発明品の効果
「なんだか鋭い意見だなぁ」課長の石川が発した。
隣の月野先輩も続く。「確かに、今日の山田さんは顔付きも違うけど、なんとも的確な発言が目立つ」
右手でメガネの淵を持ち上げながらエミは語りだす。
「ありがとうございます。私の意見に興味を持って頂けたようですね。やはり、ここは第2案の高齢者向けマーケットに向けた製品開発に注力すべきです」
「力強い後押しだなぁ。高齢者向け新ビジネスの展開について迷っていたのだよ。これで私の考えにも自身が持てた。山田さんありがとう」石川が頷きながら語り会議が終了した。
(だって、あの時課長の顔を見ていたら自然とお爺さん、お婆さんの姿が見えてきたのよね。これってメガネの効果だわ。お父さんは本当に科学者だったんだ。このメガネがあれば私はなんでもできそうな気がする。それにしても、このメガネのデザインどうにかならないかしら、まるで教育ママゴンよ)
そんなことをエミはトイレの鏡に映った自分を見つめながら思った。
その日、家に帰ると玄関にイヤリングをした父親が立っていた。
「どーしたの?お父さん」
「お前が家に向かう足音が聞こえたのじゃ」大作は自慢げに語る。
「これはな、極小さな音や声の信号を増幅して聞き取ることができる補聴器のような物じゃ。ここからが大発明のポイントなのじゃが、聞こうとしている音、気になる人物の声だけを引き寄せることができるのじゃよ」
「へー、だから私の足音を聞き、家に向かっていることが分かったのね」
「そーじゃとも」
「でも、そのイヤリング、お父さんがつけると耳輪になっちゃってる」エミは偉大な父親に敬意を払いながら笑った。
次の日の朝、いつものように満員電車に揺られながらエミはなんだか違和感を感じていた。
(なんなのこの音は。踏切の音?)エミは危険を察知し周囲を見渡した。
そのとき、キーーーと車輪が滑る音がしたかと思いきや、周りの乗客達が倒れ込んでいく。
「前方の踏切に故障車があり、緊急停止しました」とアナウンスが流れる。
エミは固く握りしめた吊り革から手を離し、隣に倒れ込んでいる女性に近寄った。
「大丈夫ですか?」
「はい、どうにか」とOL風の女性は足をくじいたのか足首を触りながら答えた。
(さっき聞こえた音はなんだったのかしら、このイヤリングは危険を知らせる音も伝えてくれるのかしら)
そこには、なんともダサい黒縁のメガネを掛け、大きな丸い輪のイヤリングを着けたエミだけが立ちつくしていた。
「でかしたぞ山田」課長の石川が叫んだ。
「あの堅物を良く攻略したな」
「そうだよ、私が2年間通い詰めたのに、その間に受注したのはパソコン3台だけだったんだぜ。しかも値段はとことん値切られて」と月野は渋い顔で語る。
「いえいえ、まぐれですよ」エミは謙遜しながら続けた。
「たまたま、タブレットの便利さに気付いたみたいです」
エミは3日前を思い返した。
(あのとき情報システム部の部長の顔には、困惑の色が見えた。さらに深く観察したところ見えたのは、タブレットと営業のA係長の顔だったわ)
エミは情報システム部を訪問した後、営業部に寄りA係長に面会を申し入れ話を聞くことに成功していた。
どうもA係長が言うには、営業力強化のためにタブレット導入を提案しているのだが、情報システム部が理解を示さないとのことである。
これをチャンスと思ったエミは、翌日情報システム部の部長を再訪しタブレットを提案したのである。
「部長、このタブレットを導入すれば営業マンは喜びますよ」
「しかし、導入には費用が掛かるし、それだけの効果が出るものなのか」部長は腕を組む。
(なんで、この女は知っているのだ。タブレットの話を)
エミには聞こえた。部長の心の声だ。
(タブレットの導入を進めたいが、本音としては1台当たり8,000円に抑え、今季の総予算枠に収める必要があるのだ。とうてい、おたくの会社じゃ無理だろ)
「部長、100台の導入を前提にナナキュッパ(7,980円)をご用意しています」