無表情な少女
「お! リティとルイカも降りてきたね! チトアはお説教中だからってことで、残しておいてあげよう。帰ってきてない子たちもね」
茶色の髪を長く伸ばして、高い位置で一つ結びにしているお姉さんはソーチャさん。背が高くて、しっかりとした体つきだから頼りがいのある人って感じだ。実際に魔術騎士団からスカウトの声もかかっていたけど、家柄とかなんとかで断ったみたい。でも、魔術騎士団の人はあきらめていないようで、まだ誘ってくると苦笑いしていた。
横に座って一足早くパンをもぐもぐと食べているのはキステット。銀色のように見える金の髪は、今日は頭の上でひとまとめにされていた。あまり感情を表に出さない子だけとソーチャさんのご両親が作ったパンは好きなようで、どこか楽しそうに食べている……気がする。はっきりと判断はつかないけど。
「ソーチャさん、いつもありがとうございます!」
「父ちゃんと母ちゃんがね、張り切っちゃって! 皆よく食べてくれるから作り甲斐があるって言ってたよ」
あははと楽しそうにソーチャさんは笑う。にぎやかな家族なんだろうなと勝手に想像した。
「おいしいから食べるのよ」
小さな声でキステットが言う。にこにこ笑顔を見せながらソーチャさんはキステットの頭を撫でた。この組も仲がいいんだなとほのぼのとした気持ちになる。とはいえ、愚痴はたまに聞くけど本当に仲の悪い組み合わせはないはず。わたしの感じる限りではの話になっちゃうけど。
「さあて、皆もお食べ! たくさん持ってきたから仲良くね!」
ジードルさんとレーチェがジャムやバター、お茶のポットを持って来てくれた。今ここにいるのはチトアさんを入れて八人。他の皆は出かけているみたい。
「ふふん、このジャムは夕方にしか採れない実をたっぷり使った特級品らしいですの! 分けていただいたのよ」
青空の名残を惜しむような透き通ってどこか青く見えるジャム。もともとの色が薄いと言うか、透明に近いとこうなるのかな? 水だって集まると青く見えるよね。でも、あまりパンにはあわないような色だけど……。青色は合わない見た目になる食べ物のほうが多いよね。
「青い……」
小さな声でルイカがつぶやいたのを聞き逃さなかった。同じようなことを思ったのかな。皆それぞれ好きな席につく。なんとなく彼の隣に座る癖がついてしまったような気がするな。嫌がられていないといいんだけど。
「リティはどれがいい?」
にこにことテーブルを回りながらトングでパンを配っているソーチャさんがわたしにも声をかけてくれる。うーん、どれを選ぼうか。ちょっと青いジャムも気になる。それならシンプルなパンがいいよね……。でもでも、甘くてやわからかいパンだって大好きだ。
わいわいと皆でパンを食べ続けている。こんなに食べたら夕食を食べられないかも。それはちょっと問題かもしれない。でも、おいしいから仕方ないよね。
あの青いジャムは意外なことに酸っぱかった。それでも甘い砂糖で煮込んでいるから、丁度いい甘さ。美味しかったな。本当は夕方に採れるものじゃなくて、別の時間に採れるもので……なんて妄想が捗る。
そういえばチトアさんが帰ってくる気配がないから、相当叱られているのかもしれない。応接室の方は静かだけど遮音がしっかりとされているから実際はどうなっているんだろう。
相手がやっていることは良くないけど、それでも彼女の方が少しだけ非があるような気もする。とにかく、帰ってきたら美味しいパンでリフレッシュしてもらいたいな。
「コルネーヤさん、申し訳ないがついてきてくれるかい?」
チトアさんのことを考えたのとほとんど同じときに食堂に人が入ってきた。それはチトアさんのお父さんで、二人の間で何らかの話がついたみたい。
「えっと……」
バターが練り込まれたさくさくのパンを口に入れようとしていたコルネーヤが、戸惑ったようにそれを置く。
「向こうにいろいろと、ね。こいつを連れて行くからあなたにも来てもらう必要がある。」
チトアさんが開けっ放しにされた食堂のドアの影からじっと見ている。ちょっとへこんでいるような気がする。しっかり”お話”をしたのだろう。それにしてもやっぱり小動物のような雰囲気だ。
「……わかりました」
名残惜しそうにパンを置いて席を立つ。そうか、一緒に行かないといけないもんね。こういうとき色々と大変だ。……逆ならわかるのだけど、このパターンでもついていかなきゃいけないのはなぜなんだろう?
古い決まりって効率が悪い、なんて愚痴をよく――主に魔術師から――聞くからそういうものなのかも。そこを含めて、魔術師と神殿の人の仲はあまりよくない。魔術師は自由で直感的な人たちだ。ルイカですら、たまにそんな言動を見せるときがある。
「大丈夫だよ、コルネーヤの分も残しておくから」
こくんとコルネーヤは頷いた。そういうことじゃないんだけどな、と言いだげな表情。
「……はい……」
何度も後ろを振り返りながら、チトアさんのお父さんの後をついてコルネーヤは出ていく。顔を見合わせてわたしたちはどんな表情をすればいいか迷っていた。
「リティ、そっちのジャム取ってくれない?」
空気を変えようとしてくれたのか、ただ本当に食べたかったのか、右隣にいるジードルさんがわたしに声をかけてきた。わたしは返事をして瓶を手渡す。
「ありがとう。おれ、このジャム食べたことないんだよね」
確かに変わったジャムだ。花びらのジャムみたい。わたしもあとで食べてみようかな。きらきらしていて綺麗だし。ふと横を向いたらルイカがじっとジャムを見ていた。
「どうしたの?」
「昔姉さんが似たようなものを作ってたなって……」
彼の表情は苦いものだった。それからわかるのは、トリカさんが作ったのはおそらく適当な花びらを砂糖と煮たものだということ。まさかと思う反面、彼女ならやっていてもおかしくないかな、という妙な信頼感。
「とってもおしゃれですわね! お姉さまって!」
レーチェがうきうきとした様子で身を乗り出す。
「こんな綺麗な色じゃなかったし苦かったけど」
わたしの勝手な想像は当たっているのかもしれない。ルイカは興味がなさそうに淡々と言うと結んだところから出た髪をくるくる指に巻きつけている。照れ隠し? うん、あり得るかも。子供の頃の微笑ましい思い出を話すのは少し苦手そう。
「そっかあ、うちの学校って首都一筋の子も結構いるけど、よそから来た子のほうが多いもんね。あたし、首都から出たことないから憧れるかも」
ずっとにこにこわたしたちの会話を見守っていたソーチャさんが頬杖をついて何かを想像しているみたい。ずっと首都に住んでいるんだ。
「わたしとの関係が終わったら好きなだけ行けばいいじゃない」
キステットが大して関心がなさそうに、あっさりと言う。
「キステットも一緒に行かない? よかったらね」
頭を撫でながらソーチャさんは言う。キステットは少し俯いていて、表情が見えない。普段と違うのか、同じなのか。わたしなら嬉しくなるかも。きっと役目を果たした後に次はどうしよう? って迷ってしまうと思うから。
「……考えてもいいわ」
顔を上げたときの彼女はいつもどおりの彼女だった。なんとなく、いい感じのやり取りだと思う。会話を終わらせるようにすぐにキステットはパンを口に運んだ。やっぱり、とっても気に入っているみたい。
「仲が良いねえ」
「はい、とっても」
小さい声でジードルさんはわたしに話しかける。ジードルさんから見ても二人が仲良しに見えることがわかって嬉しい気持ちになった。
そんな温かい気持ちを心の中で感じながら、またパンを手に取る。このパンも柔らかくて美味しそうだ。