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純白の中での出会い

 他の部屋や廊下とは違う、真っ白な部屋。十脚ぐらいの椅子が順序良く並べられていた。染めていない天然の桃色のように見える木製の講壇の上には一杯の純白の花が飾られている。講壇が背にしているのは一面まるまる使った窓。

 外は生垣のせいで空と庭しか見えない。それでも春の色を帯びてきた空の色と、色とりどりの花や池で泳ぐ魚が生き生きとしていて、ここを人の世界にとどめている。

 女神の神聖な面をたたえているような部屋だと思った。そうなるなら、わたしが今まで見てきた神殿の中は女神の慈愛を表しているのかな。難しい。何らかの意図はあると思うのだけど、多分わたしに教養がないからうまく読み取れない。


「ごめんなさい、椅子、端っこに寄せますね」


 ここに連れてきてくれた人と同じような淡い黄色の質素なワンピースに加えて、白いエプロンドレスの、黒髪をまとめた若い女の人が椅子を抱えて左右に片づけていく。

 多分、年は二十代の初めごろ。わたしと十も変わらないはず。手伝おうとしたら首をぶんぶんと振って断られた。

 無理を言うのもきっと彼女を困らせてしまうだろうと大人しく部屋の隅っこに立っておく。胸の下くらいまでのケープを羽織っていても半袖だから寄りかかった石壁が冷たい。


「リティさんは、すごいですね。あたしだったらパニックになってしまうかも」


 彼女がぽつりと言う。そのあとすぐに「あっ!」という声が聞こえたかと思うと、わたわたと慌てた様子で撤回された。言葉からの撤回の速さにわたしはあっけにとられてしまう。

 あの慌て様なのだから、きっと本音からきているのだろう。あまり神殿の人が言ってはよくないことなのかな。女神様に仕えるのも大変だ。


「あ! そんなことないんですよ。女神様のお力なのかな、確かにちょっと落ち着かないところはあるんですけど、それでもきっと想像されているよりは大丈夫です」


 そのペースに合わせて勝手に早口になってしまう。そんなわたしの様子を見て目を細めて眉を下げていた。その様子が少し悲しそうで同情を覚えているようなものだったから、強がりだと思われてしまったのかな。

 本当のことだけど、こればかりは不思議な感覚がベースになっているから理解されないかもしれない。自分のことが分からない状態で、いきなりここにいて。そんな状況だから。


「ネリウェーラ! 守護魔術師の少年を連れてきました。もう場は整っていますか?」


 厳しそうな男の人の声がする。ネリウェーラと呼ばれた彼女は小さく飛び上がったように見えた。男の人の言葉を脳内で繰り返す。少年。そっか。やっぱりちょっと緊張してしまうけど、優しい人だといいな。あとできれば年が近い人。


「では、こちらが儀式の間です。普段は集団で祈る際に使われている部屋なのですよ」


 窓の向こうから男の人の声がする。連れてこられた彼はそうなんですか、とだけ答えていた。あまり関心がなさそうだ。それにしても、冷たく澄んでいて繊細な声の人だと思った。声変わりはしているけど、そこまで低くなっていない感じ。


「さあ、入りましょうか」


 ぎい、と飴色の扉が開く。入ってくる男の子と目が合った。わたしより少しだけ背が高い。顔つきは幼さを残していて、多分年下なんじゃないかなと思う。

 頭の方に視線を移すとふわふわとした黒い髪を無理やり一つにまとめていることに気づいた。結びきれずにところどころぴょこんと髪が飛び出ている。彼は少しだけ目を細めた後にすぐに前を向いてしまった。


「彼女があなたが守ることになる女神の”娘”たる”女神の侍女”ですよ」


 中央まで進んだ後に厳しそうな男の人がわたしを示した。男の子を目で追っていたわたしは、急に自分の存在に示されて慌ててもたれていた壁から離れた。

 振り向いた男の子の大きいけれど鋭い、綺麗な藍色の目に見つめられて心がざわざわする。難しい顔をしていた。何を考えているんだろう。


「……よろしく」


 そう言うと小さく彼は頷くようなしぐさを見せた。嫌われては、いないのかな。それなら良かった。彼の眼にわたしはどう映ったのかな。今のところのわたしの彼の印象は、冷静そうな人。難しい顔をする人。


「うん、よろしくね。リティです。きみ……あなたは何と呼べばいいのかな?」


 目覚めてから初めて同じ年頃の子とお話しできてほっとする。彼は長めの瞬きをした。


「ルイカでいいよ」


 少しだけ彼は首を前に傾けた。無理させてはいないかな? ちょっと不安になる。大丈夫なはず、多分……。


「教えてくれてありがとう、ルイカ。これから仲良くしてね」


 また、難しいというか、複雑そうな顔をしている。そのわけを聞いてみようかと思ったけど、そこまでの関係ではないから口をつぐむ。それに、祭司長様の前だ。あまり無駄口をたたくのはよくないだろう。


「リティ、紹介しましょう。彼はルイカ・グルシユ。魔術学校の二年生ですよ。君の一つ上ということになるね」


 祭司長様は言う。あ、と思わず声が出た。完全に年下だと思い込んでいた。急になんだと言いたげな視線が辛い。ま、まあ一つなんて誤差みたいなものだと思うし。……見た目で人の年齢を判断してはいけないという教訓を得た。昔のわたしは知っていたと信じたい。


「そうなんだね。またいろいろ教えてね」


 自分の手を胸の前でぎゅっと握る。これは本音だ。色々なことを知りたいし、やってみたい。あとおいしいものも食べてみたいし、綺麗な服も着てみたい。

 そのことは今関係ないな。わたしは自分が思ったより欲に弱い、結構俗な人間だということが分かってきた。


「多分他の人の方が教えるのはうまいと思うけど」


 本当に彼はそう思っているのが伝わった。そんなマイナスの表情だ。それも向いていないとか面倒だとかではなくて、もっと根深いものがあるような。


「……君からしか教われないことってたくさんあると思うの。だから、気が向いたらでいいからね? よろしくお願いします」


 小さい声で分かったとこたえてくれた。一瞬目を伏せていたような気がする。わたしの見間違いかもしれない。


「親睦を深めるのは大切なことですが。そろそろ始めましょう」


 振り向く。始める? ああ、そうだった。これから、色々としないといけないことがあるみたい。緊張するな。

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