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真面目な少女、と正反対の人

 エントランスできょろきょろとあたりを見渡しているのは。つやつやとした短い黒髪の女の子。背が高くてスタイルがとてもいいからお姉さんに見える。体のラインが曲線的で、いろいろと柔らかそう。わたし自身がすとんとしている体格だから余計に憧れてしまう。

 彼女が”侍女”? いや、あの背中の開いた”侍女”の正装を着ていないから違うな。下半身こそロングスカートだけど、上半身は胸元まで開いているニット。あ、スカートにも深いスリットがあった。

 彼女の手荷物は少ないようで、肩に鞄一つ掛けているだけ。足りるのかな。


「あ、お嬢さんも”侍女”なの? セラって子にも一瞬会ったけど大人しそうな子よね、二人とも」


 えっと、と言い淀む。確かにどちらかといえばそうなのかもしれないけど……。


「そーね。自己紹介自己紹介。私はキャトラ・ミシニャオ。三年生よ」


 キャトラさんはひらりと手を振って堂々とした笑みを浮かべた。ぱっちりとしているけど切れ長の目、その中央の深い黒の瞳が輝いている。


「えっと、リティです。”侍女”の。彼は——」


 キャトラさんに手で制される。しーっと唇に手を当てた様子がよく似合っていた。


「ルイカ君よね? 二年生で、成績はまあ……平均よりは上。得意とする魔術は身体能力の強化。彼女いない歴は——冗談よ」


 ルイカが怖い顔をしていたからキャトラさんは途中で口をつぐんだ。今恋人がいないことはもうばれてしまっている。

 彼の恋愛事情はちょっと興味があった。意地悪な気持ちが混じってしまうけど、なんだか面白そうだ。


「リティがもっとあなたの恋の話を聞きたいって顔してるけど。あと好きなタイプとか魅力を感じる部位とか」

「えっ!?」


 慌ててキャトラさんの顔を見る。わたし、そんな顔をしていただろうか。それとそこまで聞くつもりはない。さらーっと小さいころの初恋の話とか聞いて、かわいいなあと思うくらいの軽い気持ちだ。

 彼は目を細めてつまらない、呆れた、そんな顔をしている。自分を挟まずにこんな話をされるのはきっと面白くないだろう。彼の顔を見てごめんね、と謝った。


「……他の守護魔術師についても知っていますか。おそらく、ティトラス以外は同じ日に集められていますよね」


 ルイカが尋ねている。そうだよね、気になるよね。もしかしたら彼の友達がいるかもしれない。友達。ちょっとうらやましい。


「そうみたいねえ。聞きたいことある? 名前以外は知らない子が一人いるけど。入学式すら欠席してる新入生なのよ」


 ずっと休んでいる子。何か事情があるのかな。


「いえ、特にないです」


 あれ、そうなんだ。キャトラさんも残念そうな顔をしている。


「ん-、じゃあこれだけ教えておいてあげよっかな。今回結構大物ぞろいよ。一般生徒らしいのは私とあなたと件の新入生くらい。楽しみにすることね」


 大物。ティトラスさんみたいな、すごい人がまだたくさん来るんだ。緊張するな。

 横を見るとルイカがくしゃりと前髪を握っていたのが見えた。首を傾けて様子をうかがう。どうしたんだろう。


「キャトラさん! いつになったら来るんですか! っていうか茶葉置いてきて本当にいいんですか?」


 高くて可愛らしい声が聞こえた。”女神の侍女”の服を着た女の子が歩いてくる。こげ茶色の髪を肩までの長さのおさげにしていた。赤いリボンと長方形の眼鏡がよく似合っている。


「いーのいーの。ちょっと頭がぽわぽわして体がぽかぽかして動物的な意味で素直になっちゃうだけだから」


 首をかしげる。普通の茶葉ではないことはわかったけど、どんなお茶なのかな。ルイカは嫌そうな顔をしているけど。


「どんな味がするんですか? 飲んでみたいな」


 キャトラさんが楽しそうににっこりと笑顔を見せる。いつでも淹れてくれると言ってくれた。


「やめとけって。どうせ……」


 どうせ? と聞き返すと言いづらそうに何か言いかけた後、まだ早いとだけ返された。どういう意味だろう。お酒みたいな感じ?


「きゃ、キャトラさん? なんて物を持ち込んでるんですか! 神聖な神殿内ですよ!」


 今度はキャトラさんを非難するように女の子が言った。わたしたちの反応を見てキャトラさんはにやーっとしている。


「なあに? ただの安眠ブレンドよ。なんだと思ったのか、一人ずつ答えてもらおうかな?」


 女の子の顔が真っ赤になる。身長差があるからキャトラさんを見上げて色々と言っているけど、全部受け流されていた。出会ったばかりなのにもう仲が良さそうだ。


「ルイカは何だと思ったの?」


 露骨に顔をそらされた。答える気はなさそうだ。わたしに近いほうの手で不自然に髪を触っている。

 ところどころ聞こえる女の子の言葉から彼女が、そして多分ルイカも想像していたのは大人の世界の話だと察した。ともあれそんな二人の心配もなくなったので、今度眠れないときがあったらいただこう。


「ノイラちゃん、ご挨拶しなくていいの?」


 言いたいことは言ったようだけど満足していないような顔の、ノイラと呼ばれた女の子は口元を手で覆う。


「ごめんなさい。”癒しの侍女”の一人、ノイラです」


 ノイラが深く頷く。彼女は癒しの力を持つ”侍女”のようだ。でも、きっと魔術にもけがや病気を治すものがあるんじゃないかな? 違いはどこにあるんだろう。


「よろしく。ずいぶん遅かったようだけど」


 ルイカの問いにキャトラさんが肩を落とす。何かあったのか心配になったけど、ノイラの「演技ですか」という厳しい声に舌を出して表情を崩した。なるほど、本当に演技だったみたい。楽しい人だ。


「キャトラさんが色んな所を歩き回っていたんですよ。何度立ち入り禁止区域に入り込もうとしたか……」


 ノイラが腕を組んで右頬に手を当てていた。


「どうしてそんなことを?」


 キャトラさんに聞いてみる。一休みしてからでも良さそうだけど。


「そりゃもう情報よ情報。占いだってなんだって事前の情報がモノをいうのよ」


 事前の情報が大事。耳が痛い、かもしれない。わたしはどちらかといえば当たって砕けろタイプだと思う。考えるのが得意じゃないというか、ゆっくりというか。


「占いができるんですか?」


 占い。過去や未来をなんとなく見るもの。知識として残っているのはこれくらい。


「そうよ。好きな子ができたらおいで? 恋占いが得意なの」


 好きな子。好きな子かあ。占いでうまくいかないって言われたら怖いな。……誰かに恋する前にそんなことを心配してどうするんだろう。

 それに、わたしはきっとどれだけうまくいかないって言われても、大好きな人の側にいたいと思うんじゃないかな。なんとなくそう思う。


「今セラちゃんとリティちゃんとうちの子だけ? まだ半分もいるのねえ。一日でさばけるのかしら」


 確かに。もうちょっとしたら夕方に差し掛かりそう。わたしが心配することではないけど、大丈夫なのかな。

 皆がどんな風に待たされていたのかわからないし。……わたしが目覚めてからぼんやりのっそり準備していたのが響いちゃっていたらどうしよう。


「急いでもしょうがない。少し休むか。何か飲み物探してくる」


 誰の返事も待たずに玄関ホールからノイラが来た道をたどっていった。あとから部屋以外の共有スペースも見ておかないといけないな。

 それにしても、休憩は大事なことだけど、もう少し片づけを進めてからのほうがいいんじゃないのかな?

 でも、キャトラさんたちものどが渇いたかもしれないしと思って手伝おうと彼の後ろをついていく。何とか追いついた。


「わっ」


 肩を叩いたら目を丸くして振り返った。そこまで驚かれると思っていなかったというか、気付いていると思っていたからびっくりした。一度目を閉じてから、どうしたと聞かれる。


「わたしもお手伝いしたいなって。……邪魔になったらごめんなさい」

「分かった」


 頷くとわたしの少し前を歩いていく。わたしもいろいろと眺めてみた。応接室と食堂がある。すぐにキッチンが見えた。少なくとも十四人分の食事を作るのだから、ある程度の大きさが必要なんだろうな。


「とはいえ、勝手に使っていいんだろうか」


 キッチンの前でルイカが顎の下に手を置いて考えている。言われたらそうだ。なんで頭から抜けていたんだろうと思うくらい当然のこと。

 運よく誰かが通りがからないか期待して廊下を見渡した。

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