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三人で朝ごはん

 食堂のこの部屋はわたしたち三人だけだと余計に広く見える。思ったより早くトリカさんの件が片付いたとはいえ、もう皆は朝食をとって各々自由にしているらしい。確か、癒しの力を持つ子たちはお昼から病院に行くはずだ。

 ルイカがわたしだけでも食堂に行くよう勧めてくれたけど、二人が部屋にいる以上、わたしだけがご飯を食べに降りるのは抵抗があった。トリカさんも一緒に降りられればいいのだけど、まだその時は状況が落ち着いていなかったから。


「ありがたいねえ。明らかにあまりものだけど」


 わたしたち二人の目の前に並ぶのはパンと冷たくなってしまったスープ。それに玉子を焼いたものとハム。そんなもともと用意されていたような食事だったのだけど、トリカさんが用意してもらったのはパンの端とハムの端。そして同じ冷たいスープ。

 しょうがない部分もあるけど、それでも玉子がトリカさんだけ無いのは……。


「……姉さん、玉子が欲しいなら僕が譲るからリティにはねだるなよ」

「え? くれるの? あたし別によかったのに。ありがとー」


 わたしがトリカさんの方を見るより先にルイカが申し出ていた。向かい合うのは三人だと少し寂しいよねということで横並びにわたし、ルイカ、トリカさんの順で並んでいたから、トリカさんがルイカに玉子をもらうのは簡単そうだった。


「ルイカ、半分でよかったら一緒に食べようよ。おいしそうだよ」


 考えるより先に言葉が出ていた。わたしはそうしたいと思っているようだ。


「いいよ、別に。そんなに食べる方じゃないし」


 それでも、この朝食の量はちょっと男の子には少ないように見える。本当ならおかわりで調整するのだろうけど……。


「リティ、気を遣ってくれてありがとね。でもねえ、この子ほんとに食べないんだよね。お菓子ばっかり食べて」

「最近はそこまで……」


 トリカさんが楽しそうに笑う。本当に気持ちがいいほどまっすぐな表情を見せてくれる人だなと思った。


「だからさ、お菓子が足りないときに分けてやってよ。そっちのが喜ぶよ」


 もうルイカは口を挟まなかった。わたしが感じ取ったトリカさんの思いやりをルイカも感じたのなら、多分それが理由だ。ルイカと視線を合わせる。嬉しくなって微笑みを浮かべると、彼の顔も少しだけ優しいものに変わった気がした。


「どうしたの?」


 トリカさんの言葉になんでもないと首を振る。


「でも、本当に出入りが認められてよかったです」


 少し前に職員さんの中でも偉い人がやってきてくれて、トリカさんの考えるセキュリティの穴を聞いてくれた。その正当性が認められて渋々ではあったものの、この家に出入りすることが認められたんだ。実のところ、変な入り方をされるよりは正面から堂々入ってきてもらう方が安心だからと言っていたけど。

 そうだ、その時に。トリカさんの話を職員さんが聞いている間、ルイカが後ろの方で熱心にメモを取りながら彼女の話を聞いていたのが印象的だった。時々ふと頭を上げては何かを言おうとして止めるのは、まるで質問がしたいけど、状況的にできなかったことを思い出したときのよう。そんな仕草も覚えている。

 こんなにも何気ない仕草を覚えている理由は分かっている。ああ、本当に魔術を学ぶことが好きなんだ、学生さんだもんね、とうれしい気持ちになったから。あとは、あんなふうにトリカさんに対して振舞っているけど、魔術師としては尊敬しているんだなとも思った。


「僕に何か?」


 そんなことを思い出しながら淡々と食事をするルイカを見ると、偶然目が合う。不思議そうというより、怪しいものを見るような目つき。慌てて「なんでもないよ」と答えた。


「うんうん。なんだかんだでねー。たまにならね、来ちゃおうかな」


 あそこまで交渉しておいて意外にもあっさりとした言い方だ。首を傾げた。


「ん?」


 トリカさんも不思議そうにわたしを見る。少しの間見つめ合う時間があった。トリカさんの視線がお皿に戻る。


「……そういえば。リティは昼からどうするんだ」


 首をかしげる。急にルイカはどうしたのだろう。お昼から。……そっか、病院。


「わたしは、行かないつもりだよ。うん、わたしは顔合わせする必要がないし」


 ちょっとだけ、悲しい気持ちがあるのは否定しない。誰かの役に立ちたいけど何もできない。それは親切とか優しさとかじゃなくて、足りないものを埋めたがっているのだと思う。よくないよね、きっと。誰も幸せにならない考え方だ。


「買い物にでも行くか」


 パンくずを一か所に集めながらぼそりとルイカは言う。え、と思わず呟いてしまった。屋内が何より好きそうな彼からそんな言葉が出るとは思わなかった。


「行こうよ。やっと自由の身になったしさ、あたし。朝から疲れたな。色々二人も買うものあるでしょ」


 トリカさんがぐーっと伸びをする。買うもの、当然ある。職員さんに質素なワンピースとパジャマはもらったけど、その二着では少し心もとない。皆が家に見当たらない理由が分かった。お昼までに身の回りの品をそろえようと出かけているんだ。


「……でも、リティはお金持ってないよな」

「ううん。昨日の夕ご飯の後にお小遣いをいただいたの。だから大丈夫。大丈夫だけど……」


 夕食後、”侍女”の皆が集められたかと思ったら、今月のお小遣いという言葉とともに可愛い刺繍の施された袋が配られた。唐突なことに困惑しながらそっと中を見ると、お小遣いとしては多すぎる量の銀貨が詰まっていて。

 皆ざわざわとしているところにちゃんと計画的に使うことと釘を刺される。こんな量、計画的に使わなくったってひと月どころか……。今のわたしは当然として、体も心も残った痕跡は全部、こんなものを持ったことがないと言っていた。

 そんなお小遣いは怖くて引き出しの奥深くにしまっている。ほんの少しだけ持ち出そう。


「どうした? 急に上の空になって」


 ぼーっとしていたかな? 動揺がまだ収まっていなかったのかもしれない。なんでもないよと否定する。 


「で、どうする? 行くの、行かないの」


 いつの間にか食べ終えていたトリカさんがかたんとフォークを置いてたずねてくる。うん、行こう。難しいことをついつい考えてしまうけど、目の前から片づけていかないと。それに、これは必要なことだ。


「行きます!」

「いい返事! ……そういえば、お昼っていただける感じ?」


 それは聞いていなかったかも。お昼はお休みの日でも箱詰めされたものを用意してくれるって言っていたけど、それなら余分は出ないはずだ。


「もう遅いだろ。ここで作ってないってことは他の建物なり外部なりでまとめて作ってるんだろうから」


 えーっと不満そうな声をあげる。気持ちはよく分かるけど、仕方ないよね。


「外で食べよ。二人はそれ持って行ってさ。いい天気だし」

「わぁ! そうしましょう!」


 嬉しくてにっこりと笑顔になってしまう。窓から感じる外の風がとても気持ちよかったから、外で食べたらきっととっても美味しいご飯になるはず。

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