気にしすぎか無意識か
ざーざーと雨が降っている。そう、丁度出かけようとした途端に雨が降ってきた。もう雪になるには暖かすぎると言っても、雨粒は冷たい。
結局、帰ってきた皆と一緒に家で食事をとることになった。幸いトリカさんの分も、家を訪ねてきた職員さんが彼女の顔を見て察して余りを持ってきてくれた。
そうして、皆が出かけたのを見送った後にわたしたちも出発した。
「リティはどんな服が欲しいの?」
「えっと、ひらひらした感じの……」
店が立ち並ぶ中を三人で歩いていた。
傘がぎりぎり当たらない程度の距離を保ってわたしとトリカさんは先をいく。後ろの方で距離をとってルイカが歩いている気配を感じる。
「ひらひらかぁ。あたし持ってないなー。親が好きだから実家にいたときはしょっちゅう着させられてたけど」
トリカさんは雨の中、軽やかに歩く。こんな風のような人だから、わたしの想像するような服は彼女には少し重かったのかも。
「リティはこの手の服似合いそうだよね」
そうかな? そうだったらいいな。可愛い服っていいなと思っていたから、似合っていたらとてもうれしい。談話室に合った雑誌の女の子のファッションが可愛かった。色がつくとどうなるのだろう?
ブラウスに黒か黒に近い色のリボン、それと同じ色の、裾から白いフリルがたっぷり見えるひざ丈のスカート。足元の黒いパンプスもおしゃれ.。あんな感じの服が着たい。
「んー。ほかに買うものあるっけ。服回り以外で。案外買うものないよね。結構すぐに終わりそうだからカフェで雨宿りする?」
いい考えだと思った。お茶を飲みながら時間をつぶせば、もしかしたら雨が止む、そこまでは行かなくても弱まってくれるかもしれない。
「あそこ入っちゃおうか。近いし」
トリカさんが指さしたのは、ピンクと白を基調にしたとにかく可愛いカフェ。若い女の子二人組が入っていった。直感的にルイカの苦手なタイプの店だと分かった。
「分かった。そうしよう」
それでも意外にも? 異論を唱えることなくルイカは同調する。多分雨の中を歩き疲れたんだ。
「はーい。リティもいいよね? 行っちゃおう」
わたしは大丈夫。それどころかピンクと白のふわふわに興味津々だ。頷いてトリカさんにそのことを伝える。トリカさんは歩く速度を上げた。
ようやく何とかついていく。靴が濡れてしまって、タイツも湿っている。そうだ、靴や足回りも買わないといけなかった。忘れないでおこう。
わたしたちが何とか軒下に入ると、窓の形に切り取られた窓のついたドアを先に着いていたトリカさんが開ける。甘い匂いが広がる。
「いらっしゃいませ! 空いている席にどうぞ」
ピンク色の空と白い雲をテーマにした内装は、とにかく可愛いで満ち溢れていた。やっぱり女の人がほとんど。数少ない男の人は大体の人がその恋人か友人のように見える。一般的にはちょっと”入りづらい店”なのかも。
雨の中だから結構空いていて、わたしたちは窓際の四人席というなかなかいい席を取ることができた。ソファはふかふかしている。ちょっと沈み込みすぎてしまっているかも。
「あー、びしょびしょ」
トリカさんはハンカチで脚を拭いている。それでも、短いパンツとサンダルの彼女の被害はそれほどでもなかったようだ。でも、それは直接雨が当たっているというわけだからとっても寒そう。
正面にいるルイカはというと、ハンカチのようで少し違う、滑らかな布。眼鏡拭きだ。それで眼鏡を拭いていた。眼鏡を取った彼の顔はトリカさんといつも以上に似ている。それに可愛らしい印象を与える丸眼鏡をかけていても、それでもやっぱり眼鏡をかけていた方がかっこよく? きりっと? 見えた。きっと眼鏡が似合う人なんだな。
「また見てる」
私の視線を感じてか、顔を上げて睨まれた。もしかしたら睨まれたのではなくて、よく見えなかったからなのかもしれないけど。どっちでもありえそうなのがちょっと怖い。そんなに見た記憶はないんだけどな。
「わたし、そんなに君を見てる?」
やっぱり不思議に思って直接聞いてみる。ん、と彼の喉の奥から小さく声が聞こえた。何も言葉が返ってこない。トリカさんもこの状況がよくわからないのか、沈黙が流れる。
「……気のせいかも」
彼は視線を外した。そう答えられたらそっか、とこちらも答えるしかできない。ちょっと気まずいかも。
「ご注文はお決まりになりましたか?」
店員さんが銀色のトレイに水の入ったコップを載せて持ってきてくれた。縁にはレモンが乗っている。
「あ、あたしはこの日替わり? のお茶がいいな。ハチミツいっぱい持ってきてくれる?」
トリカさんは甘いお茶が好きみたいだ。なんだか似合うな。
「わたしも同じものでお願いします! ……はちみつも!」
彼女の注文を聞いているとわたしも飲みたくなってしまった。ルイカは、と促す。このお店にはコーヒーはないようだけど。
「……綿菓子ソーダとかいうのお願いします」
ん? と思った。別に飲み物は甘くない方がいいってタイプの人じゃないみたい。コーヒーだけは苦い方がいい、みたいな感じ? 眠気とか体のだるさとか、そんな効果を高めるためにそうしているのかもしれない。
「かしこまりました。少々お待ちくださいな」
可愛いピンクのワンピースと白いエプロンドレスの店員さんはふわりと裾を翻して歩き去った。この服もいいな。
「相変わらず甘いもの好きだね。あたしも人のこと言えないけど」
「いいだろ、別に」
うん、いいよと返されてルイカはどうこたえるか迷ってしまっているように見える。トリカさんの方が力関係は強いみたい。
「リティもなかなかやるみたいだね? よかったね、夫婦の味と温度の好みは同じ方がいいらしいし」」
「夫婦じゃない」
「夫婦みたいなものじゃないの。運命共同体的な」
うーん。私たちの関係ってなんと言い表せばいいのだろう。もちろん夫婦ではない、ただの友達でもない、当然主従でもない。これから探していけばいいことだね。
「お待たせしました。ごゆっくりどうぞ」
そんなことを言っている合間に店員さんが着て飲み物を置いて行ってくれた。目の前に二つのカップと一つのグラスが並ぶ。それとはちみつが入ったポット。全部入れたらさすがに甘すぎちゃうな。
ルイカが頼んだ”綿菓子ソーダ”は不思議な見た目をしている。しゅわしゅわしているのがソーダなのは知っているけど、お酒を割るものじゃなかったっけ? 上に乗っているふわふわしたものは何だろう。もう溶け始めている。
「ねえ、これは何?」
ルイカが首をかしげる。なんでそんなことを聞いているのだろうかと不思議に思っているように見えた。
「記憶がないらしい割に大体のことは分かってると思ったけど、これは知らないんだな」
……確かに。でも、どうやらわたしが知っていたことは知っている、反対に言えばわたしが知らなかったことは今のわたしも知らないみたいだから、そういうものなんだろう。
「まあいいか。綿菓子だよ。大体広場あたりにワゴンで店を出してる菓子だ」
やっぱり綿菓子なんだ。綿のようだもんね。どんな味がするのかな……。
「皿出して」
そう言われて疑問に思いながらサービスのお茶菓子の入った皿を出す。彼は器用にスプーンで綿菓子をすくってその皿に入れた。
「えっと、どうして?」
「欲しそうな顔をしてたからだけど」
そんなに欲しそうな顔をしていたのかな。でも、くれたのだからありがたくいただこう。お礼を伝えた。
「……? 砂糖?」
甘いけど、純粋な砂糖の味だ。たくさんは食べられない。
「ま、そういう味だ」
小さくにやりとしたのを見逃さなかった。わたしの感想がばれているみたい。
「こういう味なんだね。うん、お茶飲もうかな……」
「子供たちなんて袋いっぱいのそれペロッと食べちゃうんだよ。飴玉数個分くらいで袋いっぱいなんだからお得だよね」
トリカさんも楽しそうに言っている。お店を構えていないそうだから、広場で偶然見つけた、普段と違うお菓子はきっと何倍もおいしいだろう。
「あ、このお茶思ったよりすっきりした味なんですね」
甘い果物の香りがするのに、味はいい感じに渋みがあるすっきりとしたもの。でも香りの影響で甘い気がする。おいしいお茶だ。
「えー、ほんと? 飲んでみよっと」
トリカさんもはちみつをいっぱい注いでからカップを口に運ぶ。うんうんと頷いていた。
……雨はどんどん弱まって、もうじき止みそう。この調子だと買い物を続けられそうだ。