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シンクロする夏:AI羅針盤と、僕らのセツナ恋物語

作者: Tom Eny

シンクロする夏:AI羅針盤と、僕らのセツナ恋物語


橘ハルトのスマートフォンは、元気がない。いや、彼の未来への意欲が空白だった。画面のスケジュール帳アプリは、数週間前のアップデート以来、過去の授業はぼやけ、未来は「未定」ばかり。成績は低迷、夢は漠然とし、親からはため息をつかれっぱなし。夏休みだというのに予定はゼロ。彼の心のように停滞した日々が続いていた。


そんなスマホに、見慣れない通知が届く。バイトアプリ「夏バイトナビ」の特別求人だった。


「【AI厳選!】とあるビーチの海の家スタッフ、あなたのスキルを求めています!(採用率95%)」


ハルトは眉をひそめた。「AI厳選」? 不思議な予感を抱きつつ、やることもないハルトは応募。スムーズに採用され、住み慣れた場所から遠く離れた海辺の街へ。まさにちょっと羽を伸ばす感覚だった。


予期せぬ出会いとAIの導き


夏休みが始まったばかりのとあるビーチ。 灼熱の太陽が照りつける海の家「シーサイド・ブリーズ」の門を叩いたハルトは、隣にいた同じ制服の少女に声をかけられた。


「え、もしかして、あなたもこのバイト、『夏バイトナビ』のAI厳選求人で見つけたの?」


透き通る肌と知的な雰囲気を持つその少女は、水瀬アカネだった。彼女のスマホにも、ハルトと全く同じ求人情報が表示されていたのだ。「まじか!こんな偶然ってある!?」 顔を見合わせて笑う二人。この奇妙な共通点が、普段なら交わることのないハルトとアカネの間に、微かな、そして特別な絆を生んだ。ハルトの胸に、まるで一目ぼれのように、初めての甘酸っぱい感情が芽生えた。


その日から、二人のスマホは特別な糸で繋がれたように共同作業を始めた。住み込みのバイト生活は濃密で、アプリのシフトは常に二人が一緒になるように組まれていた。


「【AIシフト最適化】〇月〇日、水瀬アカネさんとの共同作業時間が最大化されるシフトを提案。」


灼熱の太陽の下、ドリンク運びや来客ラッシュでへとへとな時、アプリはまるで二人の心境を読んだかのように通知する。「【休憩推奨】この後3分間、水分補給と軽い会話でリフレッシュを。水瀬アカネさんとの雑談で心理的疲労回復率15%向上予測。」 二人は顔を見合わせて笑い、小さな休憩を共にした。


海の家バイトの「あるある」と、恋の波紋


海の家バイトは想像以上に体力勝負だった。


「かき氷、シロップ足りないぞ!」「焼きそば、まだかー!」「浮き輪、空気抜けてる!」 怒号にも似た声が飛び交い、砂まみれの店内を駆け回る。氷は溶け、タオルはすぐなくなり、シャワー室の詰まりは日常茶飯事。「【緊急対応:〇番テーブル、オーダーミス。AIが最適な代替案を提案します。】」 アプリの指示がなければ、パニックになっていたかもしれない。


ランチピーク時は、山積みの浮き輪やパラソルの回収に追われる。「【効率化提案】パラソルの折り畳み、最適角度は17度。収納スピード10%向上。」 アカネと二人、汗だくで必死に作業していると、店長から「お前ら、息ぴったりじゃん!」と声をかけられ、思わず顔を見合わせて笑った。


ある日、カウンターの隅で小さな男の子が泣いているのにアカネが気づいた。「ママ、いないの…っ」 迷子だ。アカネは優しく膝をつき、「大丈夫だよ、お姉さんが一緒にママを探してあげるね」と微笑み、手をつないで店内を回り始めた。その様子を見つめるハルトのスマホが通知する。「【感情解析:水瀬アカネの『母性本能』発動。好感度上昇に寄与する行動:共同での迷子捜索。】」 ハルトは苦笑しつつ、すぐにアカネの隣に立ち、男の子に「お兄ちゃんと一緒に探そうか?」と声をかけた。親が見つかった時、男の子がアカネに抱きつき、満面の笑みを見せた。アカネの顔も喜びでくしゃりと歪む。その仕草に、ハルトはアカネの普段見せない可愛らしさと温かさを感じ、胸が締め付けられるようにキュンとした。


恋の波乱と、本当の自分


海の家には初心者向けサーフィンスクールも併設されていた。ある日の休憩中、ハルトのスケジュール帳アプリが提案する。「【新体験の推奨】水瀬アカネさんとの共同サーフィン体験は、関係性深度を30%向上させる予測です。推奨時間:今日の夕方、波予測:良好。」


「え、サーフィン?!」ハルトは驚き、アカネを見た。アカネもスマホを見て目を丸くしている。運動とは無縁の二人にとって未知の世界。アプリに導かれるまま、初めてサーフボードを抱えて波打ち際へ向かった。


最初は波に飲まれ、ボードから転げ落ちるばかり。「こんなに難しいの!!?」と笑い合う二人。アプリは「【フォーム改善提案】パドリング時の重心を〇〇することで、安定性が20%向上します。」とインストラクターのようにアドバイスをくれた。転んでも転んでも、互いに励まし合い、笑い合った。ハルトが初めて波に乗れた瞬間、アカネが「やったー!」と叫び、その笑顔は太陽よりも輝いていた。ハルトのギャラリーには、夕焼けを背景に、波に乗るアカネのシルエットが自動で保存された。アプリは学業もサポートした。「【学習効率最大化】今夜22時から23時、〇〇さんの得意な数学を共有することで、あなたの〇〇に関する理解度が向上する予測です。」 バイト終わりに、アプリに導かれるまま海の家近くのベンチで数学を教え合い、古文を学んだ。


そんなある日の午後、ハルトがカウンターでドリンクを用意していると、パラソル席の方からアカネを呼ぶ声が聞こえた。いかにもチャラそうな男二人がアカネを取り囲むように話しかけている。アカネは困ったように微笑みながら、ハルトの方にチラリと視線を送っていた。


ハルトの胸に、今まで感じたことのないズキリとした痛みが走った。スマホが震える。「【緊急事態警告:水瀬アカネさん、ナンパされています。放置した場合、好感度低下の可能性70%。】」 アプリが冷静に状況を分析するにもかかわらず、ハルトの思考は完全に停止していた。


その瞬間、颯太がぬっと二人の間に入った。「おい、あんたら。うちのバイトに何か用か?」彼の低くも堂々とした声に、男たちは気まずそうに顔を見合わせ、やがて何も言わずに立ち去っていった。


「颯太さん、ありがとうございます!」アカネが安堵の表情で礼を言う。颯太は「気にするな。困ったことがあったら何でも言えよ」と、太陽のような笑顔でアカネの頭をポンと撫でた。


その光景を見ていたハルトは、自分の足がその場に縫い付けられたようだった。颯太の完璧なヒーローっぷり。そして、それに対するアカネの満面の笑顔。アプリは無情にも通知する。「【行動失敗:水瀬アカネへの好感度変化、現状維持。競合との差は未だ大きい。】」 ハルトは、ぐっと唇を噛みしめた。このままでは、特別な夏は終わってしまう。


アカネ、決死の救助と、ハルトの目の前の人工呼吸


夏休みも後半に差し掛かったある日の午後。ビーチは子供連れの家族で賑わっていた。ハルトが店番をしていると、アカネが遠くの遊泳区域を指さして叫んだ。


「ハルト!あの子、溺れてる!?」


ハルトも慌てて視線を向けると、沖の方で小さな子どもが波に飲まれ、苦しそうにもがいていた。ライフガードの監視塔は、この時、別のエリアで喧嘩の仲裁にあたっており、一瞬、監視の目が離れていた。


アカネは、考えるより先にエプロンを脱ぎ捨てて海へ駆け出した。 「アカネ!?危ない!」 ハルトの叫びも届かない。迷子の子供に優しく接した時の、あの迷いのない純粋な瞳。 アカネは、ただ一心に溺れる子どもに向かって泳ぎ始めた。しかし、不慣れな波とパニックを起こす子どもの重みに、すぐにバランスを崩してしまう。必死にもがくアカネも、やがて波に飲まれ、意識を失いかけるように沈んでいった。


「アカネ!!!」


ハルトは一瞬、心臓が止まるかと思った。どうすればいい!?焦燥が全身を駆け巡る。スマホが狂ったように震える。 「【緊急事態警告:遊泳者、溺水状態。水瀬アカネ、二次溺水。生命維持のため、救命措置が不可欠。ライフガードへの速やかな通報を推奨。】」


ハルトは叫んだ。「颯太さん!こっちです!アカネが、アカネが溺れてる!!」


その声に、喧嘩の仲裁を終えたばかりのライフガード、海野颯太が、異様な速さで駆けつけた。彼は迷うことなく監視塔から飛び降り、人混みをかき分け、迷わず海へと駆け出す。一瞬で波を乗りこなし、まず子どもを素早く安全な位置へ押し出し、すぐにアカネの元へ。ぐったりと意識を失い、沈みかけていたアカネを抱え、陸へと引き上げた。


砂浜に横たえられたアカネは、顔色が青ざめ、呼吸が停止していた。 「【行動推奨:心肺蘇生を開始。】」 アプリの無機質な通知が響く中、颯太は迷うことなく、アカネの口に自分の唇を重ね、人工呼吸を始めた。 ハルトは、その光景を目の前で見て、息をのんだ。目の前で、自分が一番守りたい大切な人が、ライバルに、命を救うキスをされている。恐怖、安堵、そして、今まで感じたことのない強烈な嫉妬が、ハルトの胸を締め付けた。周りの喧騒が遠のき、ただ颯太の真剣な表情と、アカネの胸の動きだけが、スローモーションのように映る。


しばらくして、アカネが大きく咳き込み、意識を取り戻した。颯太は「よく頑張ったな」とだけ言い、彼女の背中を優しくさすった。アカネは、命が助かった安堵からか、涙目で「颯太さん、ありがとう…」と震える声で感謝を伝えた。その完璧な対応と、命がけでアカネを救った颯太に、アカネは満面の信頼と感謝の眼差しを向けていた。ハルトは、自分の足がその場に縫い付けられたようだった。アプリは無情にも通知する。「【行動成功:水瀬アカネの生命維持。海野颯太の好感度、大幅上昇。競合との差、致命的に拡大。】」


最高の別れの演出:ビーチライブと花火


夏休みも後半に差し掛かり、海の家では恒例の「サマーナイトフェス」の準備が始まった。店長が言った。「この海の家はな、昔はキマグレンもよくライブやっててさ。海の家から音楽を発信するってのが、俺らのコンセプトなんだ。」ハルトは「あ、あの『LIFE』の?」と目を輝かせ、アカネも「私も大好きです!」と続いた。


アプリがまた新たな提案をする。「【イベント成功への道】AIが解析した、最も集客効果の高い演出プランを提案します。(提案:星空の下でのアコースティックライブと、サーファーによる花火協賛企画)」「【SNSトレンド予測】#真夏の奇跡 #予定調和をぶっ壊せ が最適なハッシュタグです。」 AIが提案する、ちょっとだけぶっ飛んだハッシュタグに、二人は苦笑いするしかなかった。


フェスは大成功。海の家での最後の夜、特設ステージではビーチライブが始まった。夕暮れ時のオレンジ色の空の下、心地よい潮風が吹き抜ける中、地元出身の若手バンドがエネルギッシュなサマーソングを奏でる。ハルトとアカネは、バイトの疲れも忘れ、砂浜に座って音楽に身を委ねていた。周りには、夏の思い出を分かち合うように、笑顔の客やバイト仲間たちが集まっている。アップテンポな曲が流れると、自然と体がリズムを刻み、隣に座るアカネと目が合って微笑んだ。


ふと、アカネが「ねえ、ハルト。私たち、本当に色々なことがあったね」と、感傷的な声で言った。ハルトも、この夏の出来事を走馬灯のように思い返していた。AIアプリとの出会い、海の家での慌ただしい毎日、初めてのサーフィン、迷子の子供、溺れた人の救助、そして、いつも隣にいたアカネの笑顔。


ライブが中盤に差し掛かり、ボーカルがMCで言った。「そして今夜は、スペシャルゲストとして、このビーチを守ってくれているライフガードの海野颯太さんが、得意のギターで参加してくれることになりました!」会場から大きな歓声が上がる中、颯太がギターを抱えてステージに登場し、しっとりとしたメロディーを奏で始めた。アカネは、ステージで真剣な表情でギターを弾く颯太の姿を、少し離れた場所から見つめていた。


ライブ終盤、花火が夜空を彩り始めた。ハルトは、打ち上げられる花火を見上げるアカネの横顔をそっと見つめた。煌めく光の中で、彼女の瞳が潤んでいるように見えた。ハルトはアカネに伝えたい言葉があった。この夏、このアプリが導いてくれた奇跡。君と出会えたこと。君を好きになったこと――。しかし、その言葉は、喉の奥で詰まり、花火の轟音にかき消された。


ライブが終わると、ビーチには静けさが戻り、花火の煙の匂いが残っていた。海の家の最後の片付けが静まり返った頃、泥だらけのサンダル、塩でベタついたテーブル、積み上げられた大量のごみ袋が目に入った。「明日には、この場所もただの砂浜に戻るんだな…」 そんな寂しさが胸に広がる中、アプリが最後に通知した。「【感情解析:最適行動提案】水瀬アカネさんとの今後の関係性進展に関する、最も幸福度が高い行動を推奨します。場所:とあるビーチ、時間:21:00。成功率90%。」


ハルトは震える指でスマホを握りしめ、アカネに声をかけようとした。その時、アカネが顔を上げ、ハルトの目を見て、ふわりと微笑んだ。その笑顔は、この夏、彼が見たどの笑顔よりも優しく、そしてどこか切なさを秘めていた。


「…ありがとう、ハルト。この夏、本当に楽しかった。」アカネの声は、潮騒に溶けるようにか細かった。


「…ああ、俺も、最高だった。」ハルトは、伝えたい言葉が喉の奥で詰まるのを感じた。目の前のアカネも、何かを言いたげに唇を震わせたが、結局、言葉にはならなかった。


月の光が降り注ぐビーチ。二人は少し離れて歩いていたが、やがてアプリの指示した場所で立ち止まった。アプリのギャラリーに、満月が輝く夜空を見上げる二人のシルエットが自動で保存された。その刹那的な輝きの中で、二人はただ、互いの存在を感じるように、静かに星空を見上げていた。


そして、離れていく未来へ


しかし、この奇跡のような夏も、残りわずかだった。明日の朝には、ハルトは住み慣れた場所へと帰る新幹線に乗り、アカネもまた、普段の生活へと戻っていく。別れの時間が刻一刻と迫る中で、二人のスケジュール帳アプリは、もう真っ白な未来を映し出すことはなかった。それは、奇妙だけど優しい導きと、学業、そして甘酸っぱい恋の予感を教えてくれる、彼らだけの特別な羅針盤となっていた。


その夜、アプリが最後に提示したスケジュールは、夏の終わりを締めくくり、そして未来への微かな希望を示すものだった。 「【未来予測】〇月〇日:とある高校の『合同打ち上げ』参加。水瀬アカネさんと隣席になる確率87%。」 「【次期計画】来年夏:とある大学共同研究プロジェクト始動。参加メンバー:橘ハルト、水瀬アカネ。」


ハルトとアカネは、来年の夏へと続く未来の予定を見つめ、互いの手を取り合った。その手は、この夏に出会った二人の、確かに繋がった証だった。しかし、物理的な距離は、明日からまた二人を引き離す。この羅針盤は一体誰が、何のために二人に与えられたのだろう? その「未来最適化AI」の物語は、まだ始まったばかりだ。そして、このアプリが導く未来に、離ればなれになった僕らの**「セツナワクワク」**する青春の答えがあるのだろうか。

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