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第70話 王城戦-1/2


 王宮脇の汚水桝に潜んでいた灰色スライムを討ち取ることには成功した。

 しかし、その代償は大きかった。周囲には腐臭が立ち込め、通路脇には負傷した兵士たちがうめき声を漏らしながら横たわっている。


 私たちは懸命に手当と搬送を続けていた。


 無事だった兵士に話を聞くと、近衛隊のチームは最初の地点で手こずり、対応が遅れた結果、グレーシャさんのチームに他の地点の攻略を任せたのだという。


「つまり、グレーシャさんたちは今、五か所を同時に攻略中ってことね……」


 これで彼女がここにいない理由も納得がいく。


 彼女の戦略眼と能力を考えれば、複数箇所の対応も不可能ではないが、それでも負担は大きいはずだ。


 ふと視線を移すと、トムソンさんが壁にもたれかかるように座り込んでいた。


 戦いの疲労と負傷の痛みに耐えているのか、彼の表情はどこか虚ろだった。

 肩を脱臼したらしく、回復役の兵士が応急処置を施しているが、彼はそれをされるがままに受けながら、ただ宙をぼんやりと見つめていた。


 同情なんてしない。


 彼の矜持のために、多くの兵士たちが巻き込まれたんだ。


 ただ、そうせざるを得なくて、それが彼の存在証明であり、意義だったこと……それはわかる気もする。


 なら、この社会が悪いのか?

 いや、それを選択した彼自身の問題だ。


 私はそう思う。


 あれこれ考えていると、私を呼ぶ声がした。


「よかった。アカネさん、ご無事のようですね」

『心配しましたよ~!』


 グレーシャさんとトーリア様が暗闇の中から現れた。


「お疲れ様です。ルーシャ様のおかげで何とか無事です」


『まあね! 私がついてるから大丈夫って言ったじゃん。……って、ちょっと待った! 今、アカネ、「ルーシャ様」って言った?』


 ルーシャちゃん、ちょっとうるさいです。


『言ったよね!「ルーシャ様」って言ったよね! ちょっと待ってよ!』

 ルーシャちゃんがしつこく聞いてくるが、無視して話を進める。


「そちらの汚水桝はどうでしたか? 奴ら、いましたか?」


『いたよ~。うじゃうじゃと。』

 トーリア様があっけらかんと言う。


「ところで、近衛兵団と共闘して対応してくれたんですね?」


 —— 共闘じゃなかったけどね。


「それでも、こんなにけが人が……」


『結構、やられちゃってるねー』


 やられちゃってる……?


「愛し子たちが傷ついてるのに……」

 ついトーリア様を睨んでしまう。


『アカネちゃん。悲しいけど、人は、選んだ道の果てに死を迎えるものなんです。それはある意味、永遠への旅立ちでもあるんですよ。』


「…………はい。」


 納得したわけじゃない。

 かといって、何を言うべきかなんて分かるわけがない。


 今は……自分自身のことで精一杯だった。


「近衛騎士団の分はグレーシャさんが討伐したって聞きましたけど」


「はい。一応、ジョアンさんに協力してもらって、他の二カ所は私の方で討伐しました。残るはここだけでした」


 あちゃー、グレーシャさんが全部やったんだ。

 それって、かなり大変だったよね。


「じゃあ討伐完了ですね。この後どうするんですか?」

 気分を変えて尋ねてみる。


「それが……まだいるみたいなんです。ちょっと討伐でいっぱいいっぱいで、私も調査が進んでなくて……」


 —— まだいる? スライムが?


「おいおいおい、巫女様。だとすると、ここの攻略はまだ終わってないってことか?」


 横で私とグレーシャちゃんの話を聞いていたロウさんが口を挟む。


「……近衛騎士様たちも、口ばっかだったしな」


「ロウさん、それは言いすぎです」

 たしなめると、ロウさんは小さく肩をすくめる。


「……悪かったよ」

 急にしおらしく俯くロウさん。


「トーリア様、もう一つ聞いてもいいですか? ここの他にもまだいますか?」


『いるね~。大きいか小さいかは分かんないけどね~』


「それじゃ……まだ奴らを探さないといけないんですね」


『そうだね~』


「それって、どこにいるか女神様にも分からないことがあるんですか?」


 私の質問に、トーリア様が一瞬、目を見開いたような気がした。気のせいかもしれない。

 でも、じっと私を見つめている。


 その空気を察したのか、グレーシャさんが間に入る。


「アカネさん。とにかく、今は攻略に集中しましょう」


「……はい」


 私はグレーシャさんの言葉に頷き、傷の手当てを受ける兵士たちを見ていた。


 その向こうから、王都軍の兵士たちと話していたロウさんがこちらにやってきて、グレーシャさんに話す。


「ちょっと、軍の奴らと話してたんだが、使われてない古い汚水桝があるんじゃないかって話しててさ」


「え! 管理図で確認したのに?」


「いや、それがさ、今は使ってないものは管理図には載ってなくってな」


 ——そうか! あの地図、原本じゃないって言ってた!!


 思わずロウさんを睨んでしまう。

 その視線に気づき、ロウさんは大仰に手を広げた。


「しかたないだろ! こんなことになるなんて思ってなかったんだから!」


 ロウさん、逆ギレ。

 でも私は覚えてるぞ! 「こんなことに原本を使わせろとか言う気じゃねえよな?」って息巻いてたの!


 まったく、ロウめ!


「……ということは、もう一度確認が必要ですね……」


 爪を噛みながら俯くグレーシャちゃん。


 その時——


 ドグワン!!


 轟音とともに地面が揺れた。


「なに!?」


 すぐにグレーシャさんが立ち上がり、駆けだす。

 私とロウさんもその後を追った。


 坑道を揺らす振動は続き、どこからか、人の泣き叫ぶ声が聞こえる。


 ——地上からだ!


 しばらく走ると、坑道の脇に細い階段が見え、それを駆け上がる。

 突然、乾いた空気が肌を刺す。周囲は夕闇に赤く染まっている。


 ドシンドシンと響く振動、それと同時に、叫ぶ人々の声とが聞こえる。


「中庭の方ですね!」

 グレーシャさんがチラリと振り返りながら駆けていく。


 ——中庭? あのスライムがあふれてた場所?


 王宮の扉をくぐり、中庭へと走る。


「まさか、最古の下水処理槽か?」

 隣で走るロウさんが呟いた。


 宮殿自体が揺れ、足元がふらつく。

 壁に手をつき、よろめきながらも前へ進んだ。


 回廊を抜けると、光が降り注ぐ開けた中庭に——出るはずだった。


 しかし、そこには中庭いっぱいに触手を伸ばす黒ずんだフラッドスライムが鎮座していた。


「……大きい……」


 見上げるほどの巨大なスライムに、思わず足が止まる。


 その瞬間——黒く濁った触手が襲いかかる!


 バッ!


 目の前に迫る触手。その直前、双剣が交差する。


 ジョアンさん!?


 市場で見かけた男性——ジョアンさんが、目にも止まらぬ速さで双剣を振るい、襲いかかる触手を次々と斬り払っていく。


 周囲の兵士たちもそれに呼応し、剣を振るう。

 だが——


「効いてない……!」


 スライムは執拗に触手を伸ばしてくる。

 それでもジョアンさんは果敢に斬り払い続けるが——表情には焦りが見え始めていた。


「グレーシャ! 来たか!」

 触手を捌きながら、ジョアンさんが叫ぶ。


「そろそろこっちは、きつくなってきたぞ!」


「了解、行きます!」


 グレーシャさんは深く息を吸い、詠唱を始めた。

 だけど、その顔はいつもの彼女らしくなく、青ざめていて息も絶え絶えな様子だった。


 それでも目を見開き——杖を掲げ、叫ぶ。


「フローズン・ステラー!」


 ——空気が凍てつく。


 白い霜がフラッドスライムの周囲に渦巻く……。


 そして——


 パリン!


 何かが砕ける音が響いた。


 一瞬、スライムが動きを止めたように見えた。

 兵士たちの誰かが息を呑む。


 ——だが、次の瞬間。


 ぐにゃっ


 スライムの表面が波打ち、黒い触手がさらに勢いを増してうねり出した。


 急激に収縮した霧が霧散し、消え去る。


 一瞬、周囲から音が消えた

 そして景色が暗転した。


 同時に、杖を掲げたグレーシャさんの体がぐらりと傾く。


「っ……!? 失敗……?」


 グラリ


 杖を掲げたまま、グレーシャさんの体が傾く。


「っ……!」


 そのまま、ばたりと倒れた。


『グレーシャ!』

 トーリア様の叫びが脳裏に響く。


 ——何? 何が起こったの?


『……術式が発動しなかった……』

 ルーシャちゃんの小さな呟きが聞こえた。


「大丈夫か! グレーシャ!」


 ジョアンさんが駆け寄ろうとする——だが、その行く手を阻むように、スライムの触手がうねり伸びる。



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