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そのエロ本を読むんじゃねぇ!〜エルフに脳内を覗かれるまで〜

作者: ザキケン

「あーらら、カップ麺、ラインから落ちちゃってるよ」




おなじ商品が機械的に綺麗に整列したまま向こうに流れゆくベルトコンベアの上から、外れて床に転がったカップ麺を見つけたのだ。




俺の名は餅夫。インスタント麺工場で勤務している。

マスクに帽子、全身白ずくめの格好だ。




「自分のケツくらい、自分でふいてくれよ…」

そう言う俺の同僚のナカイの顔は、いつも疲れている。彼にゃ色々手間かけさせてんだ。だからこれ以上は…



俺はやっと仕事に慣れたトコだ。ということもあって特別にナカイが色々指南してくれている。と言っても、はいりたての人間にさせてもらえる事なんて床磨きか照明の付け替えくらいだ。




そういうことあってかナカイは、工場の新入りからはよくない評判を聞くことが多い。

しかし、仕事をこなす周りからの期待は高い。休憩室のガラス窓の向こうで工場員と笑い合いながらお喋りしているのをよく見かける。






そんな中、地面に放り出されたカップ麺。

見てみぬ振りは、お小言のもとだ。ナカイからのな。




レールの上に戻しておかないとな。

俺はそのカップ麺に手を伸ばした。




そのときだった。




「なんか明るくなぁーい?」

そんな声がした。突然。




目の前の、床が喋った!?




「ハァイ!?」

俺は、ギョッとして半オクターブ高い声が出た。世に言う裏声ってェやつである。

思わず、近くの大きな機械の影に隠れて様子を見た。




「ここはどこ!?私はたしか…」

いや…よく見ると転がっているカップ麺から声がしているようである。

カップ麺はボディを弓のようにしならせて飛び跳ねると、キチンと着地し、直立した。




一瞬、俺は声が出なかった。

シーンという空気が流れ、周りの機械音だけが聞こえる。




俺は影から顔だけ出して、肩をすくませ呟いた。

「…うわ。カップ麺。なんか喋ってるよ。」




カップ麺がこちらの存在に気付いたのだろうか。

こちらに話しかけてきた。ビックリするくらい大声で。

「もしかして王国の生き残りですか?あッ違…はァ〜

わわわわたくし、決して怪しい者では…


あ地面近ッ!ちゃんと立ってるのに…。」



と言ったとき、カップ麺は、近くの機械に映った自分に気付いたようだ。

「これは何?…箱?」




なんかよくわからんが…俺は推測した。

「鏡に映ったアンタだぞ。つか、カップ麺知らないのか?」




「カップ?」

カップ麺の反応は…キョトーン、という表現が合っているだろう。鏡映しになって見えているのは、カップ麺の自分ということに気付いてないようにすら俺には見えた。自分のことを人間とでも思い込んでいるのか?



「…どー見ても怪しいけど、中身は怪しくないみたいだな。

とりあえず話聞こか?休憩時間なったらな」






休憩室 と扉に書かれた、狭くてガラスに囲まれた椅子のある部屋で、

空があずき色に染まりきった頃、カップ麺は餅夫に向かって話し始めた。


「ここは私とは違う世界…

私が住んでいたのとは違う世界、というのが正しいですかね。床で頭を打った瞬間、意識を取り戻しました。それとともに、すべてを思い出したのです。」




「床に落ちたときにか?いやいや、違う世界て。何言ってんの。だいたいアンタここで作られたカップ麺だろ。」

白ずくめの作業着を残らず脱いだ餅夫は、はぁ?という感じで返した。




「違うわ。一度さまよった私の魂がこのボディに憑依した、というべきよ。

そうね…どこから話したらいいかしら。


私のもともと住む世界では生き物を忌み嫌う思想をもつ、白の教団によって禁忌とよばれし太陽の不死鳥が復活したの。



その白の教団はおおきな雛鳥の餌になったの。彼らの目的が、知的生命の根絶だったからかしらね。最初の犠牲者ね。



それからその太陽の鳥によって地上は火の海となった。

不死鳥を封印しようと奮起した王国連合の兵士たちのなきがらの山ができる中…長としてエルフの皆に想いを託されて、ただ一人生き残ってしまった私は地下深くの祭壇で、伝説の書に残された賢者復活のためにその身を捧げたのよ…。




…と、ここまでが私の知ってることね。あ、私の名はミンナ…ってこっちの言葉では発音するみたいね。王国の皆んなからミンナって呼ばれてたの。あと、不死鳥のことはブレイズって王国の人は畏怖を込めて呼んでたの。」




餅夫は、むむ…と唸った。

「あー…よくわからんが。ま、結果的にアンタは生きてる。助かってんじゃん。よかったね(cv:桜井政博(エアライダーのひと))」





「よくないよ。あ、あの不死鳥、

ハナがよくきくらしいのよ。



もういいでしょ!はい。私のこと教えたんだし、アナタのことも教えてよ。

なぜにさっきまでそんな白ずくめだったの。」

よその世界から来たソレは、だるそうに話をその男に振った。




(ん?さっきまでオドオドしてた割に。

なんか急に態度でかくないかこのカップ麺?


あんま続くようなら、ひと言言っとくか。)


餅夫は、あーと言い、続けて話した。



「え、いや、白いのはマスク。あと作業着な。ここ、清潔にしとかなんと同僚に怒られんだよ。

あ俺の名は餅夫。みてのとおり、工場で働いてんの。にしてもわかんねーなー。さっきまで箱詰め過程で他と並んでたカップ麺と喋ってんだから。


もしかするとアレか?異世界〜ってヤツか?」




「知らないわよ。

ん?


この気配…

まさか不死鳥…ブレイズが!」




「はは、まさk」

餅夫が椅子に腰を下ろして、淹れたてのコーヒーを口にしながらヘラヘラしたときだった。




休憩室の扉がドン、という音をたててふっとんだ。蝶番が外れた扉が餅夫の鼻先をかすめて部屋奥の窓硝子に突っ込んだ。パラパラと、崩れたガラス破片が床に落ちる。



コップを持ったままの餅夫が鏡越しになにかが浮いていたのを見た。地上1.5メートルくらいのところをフワフワと。なぜか首が回らずよく確認できなかったが、ミンナよりすこしおおきいサイズのカップ麺のようだ。よくみるととんこつ味と印字されていた。




「この熱…ブレイズ!間違いない。

やって来たのね、私とおなじ。」


ミンナは、餅夫のほうを振り向いた。

「向こうから。私の魂の軌跡臭を辿ってさ。」





餅夫はうん?と頷いた。

「あー、よくわかんねぇが…

ってことはブレイズとやらも、わざわざお前ひとりを仕留める為に一回死んでることになるな。

はは…ウケるな。」





「知ったこっちゃない!あのトリ本人に聞いてよ。

というか、それだと私の世界で、とっくに知的生命の根絶を済ませて暇になったってことじゃない!」



狼狽えるミンナを尻目に、ブレイズが不敵に笑ったーーような気がした。

カップ麺とんこつ味の器に顔がないので、分からないが。





「絶対に許さない。これはみんなのうらみ!このッ!」

ミンナはブレイズに向かって勢いよく飛び上がって体当たりした。

とんこつ味とカップ麺がぶつかって コツン、と音がした。

ブレイズはすこしバランスを崩したように見えたがすぐ立て直し、ミンナを突き飛ばした。




「キャッ。なによ。魔法込めてんのに役に立たないじゃない。

はぁ。この体じゃ戦えない…」




(それは向こうもおなじだぞう。

むしろミンナはトリと違って、飛べないんだな…)

と、餅夫は思った。

口に出すのは、やめといた。なんか怖いので。




「軽すぎるわ。この体。

ってまずいわね…さっき触れたときにわかったけど、ブレイズの熱のエネルギーは水面下でかなりたまってる。

このままじゃ、私が焼かれる程度じゃ済まないわよッ!」





「そんな大したことなさそうだけどな。言ってとんこつ味だし。とりあえず警察っと。あのカップ麺にゃ扉と硝子代出してもらうかんなー。」




ミンナは床でピョンピョンと跳ねた。

「ああんもう!鈍いわね。それはあのトリがこっち来るときにリセットされてるからよ。熱が!私の手足がないようにね。それにそんなお気楽なモンじゃないよッ。奴を放っておいた人達のことはよく知ってる。次々に死んじゃったもん。舐めてかかって、気付いたときにはもうあのトリの炎は誰にも止められなかったのよ。」



床から はーっとミンナのため息が聞こえた。

「他の奴らに事情を話している暇はないわ。伝説の賢者を待つのもね。最悪の状況にだけはなんとしても…。」





「そうか。しかに、とんこつ味ひとつで地球が火の海なんてのは笑えねーな。しょうがねえな。あとで買い上げたって記録しとくか。あーあ財布から天引きか…」

餅夫はけだるそうに腰をあげた。




ミンナは、そんな餅夫をみて

「ちょっと!どうしようってのよ!」と言った。




「お前の世界にはスズメバチ居たか?親にはある猛毒が、成長過程の幼虫にはないらしいぞ。



…奴を食べちまおうって算段よ」

餅夫はコーヒーを淹れたときに使った小型ポットを手にとった。




「そんなことできるわけないじゃない!座ってて」





「もとの姿を見たこたぁないが、お前ら今はインスタント食材だ。カップ麺とはこういうものだってことを見せてやるよ」

ポットを振りかざすと同時にチャポンと音をたてる。手応えをみて、餅夫はにやりとした。




餅夫は、こちらの様子を伺うように空中静止していたとんこつ味を捕まえようとしたが、


「キィーーーーッ!!」

ソレは叫びながら暴れ馬の如く当たり散らすように飛び回ってきた。

部屋の壁紙は切り刻まれ、窓ガラスは割れた。




餅夫はブレイズに伸ばしていた手を引っ込めた。

「うぉッ、痛ってぇ。カップ麺の威力じゃねぇゃ。なんてこった。

あ〜ダメだ。暴れまわってお湯どころか蓋すらぁ触れられんだ。





…ってなんか、こっちに突っ込んできた!」






「傷口を塞いで!はいり込まれるわよ!」

ミンナのその声を聞き、餅夫は慌てて腕の傷をかばう。





「不死鳥の魂の類は、相手の身体を伝って、心の臓に侵入できるのよ。


今つくりもののボディでは弱いと理解したのね、ブレイズの奴。

この世界に馴染む為。すこしでももとの力を発揮出来て、脅しのきく体を欲しがってるみたい。



わかった?もう墓穴を掘らないで頂戴。で、どのくらい時間がかかるの?その…奴を食べてしまうのに。」




餅夫は えー、と息を漏らした。

「いただきますまでお湯を入れて3分なんだが、でも…」






「はー

…ほんとにそんなんでできるのね?

思いついたわ。あのトリ見てたら。

なくはないわね。でも…」





「あ?策があんのかよ。なんか。

言ってみろ」





「そうね。ま言うだけタダだし。単刀直入にいう

アナタの身体を囮にするわ」





餅夫が「え」という前にミンナは続けた。

「よく聞きなさい。奴の狙いは貴方の傷口。だから、ソレを利用する。

まず、アナタの身体に少しの間私の魂を移させてほしいの。


私もあのトリと同じことができるのよ。あなたのイメージにまでは入り込めないけどね。



で、今のちっこいこの体よりも、エルフだった頃に近い貴方の身体の方が魔法の防御陣の力が出せると思う。奴が心の臓に乗り移ろうとした時、私が体の中から防御陣で追い返す。私、エルフの長だし。





で、諦めてブレイズの魂がまたこのカップ麺とんこつ味に戻るまでに…奴を食べてしまってほしい。大丈夫。3分なら奴は身体にもう一度は馴染みきれない。

てか、よくわかんないけどいけるならそのままかじりなさい。最悪待たずに。



あいにく感覚とか体の操縦権とかは私にうつるから、食べおわるまでにやることをその場でイメージして私に指示してほしいの。だいたいこんな感じ。


理解できたかしら?」





餅夫が、おう、と返事をしたとき、なにか予感がした。

(ん?あのトリにしろミンナにしろ

身体のほとんどをとられるのはちょっと…

なんか言い訳を…)



「ちょっと待て。やっぱだ。



もしよ。

いごこちがいいからってずっと居座られたらよ。

たまったもんじゃねーぞ!

なし、やっぱナシだ!」




「何言ってるの?」




「あのな、この先ン人生おまえに体ン中いられたらヤだって話をしてんだよ。」

そう怒鳴る餅夫尻目に、腕めがけて不死鳥が飛んできた。




「?

はぁーーー!?

そんな事する訳ないじゃんバーーーカ!」



とミンナは言った。が

餅夫は不死鳥がかすめそうになるところを間一髪で引く。そのいきおいで床に尻もちをついた。

そんな様子を見ながらミンナは、すこし間をあけて喋った。





「あ、それも…なくはないわね。言われてみれば。

常時魔力出せそうだし、アナタの動きとエルフの体感は見てて近い感じね。悪くない発想だわ。」





「フ ザ ケ ル ナ ! !

畜生!お前ホント最低のカップ麺!なんなんだよ俺の言ったことオぁ便乗しやがって!サイアク!!」





「冗談よ」





「……勘弁してくれよ…



信じるぞ。

信じていいんだよな?」

餅夫がそう言う間に、室内温が上がってきた。


「やるしかねぇか…



こうなりゃヤケだ!よしこいっ」




「わかったわ。

まず、席につきなさい。」

ミンナはそう言った。餅夫が椅子に座ったのを確認してから、ミンナは餅夫の膝の上にジャンプし、次いでそこから肩に飛び乗った。


「…ちょっと、餅夫。そんな緊張されちゃ身体に入り込む隙間がない。もっとこう……リラックスして。」



餅夫が力を抜くよう意識すると、ミンナが身体の表面全体からひんやりとした液体のように肉体の内側に入り込んでくるのがわかった。

餅夫の意識は、身体の奥の奥に押しやられた。




餅夫がゆっくりと椅子から腰をあげると、とんこつ味が飛びかかってきた。


作戦でいけば、ブレイズの魂を誘い込むことになっている。




(負けんなよ…)

餅夫はそう思ったが、言葉が出ず口も動かないことに気付いた。




「大丈夫、負けないわよ」

餅夫の身体を拝借したミンナが、彼の口から返事した。





ブレイズから赤ワイン色の影が現れ、巨大なフクロウの形になった。

タカをも思わせるその嘴は、とても鋭い。



魚に喰らいつくかのように、餅夫に飛びかかってきた。


身体を細く変え、傷口に入り込んでくる。




「んぐ…ここは堪えなきゃ…絶対に譲らないわ!!

身体を馴染ませる為に、ポージング入れるわよ。

簡単にいうと、テンションを上げるってこと。」




(ポージング?)

餅夫がそう答えると、ミンナは気合いを込めてポーズを決めた。





餅夫は違和感を感じた。



(これは、

その…




…コマネチでは?)




休憩室の全身鏡に映った自分の姿を見て疑問は確信になった。

そこには、情けなく股間Vサインをキメる男の姿があった。


(いややっぱコマネチじゃあねーか!

やめろやめろ!俺になんてことさせてんだ。

仮にもお前は女の子だろぉ!?

男の身体を借りてなんてことやってんだ。恥というものを知れ恥を!)



しかも鏡を見る限り、とても笑顔である。

表情筋まで支配されてることを自覚し、餅夫は(はぁ…)とため息をついた。




「何言ってるの、エルフ族に、代々言い伝わる神聖な構えなんだから!」

テンション増幅中なのだろうか。額に汗を流しながら、ミンナはニッコニコでそう答えた。




(おい!変なの言い伝えてんじゃねーよ!ふざけてんのかよお前のご先祖!

ごめんよォ。子供の頃の俺。こんなんになっちまってよォ)





しばらく踏ん張っていたが、餅夫の身体が黄緑色に輝きだした。ミンナが叫ぶ。



「よーっし同調完了!いくわよ。防御陣!」




傷口の中で何かがあばれているように見えた。ブレイズだろうか。




バシィ!という音をたてたと思いきや、餅夫の体から赤ワイン色のフクロウの影が蒸気のようにしみだしてきた。その顔は面食らった、といった感じだ。




「ダメージ入ってるわよ。

いよし!さっきのカップ麺ちょうだい。」

ミンナは自分が身体を操れることも忘れて、そう言った。床に転がってたとんこつ味を手に取ると、こっちに入って下さいと言わんばかりにブレイズに差し出した。




ブレイズは一瞬こちらに襲い掛かろうとする素振りを見せたが、黄緑色の光を見た途端に目の色を変え、ミンナが手にしていたカップ麺に入り込んだ。



「よしよし。偉いわね。まーた防御陣の餌食なんてヤだもんね。実はね、魂の憑依にはとても負荷がかかるの。短時間に何回もはできないから、暫く出てこれないわ。

餅夫。これの調理方法教えて頂戴。」





(お湯入れて3分だ。

…っておいミンナ!ポット持ったままキョトーンとしてんじゃねぇ!もしかして、俺に全部説明させる気か!?)




「だってアタシ、ポットとかいうもの、触ったことないし…」




(俺の頭ン中の記憶を覗けないのか?そっからやり方を探せばいいだろう。)





「なるほど!アンタ頭いいわね。それじゃ、早速失礼して…。



…ふーん餅夫、アンタこんな趣味してんのね。ニンゲンはやっぱニンゲンの裸が…」


ミンナがそういうと、餅夫のイメージの中にうっすらと最近読んだ官能的な本が出てきた。しかも開いた状態だ。ページをパラパラとめくって…




(うぉい!なんでそうゆういちばん見られたくないとこォちゃっかり見てんだよッ!!ふざけんな!カップ麺の作り方こっちでイメージするから、それ感じ取って作ってくれ!)




「わかったわよ。エーと?ポットのロック解除して赤いボタンを押す…

ねぇ、餅夫。このカップ麺のフタを外す、っていう行動。どのくらい力加減加えたらいいか分からないんだけど。この素材だと余計なとこまで破けそうよ」




餅夫は気怠るそうにこたえた。

(軽くでいいだろ、そんなの。ちくいち聞くな。自分で考えてくれ)





「ほぉ。 香るOL特集、とな…。」





(お花を摘む程度でございます。

本体には触れず、フタだけつまむようにするのがよろしいかと)





調味料をとり、カップ麺の容器の内側のラインまでお湯を入れて、休憩室の壁にかかっている時計を見た。




あと3分…。

ミンナが手にしていたとんこつ味がちょっとガタガタ震えた。ブレイズの魂となじみ始めているのだろうか。




エルフは箸が使えないだろうと思い、餅夫は休憩室の棚の引き出しにに使いすてのプラスチックフォークがあることをミンナに伝える。そして、こんなことを語りかけるのだった。


(なぁ、ミンナ。お前は元居た世界で、どんなものを食べていたんだ?)



「…つまんないものよ。お願いだから聞かないで。」

ミンナは続けて、ぽつりと口にした。

「エルフは他種族に比べて長寿な子が多いの。私もそう。だからいろんなもの食べても知ってる味なの。大体昔口に入れてるし。

そういうものよ。だから味にいちいち感激しなくなるし、魅力を求めなくなるのよ。」



「こっちの世界は、すごくたくさんの食材や料理があるのね、餅夫。」





(そうだな…

しれっと俺の記憶眺めてんのは、だいぶいただけねぇケドな!



っておい、3分たったんじゃねーのか?

アッとんこつ味ちょっと浮いてる!早く食ってくれ)


餅夫が気付いた通り、ブレイズの入ったソレは、地面から少し離れたところでふよふよしていた。


(こっちのほうでは、食べる前に「いただきます」って言うんだ。大事だぞ)




ミンナは へー、と答えた。

「私の世界での食前の『ラズヴィティカーナ』に似てることばね。

いただきます。」




(知らねーよ)と思いかけたが、餅夫は引っ込めた。多分、ミンナに気付かれてる。



フタを開けたミンナは、思わず声をあげた。

「鼻を包むまろやかな香りねー。油かしら。めっちゃおいしそう。アッよだれが」




(いいから食え!)

餅夫はミンナにそう語りかけた。




ミンナが慌てて、麺を口に運ぶ。

「あっ熱。すべすべしてて絡み付くような舌触り。」




「モチモチしてて優しい感じ。すべっこい。あ、また言っちゃったわね。甘辛いのもあるわね。」

ミンナはそう言った。口の中に入っているのに、次の麺をすすろうとしている。


「するりと抜けていくわぁ。

エッ、スープも飲んでいいの?」




餅夫は、やれやれ…というような感じで見ていた。

(しれっと俺の記憶を見ないでくれ…。

つか。なんか、食ってるのに、食ってる感覚がしねえ。あいつがかんじとる部分も持ってってるからかな。




あ、食い終わったら、「ごちそうさま」な)





「ふー、『ごちそうさま』ね。

こっちの世界では、こんないいものを食べてるのね。食事でワクワクしたのは久々。」




テーブルに置かれたとんこつ味は、ちょっとフルフルと震えたが、ピタリと止まって動かなくなった。

カップ麺から赤ワイン色のブレイズの魂が出てきて、フクロウの形をかろうじて模した。


が、煙状のソレは空気の中に消えた。苦悶の表情を残して。






「あーらら。不死鳥ちゃん いてこましちゃったわね。



無事にめでたしめでたし、ね。

さて餅夫。そろそろ、この身体を貴方に返さないと…。」





(わかった。

お、おい。お前はこれからどうするんだ?)




「さあね。ブレイズを倒すという皆から託された私の使命も終わった。もとの世界にかえる方法も無さそうだし。それに、向こうで待ってくれてる人なんて、もう居なくなってるでしょうし…とりあえず、もとのカップ麺にでも戻ろうかしらね。」




(レールから落ちたやつのカップ麺のほうにか?ダメだ。アレは商品。店に送らなきゃなんねぇ。そうしなくても、ここに来て誰かが間違えて食べてしまったらお前もあのトリの二の舞だ。それに、そうならなくても賞味期限で…

そうだ!ミンナ、憑依って無機物でもイケるか?)



餅夫は休憩室の壁に時計がかかっているのをイメージしてミンナに伝えた。

(これ、どうだ?)




「…餅夫?人の能力のこと、便利グッズか何かと勘違いしてない?」





(魂、入れられないのか?)餅夫はそう思った。





「できる…できるけど。さっき言った通り、いま負担かかってるから暫く貴方の中に居させてね。」





(わかった。とりあえず、明日か明後日に伊達眼鏡買って持ってきてやるよ。それに入ってるといいさ。伊達眼鏡と一緒にあちこち連れてっていろんなモン見せてやるよ。美味しそうなモンがあったら教えてくれ。。俺の身体で食事を摂るといい。ときどき、ときどきな。)




「そうね…嬉しい。嬉しいけど…

はぁ。この世界の食事をあらかた食べたら、どうしようかね…」




(嫌になるか?その日が来たらまたカップ麺に入れて俺が美味しく食べてやる。それでいいか?)





「はー…冗談はよして。…ま、それもさ…いいんじゃない?



それじゃよろしくね、餅夫。」




(おうよ)




とっくの前に休憩時間は過ぎていたことを、餅夫はまだ知らなかった。




後で、身体を借りてるミンナともども同僚のナカイにこっぴどーく叱られることも…



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