元気な侵入者
目を開ける。まだ外は暗い。でも、なんとなくもうそろそろ朝だと思った。時計を見るとやっぱりそう。
昨日は結局、夕食時にやっと全員がそろった。最後はソーチャさんとキステット。楽しそうに笑うソーチャさんとは対照的に表情をほとんど変えないキステットが気になったけど、それはわたしが気にすることじゃないと思う。キステットが慣れたらそうではなくなるかもしれないし。
そうだ、ソーチャさんは炎使いの魔術師で、魔術騎士団も注目している四年生だそう。でも彼女はパン屋さんを継ぐつもりらしい。
いいな、パン。おいしそうだな。思わず実際にそんな本音をこぼすと、今度家から持ってきてくれると言っていた。楽しみ。
あとはお医者さんを目指すジードルさんとにぎやかなレーチェ、それにモノづくりが好きなチトアさんとおとなしくて怖がりなコルネーヤ。コルネーヤにはちょっと親近感がわいている。わたしもどちらかといえば怖がりだと思う。
チトアさんはちょっと変わっていて、大量の”何かに使う何か”を持ち込んでいたから職員さんもわたしたちも総動員で彼女たちの部屋に運んでいった。
結局入りきらなくて机も本棚もテーブルも部屋から運び出されていたけど、大丈夫なのかな。
きっと魔術で浮かせたりできるよね、なんてララチアと話していたら、ティトラスさんが手で運んだほうが簡単で、壊れる心配も少ないと言っていたから結構こつがいるのかもしれない。
昨日は結局その後何も起こらず、疲れてしまったからみんなより少し早く部屋に戻った。ルルフェとララチアのほうが早かったっけ?
昼の日差しは暖かかったけど、太陽が昇っていない今は当然寒いし、まだ起きる気もしないから、そんなことを考えながら布団の中でごろごろとしてみる。
真っ白なベッドにはカバーをかけてもらった。茶色だから汚れも目立ちにくいはず。それでもきれいな刺繍がされていて、当然大切に扱わないとと思った。
うとうとしていると、窓からこんこんこんと叩く音が聞こえた。鳥か何かが当たってしまったのだろうか。大丈夫かな。そう思いながら起き上がる。また、こんこんと窓をたたく音がした。
まさか、窓に誰かがいる? 怖くなってルイカ側のドアを開ける。音がしないように、息をひそめながら。
「あ……なんだ、朝から真っ青な顔をして」
ルイカは一度驚いた顔をした後に訝しむように言った。
彼はコートを着て、見た目以上に頼れる光量のランプを頼りに本を読んでいる。タイトルは、よくわからないけど難しそうな本だ。休日の朝早くから勉強熱心だ。
そんな場合じゃなかった。部屋のすぐ外に人がいるかもしれないことを伝えないと。
「窓からね、こんこんって叩く音がするんだよ。鳥かなって思ったんだけど、何回も」
呆れたような表情でわたしを見る。本当なのに。
「わかった、僕が見てくる。リティはこっちの部屋にいろよ」
「大丈夫? 危なくなったらすぐに来てね」
ルイカが危なくなる事態でわたしが何をできるのか、よく考えてみたら特にない気がしてくる。それでも二人いれば何かができるかも。
そんなことを考えながら、どこにいればいいのか分からなくてテーブルのすぐ後ろでぎゅっと縁をつかむ。カーテンがばっと開く音がした。
「うわあ!」
ルイカの驚いた声が響く。やっぱり何かがいたんだ。大丈夫かな。「どうしたの」と声をかける。
「……来てもいい。少なくとも、危ないことは起きないから」
嫌そうな、呆れたような声でルイカは言う。
「わかった、今行くね」
行くとは言ったものの、冷静に考えてみれば何かがいたのは確定している。危ないものではないのだというけども。ううん、とりあえず行ってみて、考えるのはそれからにしよう。
「えっと……」
わたしの部屋に足を踏み入れて、窓のほうを向くと、窓のすぐ下で女の子が足をたたんで座っていた。二つに結んだ長い黒髪は床についてしまいそう。
そんなことよりも。苦笑いしている彼女の顔は表情を動かすことにためらいがないことを除けば、ルイカにそっくりだった。彼をそのまま女の人にしたような。
寒いのに短い短いショートパンツを履いている。なんとなくちゃんとした場所だと怒られそうな気がする。その割に上は暖かそうな格好だ。寒さを感じないわけではないんだと思う。上の服がワンピースのようになっていて、確かに可愛いけど……。
「……姉さんだ」
お姉さんははにかんだ。ルイカが冷たい視線を投げかけると目をそらしている。なんとなく、芝居がかっているような。
「おはよ! あたし、この子の姉です。弟が世話に……」
にこやかな笑顔でお姉さんはわたしに向けて話しかけてくれた。なるほど、ルイカが思いっきり笑うとそんな風になるんだ、と関係ないことが頭に浮かぶ。
「姉さん」
途中で彼女の言葉はルイカに遮られる。その声は冷たくて遠慮がない。身内だからかな。
「……はい。リティ、朝から驚かせてごめん! 悪気はなかったの! 警備が一番薄い時間帯だから……」
お姉さんは頭を床と平行になるくらい下げた。確かに怖かったけど、何にもなかったならわたしは全く構わない。
「大丈夫ですよ、気にしないでください」
顔を上げたお姉さんの目はきらきらと輝いている。
「姉さんが調子に乗るからもっと厳しく言ってくれ」
自分の首元に手を置いている彼は困ったような顔をしている。厳しく……難しい注文だ。
「まあまあ、リティも許してくれることだし」
お姉さんはさっきまでの申し訳なさそうな態度はどこへやら、解放されたようなすっきりとした笑顔を浮かべる。
「警備呼ぶぞ」
えー、っと不満の声が漏れる。お姉さんはかなり怒られてしまいそうだ。
「別にいいけどー。脆弱なところ教えてやってもいいし。あ、そうだね、呼んで呼んで! 穴ちらつかせて堂々と入らせてもらうのもアリじゃん」
納得がいかなさそうな顔からすぐに楽しそうな表情になった。ころころと表情が変わる人だなあと思う。
弟とは大違いだけど、表情からなんとなく感情を読み取りやすいのは似ているのかもしれない。
「僕は知らないからな」
そう言うとルイカは部屋を出ていく。本当に呼びに行ってしまうようだ。部屋は、わたしとお姉さんの二人だけになった。
「さてさて、弟も出て行ったし女の子同士雑談でもしちゃう?」
「えっと、お姉さん。本当に大丈夫なんですか? 人を呼んで」
お姉さんは首を傾げた後、ああ、と手を鳴らした。
「そいえば自己紹介してなかったね? あ、リティのことは知ってるから大丈夫だよ」
どうして知っているのだろう。そうか、わたしが来るまでの間にルイカがわたしの名前を言っていたのかも。そういえば、そもそもの答えをもらっていないけど、返答は来ないような気がしたから終わりにしておこう。
「改めて、はじめまして。あたしはメートリカ・グルシユです。さっきの面白い子のお姉さん。もう知ってるか」
無邪気な笑顔。無断で神殿に侵入するような人には見えない。
「メートリカさん、はじめまして。どうしてここに入ってきちゃったんですか?」
「あ、トリカでいーよ。可愛い弟が心配だったからつい来ちゃった」
ここまでくるにしては軽い動機だ。兄弟を思う気持ちを軽いなんて言っちゃいけないことなのだけど、トリカさんの口調がのんきなものだったから、つい。
「何か話してよ。聞きたいこととかある?」
聞きたいことはいっぱいあるけど、急に言われてしまったらどうすればいいかわからなくなる。何を聞けばいいのかな……。
「……ルイカって、家でも同じ感じなんですか?」
確かな証拠はなくて、しかも一緒にいた短い時間での主観だけど、なんだか大変そうな感じだ。トリカさんはきょとんとしている。
「そうだよ? どうかした? ちっちゃいころからあんな感じ」
一番近い人にそう言われるなら、わたしの思い過ごしだったのだろう。いずれ余計な心配をしてしまいそうだから聞いてみてよかった。
「リティはどう? うちの弟とうまくやっていけそう?」
わたしは頷く。静かな人だからほっとする。にぎやかな人と一緒にいるのももちろん楽しいけど、一緒にいる時間が長い存在だから似たような雰囲気の人でうれしい。
「よかったあ。そだよね、なんか分かる。君はふんわりしてるから、多分誰とでもうまくいくんじゃないかなって思うけど!」
トリカさんはにこにことしている。それと同じくらいそわそわしているように感じて、まだ話したいことがたくさんあるのかも。