葉が失われる。


でかい、なんて言葉では足りない。

圧倒的で、静かで、確かにそこに「在る」もの。

アルが息を呑むのが、横で分かった。


「……すごい」


昔からぼうっとしている相棒がこれほど分かりやすく興奮するのも珍しい。

フェリクスがアルの言動を察知できるのは、長年共にいたからだ。

何にも執着せず、色んなものを年長として年下に譲っている姿を見てきた。

フェリクスも頓着しないほうだが、アルは輪をかけて物事にこだわりがない。


その相棒の震える声を聞いた瞬間、フェリクスの意識はアルへ引き戻される。

肩にかかる重さも、背中の線も、昔から知っているはずなのに、今はどこか違って見えた。


細い、とは思っていた。

ずっと前から。

けれどそれは、少年にしては華奢だ、という程度の認識だった。

性別が違う、という考えには、今まで一度も行き着かなかった。


なんで、気づかなかった?


思い返せば、不自然なことはあった。

物心ついた頃から、気づけば隣にいた。

一緒に走って、一緒に殴られて、一緒に叱られて。


なのに、水浴びは一度も一緒じゃなかった。

冗談めかして誘ったこともあったが、アルはいつも曖昧に笑って、距離を取った。

当時は、深く考えなかった。

そういうやつなんだ、で済ませていた。

今となってはすべてがつながっていく。


隣にいたアルが一歩、前へ出る。

しかし、フェリクスはそれ以上前に進むことはできなかった。

空気の膜が遮るように、フェリクスをその場に留めた。


「アル!」


声が、思ったより強く出た。

焦りが、そのまま喉を突いた。

泉が光った瞬間、フェリクスは息を詰める。

危険かどうかなんて、判断できる余裕はなかった。

ただ、嫌な予感がした。


アルがさらに近づく。大樹に手を伸ばす。

止めたい。

腕を掴んで引き戻したい。

けれど、足が動かなかった。

触れた瞬間、何かが変わったのが分かる。

空気が震え、光が集まり、アルの周囲を包み込む。


「手を離せ!」


叫びながら、フェリクスは思う。

──ああ、おれは、こいつを守りたいんだ。


昔から、そうだったはずなのに。

今は、それがより切実だ。

女だから、じゃない。

理屈じゃない。ただ、失いたくない。

アルが呟く。


「大丈夫だよ」


その声は、ひどく優しくて、懐かしかった。

孤児院で、夜中に聞いた声と同じだ。

熱を出した子どもたちが、なぜかアルの布団に潜り込んでいた理由も、今なら分かる気がした。

無意識に、寄り添う側の温度を持っていたのだ。


フェリクスは、歯を食いしばる。

自分は、守る側だと思っていた。

剣を振るうのも、盾になるのも、自分の役目だと。


なのに、アルはずっと別の形で皆を支えていた。


光が収まり、老婆の声が響く。

「旧王家」「星詠み」意味は分からないが、事態が大きく動いていることだけは分かる。


「関係ねぇな」


気づけば、そう言っていた。考えるより先に、言葉が出た。

肩書きも、血筋も、どうでもいい。

こいつは隣で育った家族だ。

それだけは揺がない。

アルが戻ってきて、声をかけてくる。


「……フェル、ありがとう」


その声を聞いて、胸の奥が、ようやく落ち着いた。

フェリクスはぶっきらぼうに返す。

それ以上、言葉にすると、何かが壊れそうだった。


アルの頬に手を添えて上向かせ、瞳を覗き込んだとき、目の奥に、確かに星のようなものが見えた気がした。

けれど、それ以上に気になったのは、その頬の柔らかさだった。

昔から、こんなだったか?


いや、違う。

知ってしまったから、見え方が変わっただけだ。

フェリクスは、心の中で静かに決める。

性別が何だろうと、血筋が何だろうと関係ない。

アルはアルだ。

ただ、これからは、もう一歩前に立つ。

無意識に高まったその感覚を、否定するつもりはなかった。


相棒だから。

家族だから。

そして、守ると決めたから。

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