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ちょっとだけのファースト・レッスン

 ドアの前まで荷物運びを手伝ってくれたティトラスさんにお礼を言ってから、白木のドアを通って部屋に入る。壁紙に木の床板。神殿とはやっぱり違う雰囲気だよね。机とテーブルと本棚、クローゼットとベッド。これくらい家具があれば、きっと大丈夫だろう。

 もう一つの部屋をそっと覗く。わたしの部屋だ。純白の天蓋付きのベッドが目に入った。汚してしまいそうで怖いな。全体的にパステルで、ふわふわで、純粋さを感じさせる。足はみんな猫足で、この部屋をレイアウトした人の”少女”のイメージが伝わってくるような気がする。きっと、買いかぶりだ。


「胸焼けしそうな部屋だな」


 声がすぐ近くで聞こえる。驚いてなのか、自分でもよくわからないのだけどとにかく反射的にびくりとしてしまう。女の子になれていなさそうなのに、これは大丈夫なんだ。もしかしたらお姉さんがいるからなのかもしれないけど。


「そうだね。びっくりしちゃった。わたしもルイカみたいな部屋が良かったかも」


 彼の目が少し開いた。驚いているように見えるけど、もしかして女の子はみんなこんな部屋が好きなんだと思っているのかな。


「あっちの部屋のほうが似合ってるように見えるけど」


 そうかなあ。可愛すぎて落ち着かない。こういうのが似合うのはかわいい女の子だ。そんな感じのことを伝える。顎に手を当てていた。何か考えているようだ。


「十分可愛いと思うけど。……あー、僕よりはな」


 まっすぐ褒められてどう答えようか迷ったけど、直後にあまり嬉しくない追加情報があった。……最初はそう思ったのだけど、”彼よりも可愛い”のは結構な褒め言葉ではないかと思い直す。あくまでわたしの基準だけど。


「えへへ、そう? ありがと」


 そう思えば笑顔も浮かんでしまう。「君も可愛いよ」と伝えようとしたけど、もしかしたら彼はそう言われるのは心外だ、と思うかもしれないからやめておいた。


「でも掃除が大変そう。それにベッドは真っ白だから汚しちゃうかもしれないし」

「シーツの上にもう一枚敷いておくか? 少しは気休めになるだろ」


 そう言いながら彼に割り当てられたベッドに向かったあとシーツを剥がしだした。慌てて止める。


「大丈夫だよ。家から持ってきてる」


 頭で袋の一つを指す。でもせっかくなら彼も新品がいいんじゃないかなと思う。でも申し出を断るのも悪いし、それに確かに綺麗すぎて寝転ぶのにも気を使っちゃうし。考えがまとまらないな。


「じゃ、じゃあ古い方のシーツをもらえると嬉しいな!」


 え、と言う声とともに驚いたような変なものを見るような目で見られる。それを見て初めて、から回って変なことを言ってしまったのかもしれないことに気づいた。


「嫌だ。っていうか今朝まで僕が使ってたんだ。汚いって」


 視線を外されて、拒否される。やっぱり変なことを口走ってしまったようだ。


「そうだよね、嫌だよね! えへへ、ごめんね!」


 笑ってごまかす。そのついでに、シーツについては職員さんに聞いてみるからと剥がすのをやめてもらった。


「……ごめんね、ぐしゃぐしゃになっちゃったね。ありがとう」


 敷き直している姿を見て、じわじわと罪悪感が湧いてくる。ぴんとした新品のシーツも、生活感が見えかけている。


「いや、僕が勝手にやりだしたことだし、どうせ使ってればこうなる」


 気遣ってくれたんだよね。こくんと小さく頷いて、わかったともう一度ありがとうを伝える。

 引き返して彼が指し示した荷物を手に取る。どちらかと言えば薄くて軽い本で、わたしが気を使わずに触れられて、それでいて片付けやすいものにしてくれたのかもしれない。

 本の題名を読んでみる。意味がわからない部分はあるけど、どうやって読むかはわかる。書けと言われたら書けないと思った。


「読みたかったらいつでも読んでいいからな。面白くないかもしれないけど」


 本を見ていたのがわかったのか、背中越しに声をかけられる。『研究者のための書斎づくり――知は美から生まれる――』というタイトルの本をかざしてみた。

 なんだか硬いタイトルだと思ったけど、どうやら片付けと部屋のレイアウトをテーマにした本らしい。


「インテリアの本?」


 お姉さんが合格祝いに買ってくれたうちの一冊なのだという。


「これだけいつの間にか混ざってた」


 混ざっていた? 首を傾げる。


「そういえば読んでないな。別にいいか」


 あんまり身の回りのことに関心がないタイプなのかな。それなら仕方ないのかも。お姉さんは残念だろうけど。


「いる?」


「ううん。お姉さんからの贈り物でしょ? もらえないよ」


 振り向いて首を振る。贈り物をもらうのは気が引ける。読みたくなったら借りて読もう。返事を聞いたルイカは興味のなさそうな声のあと、自分の片付けを再開していた。何に使うのかわからないようなあまり生活感がないようなものばかり。きっと勉強に使うんだ。


「わたしも学校で一緒に勉強してみたいな。……えへへ、なんて」


 無理なことぐらいはわかっている。きっと勉強なんて今までほとんどしたことがない。


「まあ……話聞くぐらいならできるだろ。理解できるかは知らない」

「ほんとう?」


 耳元をかいている。困っているような気がした。わたしの自意識過剰なのかな。


「教員も事情は知っているだろうし」


 そうだよね、ちゃんと許可は取った上で学校にお邪魔するんだった。少しでもなるほど、だったり初めて知った! だったり、そんな経験ができるようにちゃんと勉強してみよう。


「楽しみ」


 よかったなと、あまり感情のこもっていない感想をもらった。確かに反応に困るとわたしが同じ立場でも思うだろうけど。

 もう彼は私物の片付けに意識を戻したようなので、わたしも本棚に本を並べる作業に戻る。色々趣味とか好きなものとか聞いてみたいけど、いきなりすぎるよね。自分のことに触れられるのは苦手そうだし、これから何年もいるのだからおいおい知っていこう。

 じっと机の上に転がったペンたちを見る。かなり上等なものだとわたしでも感じ取れたのだから、実際とてもいいものなのだろう。


「気になるか?」


 声にびっくりして振り返る。いつの間にか彼が後ろに立っていて、ペンを見つめているわたしを見ていた。


「えっと、うん」


 ここでごまかす理由もなくて素直に答える。


「さすがにあげはしないけど、使ってみる?」


 そういうと彼はぐしゃぐしゃになった裏紙を拾って来た。書き方はわかるかと聞かれたので頷く。これは残った知識だ。


「ほら」


 ペンを差し出してくれる。お礼を言って受け取った。くるくるとキャップを外してみるとインクのにおいがした。紙におそるおそるペン先をつける。

 人の目の前で書くのは緊張してしまうな。簡単な自己紹介を書いてみる。なんとか綴りはわかったけど、がたがたしている……。


「ここ。違う」


「そうなの?」


 ゆびでとんとんと示される。一文字違ったみたい。


「ちょっと練習するか」


 急な申し出は片付け作業から目をそらしているような気もしたけど、まだ時間には余裕もありそうだし、大丈夫……なのかな? でも教えてくれるのはうれしい。


「うん。ありがとう」


 ペンを持つように言われて、言われたとおり持つ。ルイカがすぐ横に左手をついた。


「緊張しすぎだ。力を入れない」


 さっきよりも穏やかな声。人に教えるのが好きなのかな。近い距離にちょっとだけよく分からない気持ちもあるけど、彼が平然としているからかわたしもそんなに緊張していない。


「まずはまっすぐ線を引いてみようか」


 頷いて深く息をしながら力を抜くことを意識する。紙をひっかいている感覚は確かに減った。


「そうそう、いい感じだ。次は——」


 次の彼のレッスンに耳を傾けていると、玄関が少しにぎやかになっていることに気づいた。


「誰か来たみたい。他の子かな?」


 わかったと言って彼が離れる。思ったよりほかの子が来るペースが遅いなと思った。あと五組。皆と会うには夜までかかるかも。

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