きっと偶然
目が覚めてからそんなに時間がたっていないのに、たくさんのことが起きたなと他人事のように純白の壁を眺める。まだほかの”侍女”にも会っていない。同い年だということだけは聞いているけど、どんな子たちだろう。仲良くできるといいな。
考えることも特になくなってじっとしていられなくなった。前かがみになって椅子に手をかけ、足をぶらぶらとさせる。お行儀が悪いかもしれないけど、妙にしっくり来る。
「……あれ? どうしたの? 何かついてる?」
急に視線を感じて横を見る。背中の方に目を向けていたルイカがはっとした表情で首を振った。
「あ、いや、背中、寒くないか?」
淡いトーンのカラフルな植物の刺繍が施されたケープの下、真っ白なワンピースは確かに大きく背中が開いていて、それが何かの拍子に見えたのだと思う。いざ指摘されるとちょっと恥ずかしい。どのタイミングで気付いたのかな。
「あー……その、姉も寒そうな服を着てて……いや……そうじゃなくて……」
続けてやましい気持ちはないだとか間違えたとか言っているけど、最終的には明らかに弱弱しい声で謝られる。今わたしが身に着けているケープとひざ丈のワンピース、ショートブーツは”女神の侍女”の正式な服。
うすうす気づいてはいたけどやっぱりこれって見えるのか、という気持ちだ。ケープで隠れるのだからこんなに背中が開いている必要はあるのだろうか。また聞いてみよう。
「えへへ、見えちゃうよね。わかるわかる! しょうがないよ、気にしないで」
その様子を見て、お母さんとかお姉さんとか、そんな気持ちになってしまった。一つとはいえ、年上相手に。これ以上彼が自分を責めないように笑顔で首を振る。
実際、恥ずかしさはあっても彼が見たことに関してはまったく気にしていない。出会ってすぐで言えることではないけど、なんていうか、”そういう”ことに興味がなさそうだし。もし邪な目で見られていたらちょっと困ってしまうかも。
それにしても、寒そうな服が好きなお姉さんがいるらしい。言われると弟っぽいと言えば弟っぽい。……寒そうな服?
「お姉さんがいるんだね。どんな人?」
疑問は置いておいてお姉さんについて聞いてみる。さっきまでの弱弱しさが嘘のように明らかに嫌そうな顔をした。仲が悪いのかな? 悪いこと聞いちゃったかも。
「なんだろうな、マイペースな人だ」
視線を上に向けている。何を思い出しているのだろう。でも、この声のトーンを聞く限りはお姉さんを嫌っているようには見えない。どんな人なのだろう。会ってみたいな。
「今度紹介してね。えへへ、気に入ってもらえるかな?」
手持無沙汰なのかずっと手の甲を気にしていたけど、それをやめてわたしを見る。少し悩んでいるようだった。そこまで真剣に悩まなくても。
「……多分、姉さんに気に入られるタイプだと思う。なんていうか、印象的に」
印象的に。どんな印象なのだろう。変な意味ではないと思うけど、ちょっと彼からわたしはどう見えているか聞いてみたいかもしれない。
「どんな印象か聞きたいな。わたしも教えるから、ね?」
じいっと彼の目を見つめる。明確に目をそらされた。黙り込んだまま背中を丸めて斜め前を見ている。
「いや……姉さんに気に入られるタイプって印象だよ。自分でもそれがどんな人かわかっていないから説明しようがない」
抽象的すぎる。お姉さんに会ってみればわかるのかな。……今度はわたしの番だと促された。どうとでも取れるぼんやりしたことを言われた後だから、なんだか普通のことを言うのは恥ずかしい。
「れ、冷静そうなひと、かなあ?」
「へえ」
興味なさそうに髪を触っているけど、少しだけ口元が緩んでいるように見えた。言っておいてどうなのかと思うけど、冷静な人じゃない気がだんだんしてきている。
そんなこんなでお話しているとあっという間に時間がたったようで、飴色のドアの向こうからきっちりとしたノックが聞こえた。
「お二人とも、ここで待つのも寒いでしょう。お先にお家に行ってはどうですか?」
わたしが返事をすると職員さんが入ってきた。ここが寒いような気がしたのは気のせいではなく、やっぱりほかの人から見ても同じなんだ。
ちゃんとした場所だからあまり極端には暖められないのかもしれない。あるいは、居眠り防止だったりして。暖かいとうとうとしてしまうよね、と体が言っている。
「そうだ、もう家にはほかの”侍女”がいるんですか?」
他の子たちについて全く話を聞いていない。本当に居るのか、ちょっと心配になってしまうくらい。もちろんいるのだろうけど。
「ええ。数日前に皆様に先駆けて目を覚まされた”予言の侍女”が。他の方はこれから順々に支度を済ませてもらうのですよ」
わたしは二番目だったということだね。じゃあ、これから会えるのは予言の”侍女”。予言? 聞いた話によると”女神の侍女”の多くは女神と同様に癒しの力を持つらしい。
多くは、なので例外も珍しくないそう。一代に一人いるかいないかぐらいの珍しさ。その例外が彼女のようだ。
ああ、とルイカが納得したような声を出した。何かと尋ねてみても、こっちの話で済まされてしまう。
「早く会ってみたいな。家はどこにあるんですか?」
職員さんは簡易的な地図を差し出してくれた。裏紙を使っている。反対になっているから読みづらいけど、ところどころ裏まで抜けた文字は多分「今月の献立」と書かれているんじゃないかな。そういえば字が読めるんだ、わたし。
地図を見る。神殿の敷地内の外れ。ということなのでそこまで遠くない。
「静かなところにありますよ。とはいえ、近くに職員寮もありますから何かあったらすぐ駆け付けられます」
それは安心だ。たくさん人がいると言ってもきっとわたしたちだけでは限界はある。みんな虫が苦手だった! なんてことがあるかもしれないし。早速立ち上がろうとしたら、ルイカがじっと職員さんを見ていた。
「すみません、荷物を持ってきているんですがどちらに置けば?」
そうだ。わたしの私物なんてないようなものだけど、彼、というか彼らにはいろいろと持ってくるものがある。
身だしなみを整えているときに聞いた話では、”侍女たち”の家で守護魔術師の皆も暮らすことになるから。たくさんの人と暮らせるのは楽しみだ。
「ああ、お二人の部屋は二番の札がかかっている場所ですよ。先着順ですから」
なるほど、お二人。お二人?
「ちょっと待ってください、同室?」
急に立ち上がった彼が少し早口になった。慌てているみたい。
「ごめんなさい、説明不足でしたね。守護魔術師の部屋の奥に”侍女”の部屋がある間取りになりまして。守護魔術師の部屋を介して出入りするような形になります」
目をすうっと細めて嫌そうな顔をしている。つまり、わたしが出入りするたびに彼の部屋を通らないといけないからだろう。嫌な気持ちは十分理解できる。雰囲気的にも静かな空間が好きそうだし。申し訳ないな。
「……あー、気にしてないから」
声の発信源、隣の彼を見ると手の置きどころに迷っているのか、頬から耳の後ろ、ほとんど首にかけてに手を当てている。気にしていそうだったけど……もしかしたら気遣ってくれたのかも。優しい人だ。
ルイカがわたしをどう思っているかはわからないけど、わたしは彼とは仲良くやっていけそうな、というか彼の方が仲良くしてくれそうな気がしている。
「じゃあ行くか」
一度肩を回したルイカがわたしに立ち上がるよう促す。頷いて立ち上がった。