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明創生の名将:徐達⑪

◯鄱陽湖への誓い


1362年(至正22年)の夏、長江ちょうこうのほとり、応天府おうてんふは、来るべき決戦の熱気に包まれていました。主人公である徐達じょたつは、中書右丞ちゅうしょゆうじょうとして政務をこなしつつも、その胸中には、西に勢力を張る陳友諒ちんゆうりょうとの雌雄を決する戦への強い覚悟がありました。劉基りゅうきが定めた「先陳後張せんちんごちょう」(まず陳友諒を討ち、その後に張士誠を討つという戦略)の大方針のもと、朱元璋しゅげんしょうの軍は、総力を挙げて陳友諒との決戦に備えていたのです。


特に力を入れていたのは、水軍すいぐんの強化でした。陳友諒は長江を本拠地とし、当時最強と謳われた水軍を誇っていました。その大艦隊だいかんたいを打ち破るには、こちらも同等、あるいはそれ以上の水軍を築き上げなければなりません。徐達と盟友の常遇春じょうぐうしゅんは、日夜を問わず水軍の鍛錬に励みました。


徐兄じょけい、今日はどうだ?この前の訓練で、舟の連携が少しは良くなったか?」


常遇春は、額に汗を浮かべながら、訓練を見守る徐達に声をかけました。彼は、陸戦では比類なき勇猛さを誇る一方で、水上戦には苦手意識を持っていました。しかし、劉基の戦略に従い、自ら水軍の訓練に率先して参加していました。


「ああ、常兄。お前のおかげで、兵たちの動きも格段に良くなってきた。だが、陳友諒の船は巨大だ。こちらもそれに負けないだけの船を揃え、さらに速さを追求せねばならん」


徐達は、自らも小舟に乗り込み、兵士たちの操船そうせん技術や、水上での連携を確認していました。彼は、どんな些細な点も見逃さず、兵士一人ひとりの動きに目を光らせました。時には自ら指導に当たり、時には厳しい言葉で叱咤激励し、水軍を精鋭部隊へと鍛え上げていきました。


彼らの訓練は過酷を極めました。灼熱しゃくねつの太陽の下、兵士たちは船を漕ぎ、弓を放ち、火器かきを扱う訓練を繰り返しました。また、水上での奇襲戦術や、敵船への乗り込み訓練など、実践的な訓練も導入されました。徐達は、兵士たちの士気を高めるため、自らも彼らと同じ食事をとり、同じ場所で寝起きし、彼らと共に汗を流しました。彼の温和な人柄と、兵士への深い配慮は、兵士たちの信頼を勝ち取り、彼らは徐達のためなら死をも恐れないという強い絆で結ばれていきました。


一方、軍師の劉基りゅうきは、応天府の静かな執務室で、来るべき決戦の必勝の作戦を練り上げていました。彼の机の上には、陳友諒軍の布陣図や、長江の地形図が広げられています。劉基は、これまでの陳友諒との戦訓せんくんを分析し、彼の性格や戦術の傾向を徹底的に研究しました。


「陳友諒は、その巨大な兵力を頼みに、常に正面からの力押しを好む。しかし、それが彼の弱点でもある」


劉基は、独りごちるように呟きました。彼の思考は、常に敵の一歩先、二歩先を見据えていました。


劉基が練り上げた作戦は、陳友諒の長所である「巨大な水軍」を、逆にその弱点へと変えるものでした。彼は、兵力で劣る朱元璋軍が、いかにして陳友諒軍を打ち破るか、その一点に集中して思考を巡らせました。


ある日、劉基は朱元璋、徐達、常遇春ら主要な将軍たちを呼び集め、その作戦を披瀝ひれきしました。


「陳友諒の船は巨大ゆえ、小回りが利かず、互いに鎖で繋ぎ合わせている。この鎖船さくせんこそ、彼の弱点となります」


鎖船とは、敵船からの攻撃を防ぐため、多数の船を鎖で繋ぎ合わせて、巨大な海上要塞のようにする戦術です。しかし、劉基はそれを逆手に取る策を考えました。


「我々は、火攻め(ひぜめ)をもって、陳友諒の艦隊を焼き払う。そして、彼の兵士たちは、巨大な船に閉じ込められ、身動きが取れないまま、火炎の餌食となるでしょう」


劉基の言葉に、徐達と常遇春は息を呑みました。それは、あまりにも大胆で、しかし理にかなった作戦でした。火攻めは、風向きや奇襲のタイミングなど、様々な条件が揃わなければ成功しない危険な戦術です。しかし、成功すれば、敵に壊滅的な打撃を与えることができます。


「しかし、そのためには、風向き、そして敵の油断を誘う仕掛けが必要です」


劉基は、さらに詳細な計画を説明しました。火薬の調達、火矢や油の準備、そして何よりも、決行の時期と場所。彼は、全ての要素を綿密に計算し尽くしていました。


徐達は、劉基の作戦を聞きながら、勝利への確かな手応えを感じていました。彼の心は、これまでの不安から、確固たる自信へと変わっていました。


「劉先生、この作戦、必ずや成功させましょう」


徐達は、力強く劉基に告げました。常遇春もまた、劉基の戦略に感銘を受け、その瞳には勝利への強い意志が宿っていました。


こうして、来るべき陳友諒との決戦、鄱陽湖の戦い(はようこのたたかい)に向けて、朱元璋軍の準備は着々と進められていきました。徐達と常遇春は、劉基の練り上げた必勝の作戦を胸に、水軍を率いて、鄱陽湖の戦場へと向かうのでした。この戦いが、朱元璋の天下統一を大きく左右する、歴史的な転換点となることを、彼らは信じて疑いませんでした。



◯鄱陽湖の戦い1:鄱陽湖はようこほのお


1363年(至正23年)の夏、長江ちょうこう流域はうだるような暑さに包まれていましたが、それ以上に熱い戦いの気配が充満していました。主人公の徐達じょたつは、来るべき決戦に向けて、ひたすら水軍すいぐん鍛錬たんれんに明け暮れていました。軍師の劉基りゅうきが練り上げた「先陳後張せんちんごちょう」(まず陳友諒を討ち、その後に張士誠を討つという戦略)の通り、いよいよ宿敵しゅくてき陳友諒ちんゆうりょうとの雌雄を決する時が迫っていたのです。


しかし、戦の直前、朱元璋しゅげんしょうの元に、南東から攻めてきた張士誠ちょうしせいの軍に対する応戦の知らせが届きました。朱元璋は、自らその指揮を執るため、一時的に本拠地である応天府おうてんふを離れることになりました。まさにその隙を狙って、陳友諒は形勢逆転の好機とばかりに動き出します。


陳友諒は、数百艘そうもの巨艦きょかんを従え、兵員へいいんはなんと60万と号する(と自称する)大船団を組織しました。その巨艦は、まるで血潮のように「丹漆たんしつ」(赤い塗料)によって鮮やかに赤く塗られており、見る者を威圧いあつするかのようでした。彼はこの圧倒的な武力をもって、朱元璋勢力の要衝ようしょうである南昌なんしょうを目指して進軍しました。


南昌を守るのは、若き将軍である朱文正しゅぶんせいと、その盟友である鄧愈とうゆでした。彼らは、わずかな兵力でありながら、火力を駆使して、陳友諒の猛攻を85日間も耐え抜き、南昌を死守ししゅしました。この85日間は、朱元璋が戻るまでの貴重な時間を稼ぐ、まさに死闘しとうでした。


その間、徐達は応天府で焦燥しょうそうに駆られていました。南昌からの報せは刻々と届き、危機的な状況が伝えられるたびに、彼の心は千々に乱れました。しかし、彼は自らに課された任務、すなわち朱元璋の主力を率いて、陳友諒との決戦に備えることに集中しました。劉基は、常に冷静沈着れいせいちんちゃくに情勢を分析し、徐達に的確な指示を与え続けました。


そして、85日間の死闘の末、ついに朱元璋が応天府に戻ってきました。彼の元には、新たに動員された兵員20万と、対照的に白色に塗られた船団が整然せいぜんと並んでいました。白い船は、まさにこれから始まる戦いの、純粋な決意と勝利への願いを象徴するかのようでした。


「徐達、準備は整ったか!」


朱元璋の力強い声に、徐達は全身に活力が満ちるのを感じました。


「はっ、殿下!いつでも出陣できます!」


徐達は、これまで鍛え上げてきた水軍に絶対の自信を持っていました。兵士たちの顔には、疲労の色も見えましたが、それ以上に、主君の帰還と、これから始まる決戦への高揚こうようが満ち溢れていました。


南昌を囲んでいた陳友諒は、朱元璋の大軍が迫っていることを知り、不利を悟って、軍を鄱陽湖はようこへと移動させました。鄱陽湖は、中国最大の淡水湖であり、その広大な水面は、まさに大艦隊が激突するにふさわしい舞台でした。


朱元璋の白色の船団と、陳友諒の赤色の船団が、広大な湖面に相対あいたいしました。両軍の間に広がるのは、静まり返った湖面と、緊迫した空気。しかし、その静寂は、やがて来る大嵐の前の静けさでした。


徐達は、自らが率いる白色の船団の先頭に立ち、陳友諒の赤色の巨艦を見据えました。彼の脳裏には、劉基が練り上げた必勝の作戦が鮮明に描かれていました。この鄱陽湖で、数年にわたる両者の争いに、ついに決着をつける時が来たのです。


夕焼けが湖面を赤く染め上げる中、両者は互いに旗を掲げ、号砲を鳴らしました。戦いの始まりを告げる轟音ごうおんが、広大な鄱陽湖に響き渡り、やがて、中国の歴史を大きく変えることになる、壮絶な戦いの幕が、ついに切って落とされたのです。徐達は、その日のために鍛え上げてきた水軍の兵士たちに、静かに命を下しました。



◯鄱陽湖の戦い2:鄱陽湖はようこの炎、勝利への導き


1363年(至正23年)の夏、広大な鄱陽湖はようこの湖面に、朱元璋しゅげんしょうの白色の船団と、宿敵しゅくてき陳友諒ちんゆうりょうの赤色の巨艦きょかん相対あいたいし、まさに歴史的な決戦の火蓋が切って落とされました。主人公の徐達じょたつは、自らが率いる水軍すいぐんの先頭に立ち、陳友諒の圧倒的な巨艦群を静かに見据えていました。


陳友諒ちんゆうりょうの船団は、数百艘そうもの巨艦を集め、艦と艦を太い鎖で繋ぎ合わせて、まるで海上要塞ようさいのような強固な陣形を敷いていました。これを「鎖船さくせん」と言い、敵の攻撃にびくともしない巨大な壁を作り出す戦術でした。一方、朱元璋の船団は、小型船が中心で、機動性きどうせいと火力を重視していました。見かけの兵力では陳友諒ちんゆうりょう軍が圧倒的に優位に見えました。


戦いは始まったものの、朱元璋の軍は小型船が多いため、陳友諒ちんゆうりょうの巨艦に恐れをなして、緒戦しょせんは不利な状況に陥りました。陳友諒の配下はいかの勇将、張定辺ちょうていへんは、その猛攻で一時的に朱元璋の旗艦きかん肉薄にくはくするほどの苦戦を強いられました。徐達は、自らの指揮する船団が奮戦しているものの、敵のあまりの巨大さに、一瞬、心が折れそうになるのを感じました。しかし、彼は劉基りゅうきが練り上げた必勝の作戦を信じ、兵士たちを鼓舞こぶし続けました。


しかし、戦況は徐々に朱元璋軍へと傾き始めます。陳友諒ちんゆうりょう側は、南昌なんしょうを85日間も包囲し続けた後の疲労が蓄積していました。兵士たちの間には、目に見えない疲弊ひへいが広がっていたのです。そんな中、兪通海ゆつうかいが率いる朱元璋の火砲かほう船団が、その真価を発揮し始めました。火砲とは、大砲や火矢など、火薬を使った武器の総称です。彼らの放つ火炎弾や火矢が、鈍重どんじゅうな陳友諒の船舶を次々と火だるまに変えていきました。燃え上がる陳友諒ちんゆうりょうの船から上がる黒煙は、湖面を覆い尽くし、戦場の様相を一変させました。


そして、戦いの3日目。まさに天が味方したかのように、にわかに東北の風が強く吹き始めました。この機を逃すまいと、朱元璋は、決死隊けっしたいを乗せた火船ひぶね七艘そう陳友諒ちんゆうりょうの鎖船の陣形へと突っ込ませるよう命じました。火船とは、火薬や油などを積んで敵船にぶつけ、炎上させるための船です。


「今こそ好機!皆、続け!」


徐達は、自らも先陣を切って、兵士たちを鼓舞しました。炎をまとった七艘の火船は、折からの強風にあおられ、あっという間に陳友諒ちんゆうりょうの密集した巨艦へと到達しました。火船が次々と巨艦に衝突すると、瞬く間に炎が燃え広がり、陳友諒ちんゆうりょうの巨大な鎖船は、まるで生き物のように炎上し始めました。


「煙焔天にみなぎり、湖水ことごとく赤なり」――その光景は、まさに地獄絵図でした。空には黒煙が渦巻き、湖面は燃え盛る炎と血潮で赤く染まり、無数の兵士たちが炎の中で叫び声を上げ、もがき苦しむ姿がありました。朱元璋の火攻めは、見事に成功したのです。


陳友諒ちんゆうりょう軍は、この壊滅的な敗北を喫することとなりました。斬首ざんしゅされた者2000余、溺死できし焼死しょうしした者は数え切れないほどでした。さらに、陳友諒ちんゆうりょうの弟で、その勇猛さや知略で知られていた陳友仁ちんゆうじんがこの戦いで命を落としたことで、陳友諒ちんゆうりょう軍の士気は激しく低下し、崩壊寸前となりました。


陳友諒ちんゆうりょうは、残された兵と共に、必死に逃亡を図りました。しかし、彼が逃げ込もうとした湖口ここうの地は、朱元璋が事前にひそかに伏兵ふくへいを伏せて、退路を塞いでいたのです。伏兵とは、敵に気づかれないように隠しておいた兵士たちのことです。


陳友諒は、伏兵によって湖口を塞がれたため、数日間、朱元璋軍と睨み合い(にらみあい)を続けることになりました。しかし、彼の兵站線へいたんせんは完全に断たれていました。兵站線とは、軍隊に食料や武器などを補給するための輸送路のことです。補給が途絶えた陳友諒軍からは、食料や物資を求めて、寝返る兵士が相次ぎました。


追い詰められた陳友諒ちんゆうりょうは、絶望的な状況の中で、ついに湖口の突破を試みました。しかし、その時、朱元璋軍が放った一本の矢が、彼の頭部に命中しました。矢に当たった陳友諒ちんゆうりょうは、そのまま息絶え、ついに戦死しました。


この鄱陽湖はようこの戦いは、朱元璋の天下統一に向けた、決定的な転換点となりました。徐達は、劉基の緻密ちみつな戦略と、自らが鍛え上げた水軍の活躍、そして何よりも兵士たちの決死の覚悟によって、この大勝利を掴み取ることができたのです。広大な鄱陽湖はようこの炎は、陳友諒ちんゆうりょうの野望を焼き尽くし、新たな時代の到来を告げる、希望の光となりました。

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