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君だから、ついつい

 雨がやんで、やっとわたし達は買い物を再開することができた。

 トリカさんのおすすめしてくれた服屋さんは、彼女の格好からいったいどんな服を売っているのだろうかとちょっとだけ心配をしていたけど、とっても素敵な服ばかり。体型が似ているから、この店の服も合うだろうと胸を張っていた。

 そのお店で服を何着か、別のお店も回って下着と靴を買った。それだけではなくて他にもこまごましたものを色々と。なんだかんだで家にあるものを使わせてもらうことが多そうだから、食器などを買わなくていいから助かるな。

 そうやって買い物を終えて、帰ろうとしたところでトリカさんによるところがあると呼び止められた。


「ここ! 安めなのに質はよし、おじさんとおばさんも優しいし良いところ!」


 トリカさんが案内してくれたのは、小さな文具店だった。古いお店だなあと一目見て思う。きっと老舗だ。


「ルイカも来たことがあるの?」


 彼は首を振る。学生御用達だったり、二人の共通の場所だったり。そんなところではないみたい。


「おじさーん! おばさーん! こんにちは!」


 トリカさんはベルを鳴らした後に二人を呼ぶ。少ししておしゃれなおばさんが出てきた。上品だけど、今時で、そんな感じのおしゃれさ。紫色の帽子がよく似合っている。


「はいはい。あらぁ、メートリカちゃん。一緒にいるのは……弟さんと、どなたかしら?」


 やっぱりほかの人から見ても二人はそっくりだと思うようで、すぐに姉弟だと分かっていた。兄妹には見えないみたい。ちょっと年が離れているようだから、不思議じゃないけど。それにルイカはどことなく弟っぽい雰囲気がある。

 わたしはそっとトリカさんに視線を送った。今のところはできるだけ内緒にしてほしい。どこまで明かしていいか聞いていないから。


「あ、この子? 弟の友達!」


 トリカさんはにっこり笑ってわたしに抱き着く。ちゃんと伝わってよかった。おばさんもくすくす笑ってわたし達を見ている。うん、なんだかいい感じだ。


「おじさんは?」


 おばさんの肩越しに見える店内は思ったよりも明るくて若々しい内装だ。お店の外観とはかなりイメージが違う。改装したのかな? あたりを見渡してみた。……あ。わたしの見間違いでなければ、足の生えたインクが追いかけっこをしている。


「あの人は今日仕入れに出ているのよ。だから本当は閉めちゃう予定でね」

「ちょっとだけ見たいものがあるんです。よかったらでいいので」


 トリカさんは急ぎで買うものがあるみたい。何を買うのだろうか。お仕事に必要なものかな。


「あらあら。お客様は大歓迎よ。ゆっくりご覧になって」

「ありがとうー!」


 そういうとトリカさんはすたすた歩いていく。もう買うもののエリアの見当がついているようだ。わたし達も後ろをついていく。なんだか不思議なものがいっぱいだ。人形が紙を破いてガラスの装置の中に入れている様子とか、そこからインクが滴っている様子とか。


「すごいね、いろんなものがあるよ」

「姉さんが言いたいこともわかる気がする……けど、文房具に要る機能なのかはわからない……」


 そっとルイカに話しかけると彼は困惑した様子だった。ルイカの目から見てもいい物なのだろうけど、その方向性が彼にはあまりよく分からなかったようだ。わたしはいいと思うけどな、こういうの。ロマンより実用派なようだ。改めてきょろきょろあたりを観察する。


「あ、売れてない! やったぁ」


 トリカさんの嬉しそうな声が聞こえる。わたしたちに来るように手招きした。


「これね、君たちに贈りたいんだよね。どう? いらない?」


 彼女が指さしたのは対のペン。夕日が落ちる海と朝日が昇る森がモチーフだ。光の加減から、多分それであっていると思う。


「普通のペンだな」


 ルイカが観察している。こんなに色々なものがいっぱいある中で、このペンは特に不思議な機能はないみたい。


「どうしてこれを?」


 トリカさんがにっこりと笑う。とっても楽しそう。


「この朝の方ってルイカっぽくない? だからあげたかったんだけどペアはいらないよねえと思ってたの」


 なるほど、確かにきりっとして涼しい? 感じが似合う気がする。それなら、わたしは夜の海。わたしに夜のイメージはない気がするな。客観的に見たらどうなんだろう。


「うんうん。リティにも結構似合いそうだよね。包容力がありそうだし。潮の味は命の味だよ」


 首をかしげる。なんだか詩的だ。ルイカもよく分からなかったようで顎に手を当てている。トリカさんはにこにこしていた。


「ああ、このペンが欲しかったのね? 特に魔術関係なく普通のペンなのだけど、お気に入りの職人のものなの」

「そうなんです! おばさん、包んでください」


 化粧箱をぱたんとしめて包装を始めるおばさんを観察しながらトリカさんは一層ご機嫌だ。弟に贈り物ができるのを喜んでいるみたい。そういえば、彼女は入学祝いにもルイカにたくさん本を贈ったんだっけ。片づけをしているときに彼が言っていた。


「はい、メートリカちゃん。よかったわねえ。二人とも、大切にしてくれると嬉しいわ」


 包み終えたおばさんはトリカさんがすでに用意していた代金と引き換えに箱を手渡す。お礼を言いながら箱をかざしていた。


「ありがとうございます。すみません、急に押しかけて」


 ルイカが遠慮がちに言った。やっぱり、ちょっとだけしっかりしているように見える。トリカさんに失礼になっちゃうけど。……でも、おちゃめなトリカさんも真面目なルイカも。二人に対して同じくらいわたしは好感を持っている。


「いいのよ。三人とも、よかったらまた来てね」

「もちろんでーす! ね?」


 トリカさんがわたしたちの顔を見る。わたしも、はいと答えた。今後何か文房具が必要になったらまずここに行ってみよう。普段使いの消耗品はあまり見当たらなかったから、大きい買い物で。


「それじゃ、おばさん元気でね! また今度!」


 ドアを押さえておいてくれながら、トリカさんは手を振る。おばさんも長い袖を押さえながら振り返していた。わたしたちは軽く頭を下げて店を出ていく。


「素敵なおばさんだったね。それに、トリカさんからペンもいただいちゃった」


 少し離れた場所で手を後ろに組んでルイカに話しかける。


「姉さんが急に……」

「お揃い、うれしいな」


 何か言おうとしていたところをわざと遮る。もしかしたらいろいろ難しいことを考えているのかもしれないけど、わたしはただ嬉しい。その気持ちが全部。


「あー……うん、そうか。それならいいんだ」

「また、勉強教えてね。お揃いのペンで勉強、なんて。えへへ」


 きっと、とっても楽しいだろうとわくわくする。お揃いはなんだかうれしいワードだ。でも、ルイカはきょとんとした表情でわたしを見る。そのあとぎこちなく頷いた。

 ちょっと彼にとっての距離感を考えられてなかった、のかな。よくわからないことばかりの中、さりげなく手を引いてくれるような人がそばにいてくれる安心感。それに甘えてついついはしゃいでしまった。


「お待たせ。もう帰っちゃう?」

「そうしよう。荷物が重い」


 わたしも同意する。わたし一人だけでは持てなくて、二人も買ったものを持ってくれていた。早く帰って、二人にねぎらいの気持ちを込めてお茶でも入れようかな。

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