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そっくりな少女たち

 薄い緑色のお茶はいい匂いがする。職員の人に淹れてもらったのはハーブティ。職員で管理している庭園で採れた植物を使っているらしい。種類ごとに乾燥させておいて、その場その場でブレンドしているのだそう。

 八人掛けのダイニングテーブルが二つ。そのうちの一つが埋まっていた。そう、キッチンを使う許可を得たり、使い方を教わったり、お茶を淹れてもらったりしているともう一組が来た。そうだ、また皆にキッチンの使い方を共有しておかないと。


「癒されるー」


 そっくりな二人の女の子が声をそろえる。片方の女の子は顎下に届くくらいの赤っぽくて濃い茶色の髪の上に薄い紫のカチューシャをつけていた。つけていないほうの女の子が”侍女”だ。


「ほんと疲れちゃって。何日も寝てたような感じなのよ」


 ”侍女”の方の女の子、ララチアが両手でカップを持ったまま肩を下す。その気持ちはよくわかる。わたしはどちらかといえばその感覚はすぐに抜けたけど、個人差があるんだろう。わたしたち、実際に何日も眠っていたのかもしれない。


「そうなの? 今は大丈夫?」


 もう片方の子、ルルフェが心配そうな顔で横に座るララチアの顔を覗き込もうとする。ララチアは笑って大丈夫だと答えていた。彼女たちの関係に察するものはあるけど、キャトラさんがおそらくそのことについて言及しようとしたときに、まっすぐな笑みで否定されてしまった。難しくて入り組んだ事情があるのだと思う。


「そういう時はコーヒーがいい」


 ルイカがカップを傾けながらぽつりと言う。大人がお酒を飲めないときに飲んでいるイメージがなぜか浮かんだ。


「あれ苦いから嫌いなんですよねー。それに高いし」


 ルルフェが人差し指でこめかみを叩きながら言う。高いんだ。


「首都はまだマシな値段だよ。港町には負けるけど」


 港町には、ということは他の国から仕入れているのだろう。飲んでみたいな。どんな味がするのかな。


「ルイカはコーヒーそのまま飲めるの? たっぷりミルク入れる?」


 キャトラさんがクッキーをつまみながら聞いていた。ふむふむ。わたしならきっとたっぷりのミルクと砂糖を入れる。


「当然そのままですよ。そっちの方が目が覚める」


 オトナねえ、とキャトラさんが笑う。わたしの勘違いでないなら、ルイカの表情は少しだけ得意げだ。大人と言われてうれしかったのかな。


「でもルルフェは大丈夫なのかい? 入学式から休んでいるんだってね」


 ティトラスさんがルルフェに向かって話しかけていた。ルルフェは胸の前で指を遊ばせている。そうだ、キャトラさんが言っていたずっと休んでいる新入生は彼女のことだった。


「なんとか……一応授業の音声とテキストはもらってるんです」


「何、分からないことがあったらいつでも声をかけてくれ」


 ティトラスさんは微笑みを浮かべる。ルルフェとララチアが二人きゃあきゃあとはしゃいでいる。ティトラスさんに優しくしてもらったらちょっとはしゃぎたくなってしまうよね。


「特待生も来るから困らないわよねえ」


 キャトラさんが頬杖をついてしみじみ言う。本当かどうかをティトラスさんが聞き返している。そういえばなんでキャトラさんは他の人のことを詳しく知っているんだろう。皆の様子を見るにどうやら守護魔術師全員に共有されている内容ではなさそうだけど。


「どうしてキャトラさんは他の皆のことを知っているんですか?」


「んー、秘密。当然変なことはしてないわよ?」


 続けて他の子がどんな人なのか知りたいかと聞いてきた。わたしが答えるより先にティトラスさんが知りたいと答える。


「はあい。ティトラス様の仰せのままに。ま、件の特待生のジードル・カンナ、”猛火の女騎士”んとこのソーチャ・マル、発明家のチトア・チィってぐらい。あなたたちとジードル先輩以外は女の子。嬉しい?」


 キャトラさんが二人の顔を反応を伺うように順々に見た。


「当然嬉しいよ。そうだよな? ルイカ」


 キャトラさんとティトラスさんが楽しそうに笑っている。一方で巻き込まれたルイカはえっ、と戸惑っていた。


「別に嬉しくないですけど」


「そこは話を合わせるところだろう」


 余裕たっぷりな声のティトラスさんの様子をじーっと見ている。どんな気持ちで見ているのだろう。どちらにしても、仮に嬉しくても正直に言わないタイプの人な気がする。ルイカは。


「でもありがたいわねえ。ご飯と共有スペースの掃除は職員がするって。学生ばかりでどんな食事になるか恐ろしいもの」


「恐ろしい?」


 大変だけど、恐ろしいは言い過ぎなんじゃないかと思った。キャトラさんがにやりとする。


「試験期間は皆が皆果物か野菜を丸かじりとかね。……なんて。それは極端だけど明らかに食事のグレードが落ちるのよ」


 なるほど。作る余裕がなくなっちゃうんだ。心の余裕も時間の余裕も。大変だな。


「リティは何が食べたい?」


 キャトラさんが微笑んだ。わたしは……何が食べたいのだろう。クッキーを食べているから甘いものは今のところ十分だし、ぴんとこない。


「……おいしいもの?」


 自分で言っていてもなんだか変で首をかしげる。おいしいものをいっぱい食べてみたいけど、それが何かがよくわかっていない。ルイカが冷たい目で見ていた。ちょっと悲しいけど当然だ。


「ああ、そういうことか。リティ、これからうまいものを知っていけばいい。なんだったら俺が教えよう。多少はいいものを食べている自覚はあるからな」


 ティトラスさんが目を細める。とっても親切な人だ。それに、伝えきれなかった部分をうまく説明してくれた。……また、隣で小さなため息が聞こえる。でも、さっきのようなわざとらしさは感じられない。気になって隣をそっと見ると彼が目を伏せていた。

 わたしが気にしすぎているのかもしれないけど、さっきの冷たい目と、ティトラスさんの言葉と、ため息が全部関係しているような気がする。そっと体を傾けて「大丈夫だよ」と小さく言った。


「どうしたんだよ、急に」


「え、えへへ。何でもないよ。何でも……」


 やっぱり、わたしの気のせいだったみたいだ。恥ずかしくて不自然なごまかし方をしてしまう。

 ずっと話していたから話題が尽きたのか、疲れてしまったのか。話が途切れたようで、急に場が静かになった。セラがクッキーを割る音が大きく聞こえる。神秘的、もっと踏み込んだら神聖ともいえる雰囲気をまとった彼女でも、わたしと同じようにお菓子を食べている。当たり前のことなのだけど、どこかほっとした。


「あら? 誰か来たのかしら。それとも預けてた荷物が届いたの?」


 ララチアが話し出そうとした途端、キャトラさんが玄関を見る。確かに、ばたばたと音がしている。よく耳を澄ましたらちょっと女の子の声がするような。同じようにそれを聞き取ったのかルルフェとララチアが立ち上がる音がした。


「リティ! リティもおいで! お出迎え!」


 そういうとぎりぎり歩いている、そんな速度で二人は食堂を出ていく。わたしもあわてて立ち上がった。

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