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違う石鹸のあの子

 少し体が痛くて、反対側に寝返りを打つ。圧迫感があった。もう一度反対側に。なんだか寝苦しい。

 そうじゃなくて。わたし、寝ちゃってた? あの後眠ると言って部屋に戻ったルイカを見送って、そのままテーブルで勉強を続けていたことだけは覚えている。ちょっとうとうとすることが増えてきて、まずいなと思いながら、時々机に突っ伏しながらで進めていたような。

 そうなると不思議なことが起きている。テーブルにいたはずなのに、今は寝転がっている。目を開けると、そこはふかふかなソファの上だった。いつも片づけられることなく、見るたびにソファの上に投げられているブランケットもかけている。……わたしが眠たすぎて無意識のうちに動いていたのかな。

 起き上がって外を見ると、もう明るくなっていた。日が昇れば彼女たちの仕事は終わりとはいえ、片づけやそもそもの移動時間もあるのだろう。多分、まだ帰っては来ていないはず。ぼうっと窓の外を見る。まだ太陽が顔を出し切っていない。

 わたしはと言うと、自分でも驚くくらい落ち着いた気持ちでここにいることができている。本当はちゃんと皆を笑顔で出迎えられるか怖くて、しなきゃしなきゃでいっぱいになっていた。今は、出迎えること自体が皆に心配をかけてしまうかもしれないと考える余裕も出てきている。ここ数日そわそわとしてあまりよく眠れていなかったから、しっかり眠って頭が働くようになったのかも。

 それに、夜に彼と話をしたことが大きな比重を占めている。直接このことについて話題に出たわけではないけれど、快い距離感で接してくれたこと。気遣ってくれていることがなんとなく感じ取れた。あとでちゃんと本を部屋に持って帰ろう。結局あれから、彼のもう読まない入門書を何冊も譲ってもらったから。読むのが楽しみだ。

 がたんと玄関から音がした。談話室を出て階段を降りてみる。


「ただいま! 起こしちゃった?」


 ララチアとルルフェが一番最初に入ってくる。ルルフェはまだ余裕があるけど、ララチアはとっても眠たそうだ。ルルフェに寄りかかっている。


「ううん。さっき起きたばかりなの」

「ならいいの。ごめんね、ララチア運んでかないと。私が支えておかないとすぐ寝ちゃいそう」


 そう言って気遣う声をかけながら慎重に階段を上っていく。足元気を付けてね、なんてことを言っていると次々にみんながやってきた。”侍女”の子たちは一段と眠そうで、すでにキステットとノイラはソーチャさんやジードルさんの背中で気持ちよさそうに眠っていた。それ以外に変わった様子はなくて安心する。眠気以外は元気そうだ。


「お先に失礼するわ……もう、寝ちゃいそうですもの……」


 ふらふらとレーチェが階段を上がる。眠気を一生懸命我慢していたみたい。時折ジードルさんに対して不満を漏らすことのある彼女だから、弱ったところを見せたくないのかもしれない。とはいえ不満といっても嫌いだとかそんな不穏なことではない。彼女には申し訳ないけどほほえましい内容だ。


「と、いうことで。おれもこの子を寝かせに行ってくるよ。キャトラ? いいかい?」


 軽々とノイラをおぶっている。さすが、ジードルさんだ。彼は周りが抱いている印象に反して力持ちでスタミナがある。聞いたところによると、家の手伝いで鍛えられたのだそう。それに、さらりとキャトラさんにもついてきてくれるように頼んでいる。この様子を見ているとやっぱりよく聞く冷たいとかなんとかの評判はあてにならないなと思った。


「はいはい、どいてどいて」


 キャトラさんもジードルさんたちについていって、一番遅く家に入ってきたのはチトアさんたち。なんだけど……玄関から見えるすぐ外で。透かし彫りされた足の中で歯車が動いている木彫りの馬が引く、荷車のような見た目の馬車にコルネーヤが乗せられていた。すっかり目が覚めた様子のコルネーヤは不安そうに馬車から降りて玄関のホールにやってくる。


「チトアちゃん、すっごくガタガタしてて……これで階段はダメだよ……さすがに」

「でしょ? 浮上モードにしたかったんだけどな。まだ人を乗せられる品質じゃないんだよね」


 じーっと抗議するようにチトアさんを見ている。コルネーヤがこんな風に他人を見ることなんてわたしが知る限りなかった。よっぽど痛かったか、怖かったかなのだと思う。屋外の大きな階段をあの馬に任せて上ると考えると、恐怖の方が強そう。


「ルネ、さっさと上がって寝ちゃお寝ちゃお。公に胸を張って今日はぼくたち休みだからね」


 肩をすくめてコルネーヤがどんどん上がっていくチトアさんについていく。そういえば彼女たちは今日お休みをもらっていたみたい。一晩中起きているし、疲れた様子だからそっちの方が安心だね。皆を出迎えられたから満足だ。今日の身支度をしようと洗面所の方へと足を進める。


「リティ」


 呼び止められて振り向いた。階段の上、吹き抜けから落ちないための手すりに体を預けたルイカがわたしを見下ろしている。何だろうと思ってその真下に立った。


「どうしたの?」

「おはよう。満足したか」


 朝のあいさつの後に、理由の説明のない一言。だけど満足したか、が何を指すのかは理解していた。


「……うん。もうしないと思う」


 不安と寂しさと何かしないといけないという焦燥感がわたしを支配していたけど、多分、もう大丈夫だと思う。その日の朝や夕方、皆が落ち着いてからねぎらいの言葉と、できるようならちょっとしたお手伝い。それだけでよかったんだ。


「僕もそろそろ支度するかな」


 そう呟きながら下りてくる。その様子を見て一つ、思い出したことがある。


「もしかしてソファに寝かせてくれた?」

「まあ、そうだけど」


 彼が歩きながら言った。寝ている人を動かすのは大変らしい。力が抜けていると起きているときより運びづらいとか。


「ありがと。重かったよね」


 ルイカは少し考えた後に首を振る。答えづらい質問だったな。女の子の体重の話は難しい、みたいな雰囲気があるから。


「酔いつぶれた姉さんで慣れてる」


 トリカさんとお酒が結びつかなくて最初はびっくりしたけど、そういえばトリカさんはちゃんとお酒が飲める年だった。でも、それを踏まえても酔いつぶれるイメージがない。


「トリカさんってお酒弱いの?」


 追いついたルイカの顔を見る。


「弱いし調子に乗って量も飲む」


 呆れたように肩をすくめた。弱いのは意外だけど、楽しくなって量を飲んじゃうのは彼女らしいかも。


「そうなんだ。どうやって運んでるの?」


 そういえば、ルイカとわたしたちはあまり体格に差がない。さすがにルイカの方が身長は高いし、しっかりはしているのだけど、それでもティトラスさんやジードルさんに比べると小さく見える。


「まあ、こうやって」


 両手を前に出して横抱きの仕草をする。おんぶするより大変そうだけど、と疑問を口にする。


「いや、しがみつけない人に対してそれは危ないと思って。実際どうなのかは知らない」


 なるほど、そういうものなんだ。そう考えると一番無難な選択肢なのかも。


「……この話はこれくらいでいいだろ、別の話にしよう」


 話題の切り替え方がちょっと不自然に思えたけど、確かにここから話が広がっていくイメージがない。わたしは昨日もらった本について他愛ない話を切り出した。そういえばあの抱え方は確かしっかりくっつくような体勢になるよね、なんてなんとなく思いながら。

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