明創生の名将:徐達⑤
〇新たな仲間、常遇春の合流
1354年(至正14年)の秋風が、安徽省和陽の地に吹き渡っていました。朱元璋の軍は、和州を攻略し、その勢いをさらに増していました。徐達は、日々大きくなっていく軍勢と、それに伴う新たな課題に、充実感と同時に責任感を抱いていました。
そんな朱元璋の元に、ひとりの男が訪ねてきました。その男の名は常遇春。彼は、後に徐達と並び称されるほどの、朱元璋の天下統一に不可欠な猛将――非常に勇猛な将軍――となる人物でした。
常遇春は、それまで劉聚という盗賊集団に従っていました。当時の中国は、元王朝の支配が揺らぎ、各地で盗賊や反乱軍が跋扈していました。劉聚もその一つで、常遇春は、その並外れた武勇で頭角を現し、彼らの間では一目置かれる存在でした。
しかし、常遇春の心の中には、常に漠然とした焦りがありました。彼は、ただ単に略奪を繰り返すだけの盗賊集団では、この乱世――世の中が乱れ、争いが絶えない時代――を終わらせることはできないと見限っていたのです。彼の胸には、もっと大きな志が燻っていました。それは、真に民を救い、新しい時代を築くという、明確な大業――大きな事業、偉大な目標のこと――を成し遂げたいという願いでした。
そんな折、常遇春は、朱元璋が和陽に兵を率いてきたという噂を耳にしました。朱元璋が、単なる盗賊とは異なり、民のために戦い、その軍が規律正しいという評判は、すでに広く知られていました。常遇春は、迷うことなく劉聚の元を離れ、自らの足で朱元璋のもとへと向かいました。
朱元璋の幕舎に案内された常遇春は、その場にいた朱元璋、そして徐達、湯和の三人を見て、すぐに彼らが非凡な人物であることを感じ取りました。朱元璋の堂々とした佇まいと、その眼差しに宿る深い知性。徐達の冷静で落ち着いた雰囲気。そして、湯和の快活で人懐っこい笑顔。彼らが醸し出す雰囲気は、これまで常遇春が属していたどの集団とも異なっていました。
常遇春は、深く頭を下げ、自身のこれまでの経緯を正直に語りました。そして、朱元璋の元で、真の天下統一の夢を追いたいと訴えました。
「朱元璋殿。私は、劉聚の元では、真の大業を成し遂げられないと悟りました。どうか私を、あなたの麾下――部下、軍門のこと――に入れていただきたい。この常遇春、あなたの理想のために、この命を捧げる覚悟です!」
常遇春の言葉には、一点の曇りもありませんでした。彼の瞳には、熱い決意と、未来への希望が輝いていました。
朱元璋は、常遇春の言葉を静かに聞き終えると、彼の真っ直ぐな眼差しをじっと見つめました。そして、満足げに頷きました。朱元璋は、常遇春の武勇が並外れていることを知っていましたが、それ以上に、彼の心の中に宿る高い志と、真実を求める姿勢を感じ取っていました。
「常遇春よ、よくぞ来てくれた! お前のその志、確かに受け取った。これよりお前は、私の大切な仲間として、共に新しい世を築くために戦うのだ!」
朱元璋の言葉に、常遇春の顔には喜びが満ち溢れました。彼は、ようやく自分の居場所を見つけられた、という安堵の気持ちに包まれました。
その様子を、徐達は静かに見ていました。徐達は、常遇春の武勇が、これからの戦いにどれほど大きな力となるかを直感的に理解していました。同時に、彼は常遇春の真っ直ぐな性格に、どこか自分と似たようなものを感じていました。
朱元璋は、常遇春をすぐに軍の重要な地位に就けました。常遇春は、期待に応えるかのように、その後の戦いで目覚ましい活躍を見せます。彼は、常に先陣を切って敵陣に突撃し、その怪力と勇猛さで、数々の敵を打ち破っていきました。その雄姿は、兵士たちの士気を大いに高め、敵にとっては恐るべき存在となっていきました。
こうして、朱元璋の軍には、徐達という冷静沈着な智将――知恵のある将軍――と、常遇春という勇猛果敢な猛将という、二つの大きな柱が加わったのです。彼らは、それぞれの持ち味を最大限に生かし、朱元璋の天下統一という壮大な夢の実現に向けて、その力を尽くしていくこととなるのです。
〇知勇の出会い、徐達と常遇春
1354年(至正14年)の秋、安徽省和陽の地には、朱元璋の軍勢がその勢いを増していました。この頃、朱元璋の元には、新たな盟友――誓いを立てた仲間――である常遇春が加わっていました。徐達は、新たに加わったこの勇猛な将軍に、深い関心と期待を抱いていました。
常遇春は、その並外れた武勇と、敵を恐れぬ果敢さで、すぐに朱元璋軍の誰もが認める存在となりました。彼は、戦場では鬼神のような強さを見せますが、普段は率直で、嘘偽り(うそいつわり)のない人柄でした。
ある日のこと、徐達は常遇春と共に、今後の戦術について話し合う機会を得ました。二人は、朱元璋の幕舎とは別の、少し離れた場所で、地図を広げていました。徐達は、いつものように落ち着いた態度で、常遇春の話に耳を傾けました。
「徐達殿、あなたのお考えは、いつも理にかなっておられる。私は、ただ敵を力で押し切るばかりで、どうしても視野が狭くなりがちだ」
常遇春は、自分の短所を素直に認めました。彼は、その言葉通り、感情的になりやすい一面を持っていましたが、同時に、他者の意見を真摯に聞くことができる潔さも持ち合わせていました。
徐達は、微笑んで答えました。
「常遇春殿の武勇は、まさに天下一品。あなたの突進力なくしては、我々の勝利はありえません。私の考えは、あくまでそれを最大限に生かすためのもの。私たちは、互いの長所を生かし、短所を補い合うことで、さらに強くなれるはずです」
二人の会話は、そこから一気に深まっていきました。常遇春は、自身の考える戦術を、時に熱弁を振るいながら語りました。彼の戦術は、シンプルながらも、その中に敵の意表を突く大胆さが秘められていました。
徐達は、常遇春の話に耳を傾けながら、その言葉の裏にある意図や、彼の持つ戦いの感覚を読み取っていきました。そして、徐達は自分の考えを、論理的に、そして分かりやすく説明しました。彼の戦術は、冷静な分析に基づき、堅実でありながらも、勝利への確実な道筋を示すものでした。
驚くべきことに、彼らは互いの話を聞けば聞くほど、非常に相性が良いことに気づきました。性格においても、徐達の冷静さと常遇春の情熱は、互いに良い影響を与え合いました。徐達は、常遇春の真っ直ぐな情熱に感化され、常遇春は、徐達の落ち着いた視点から、新たな気づきを得ました。
そして、最も彼らが驚き、そして喜びを感じたのは、戦術の相互認識でした。それは、互いの戦い方や考え方について、深く理解し、納得し合えるということでした。
常遇春が、「この敵に対しては、正面から一気に攻め込むべきだ!」と主張すれば、徐達は、「なるほど、しかし、その前に敵の側面を牽制し、退路を断つことで、常遇春殿の突撃がより効果的になるでしょう」と、さらに洗練された策を提示します。常遇春は、徐達の提案に、「それは素晴らしい! 私の足りない部分を、見事に補ってくださる」と、心から納得しました。
また、徐達が、「この地は地形が複雑で、奇襲が有効でしょう」と述べれば、常遇春は、「よし、ならば私が先陣を切って、敵を混乱させる役目を引き受けよう。徐達殿の緻密な計画があれば、どんな奇襲も成功させられる!」と、その実行役を自ら買って出ました。
彼らは、まるで長年連れ添った夫婦のように、言葉を交わすだけで、互いの意図を完璧に理解し合えるようになっていきました。それは、単なる知識の共有ではなく、戦場での直感や、勝利への執念といった、言葉にならない部分での共鳴でした。
この話し合いを通して、徐達は、常遇春が単なる勇猛な武将ではないことを知りました。彼には、勝利への強い渇望と、それを実現するための、確かな軍事的な洞察力が備わっていたのです。常遇春もまた、徐達が単なる智将ではないことを理解しました。彼には、冷静な判断力と同時に、人を動かす魅力と、常に勝利を追求する揺るぎない意志が宿っていたのです。
「常遇春殿、あなたと私は、まさに車の両輪となるでしょう」
徐達が静かにそう告げると、常遇春は満面の笑みで頷きました。
「もちろんです、徐達殿! あなたと共に戦えることを、心から光栄に思います!」
こうして、徐達と常遇春は、朱元璋の軍において、知勇――知恵と勇気――を兼ね備えた、最強の二枚看板となりました。彼らの協力は、朱元璋の天下統一の道を、さらに力強く切り拓いていくこととなるのです。
〇群雄割拠の時代、徐達と常遇春の洞察
1354年(至正14年)の冬、朱元璋の軍は、またしても一戦を快勝で終えました。冷たい風が吹き抜ける中、戦場に残る熱気を肌で感じながら、徐達と常遇春は、簡素な野営の幕舎で向かい合っていました。彼らの顔には、勝利の充実感と、これからの戦いへの鋭い眼差しが宿っていました。
「さすがは徐達殿。今日の采配も、見事なものでした。私の突進が、これほどまでに活きるとは」
常遇春が、満面の笑みで徐達に話しかけました。彼の言葉には、偽りのない称賛が込められていました。
徐達は、静かに頷きながらも、その視線は地図の上の、いくつもの勢力圏に注がれていました。
「常遇春殿の武勇があってこそです。しかし、我々の勝利は、あくまで緒戦に過ぎません。この乱世は、多くの群雄――多くの英雄や有力者がそれぞれ勢力を広げ、覇権を争うこと――が割拠している状況です。彼らの動向を正確に把握することが、今後の戦いを有利に進める上で不可欠です」
常遇春は、徐達の真剣な表情に、自らも姿勢を正しました。そして、二人の間で、当時の中国の主要なライバル勢力についての議論が始まりました。
「まず、我々が最も警戒すべきは、やはり元王朝そのものです。彼らは、腐敗しきってはいますが、その国力は未だ侮れません。特に、北方にいる彼らの主力軍は、まだ健在です。彼らは、我々のような反乱軍を徹底的に鎮圧しようと、機会を窺っているでしょう。彼らの軍事力は、騎兵――馬に乗って戦う兵――が中心で、平原での戦いでは非常に強力です。しかし、彼らは民心を失っており、士気も低い。その弱点を突くことができれば、必ず勝機は見出せるはずです」
徐達は、冷静に元の状況を分析しました。彼の言葉には、敵に対する深い洞察力が表れていました。
「次に、江南の地で勢力を広げている張士誠も侮れない相手です。彼は、元々塩の密売を生業としていた男ですが、その経済力と組織力で、多くの民衆を引きつけ、急速に勢力を拡大しています」
常遇春が、張士誠について話し始めました。
「張士誠は、運河――人工的に作られた川――や水路を抑えており、その水軍は非常に強力です。我々が江南に進出する際には、彼の水軍をどう攻略するかが鍵となるでしょう。また、彼は比較的穏健な統治をしており、民衆からの支持も得ているようです。そのため、武力だけで押し潰すのは難しいかもしれません。政治的な策略も必要になるでしょう」
徐達は、張士誠の強みが経済力と水軍にあることを指摘し、それに対抗するための策を練り始めました。
「そして、長江上流で勢力を持つ陳友諒も、強力なライバルとなるでしょう。彼は、漁師の出ですが、その武勇と冷酷さで、瞬く間に勢力を広げました。彼の軍は、非常に攻撃的で、武力で全てを解決しようとする傾向があります」
徐達は、陳友諒の性格と軍の特徴を説明しました。
「陳友諒は、強大な水軍を率いており、その規模は張士誠に匹敵するか、それ以上かもしれません。彼は、力こそ全てと考えるタイプで、交渉に応じることは少ないでしょう。彼との戦いは、まさに正面衝突となる覚悟が必要です。しかし、彼の独断専行――一人で勝手に物事を決めること――な性格は、時に彼の弱点にもなり得ます」
常遇春は、陳友諒の武力に眉をひそめながらも、その性格的な弱点に同意しました。
「他にも、明玉珍のように四川に割拠する勢力や、各地に散らばる小規模な反乱軍もいます。彼らは、それぞれ独自の思惑で動いており、時には協力し、時には敵対するでしょう。この乱世は、まさに複雑な盤面――碁盤のように、様々な要素が絡み合う状況――です」
徐達は、地図上の全ての勢力に目を走らせながら、静かに締めくくりました。彼の言葉には、目の前の敵を倒すだけでなく、その先の天下統一という大局を見据える、深い戦略眼が感じられました。
常遇春は、徐達の言葉を聞き終えると、深く頷きました。彼の武勇と、徐達の知略が合わさることで、朱元璋の天下統一の夢が、より現実味を帯びてくることを実感していました。
「なるほど。ただ目の前の敵を倒すだけでなく、この全ての状況を把握し、先を読んで戦わなければならないのですね。徐達殿のその洞察力があれば、必ずや我らは大業を成し遂げられるでしょう!」
常遇春の言葉に、徐達は静かに微笑みました。二人の間には、互いの才能を認め合い、深く信頼し合う、揺るぎない絆が築かれていました。彼らは、朱元璋の元で、この激動の乱世を駆け抜け、やがて中国の歴史にその名を刻むことになるのです。