表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/88

第7話 ヨハンの章‐2


 【sideヨハン】


 4日後、カズンたちコリオリ村の一行は領都に到着した。


 ヨハンとザキにとって、初めての領都。馬車が石造りの巨大な門をくぐると、視界に広がったのは別世界のような街並みだった。


 整然と敷き詰められた石畳。両脇には色とりどりの屋根を持つ店が軒を連ね、人々がせわしなく行き交っている。

 行商人の威勢のいい呼び込み、どこかで奏でられる楽器の音色。喧騒と華やかさが入り混じり、街全体が活気と楽しさで溢れていた。


 やがて、一行は領主邸へと到着。その日のうちに代表者会議に参加した。



 領主邸の広間。

 大理石の床が光を反射し、壁には豪華なタペストリーが飾られている。荘厳な雰囲気の中、一行は領主との顔合わせを済ませた。


 領主様は気さくな中年の男性だった。彫りの深い顔立ちに鋭い眼差し。それでいて気品ある立ち振る舞いで、村の陳情に真摯に耳を傾ける。


 一通り話を聞き終えると、領主様は深く頷き、力強く言った。


「なるほど、災厄の件、しっかりと承った。コリオリ村を全力で守ると約束しよう」

 そう言い、一年後の災厄の日には騎士団を派遣すると正式に約束してくれた。


「カズンよ、我が軍団は百戦錬磨の精鋭だ。魔物ごときに屈するなど断じて許さん。共にこの災厄を乗り越え、新たな歴史を刻もうではないか!」


 領主様は拳を握りしめ、誇らしげに語った。



 そのまま、一行は領都の騎士団長のもとへ向かった。


 騎士団長は、カズンより二回りは大きい、まるで巨岩のような屈強な体格の男だった。顔には立派なひげをたくわえ、その姿はまさに歴戦の勇士といった風格だ。


 話はすでに通っていたようで、騎士団長は力強く握手を交わし、「領都騎士団の中でも屈指の精鋭、アリーシア兵団をお送りしましょう」と約束してくれた。


「兵団長のアリーシアは『閃光の魔物殺し』の異名を持つ領都一の戦士だ。どれほどの敵であろうと、彼女ならば必ず打ち取ってみせるだろう」


 騎士団長は鷹揚に語り、兵団長を呼び寄せた。


 現れた兵団長は、金髪碧眼の美しい女性だった。


「お話は伺っています。我が兵団は先日も、領内で暴れ回った魔獣たちを討伐したばかりです。厄災の魔獣であろうと、必ず打ち取ってみせます」


 アリーシアの力強い言葉に、カズンは胸をなでおろし、ほっとした表情を浮かべた。


「心強いです。よろしくお願いします。駐留期間の費用についても、できる限り用意をさせていただきます」


「そう言っていただけるのはありがたいですが、気にされることはありません。我々が敬愛する領主様は、そのようなことを気にされる方ではありませんよ」


「そうでしょう?」アリーシアは輝く笑顔を見せた。


「そもそも我々は領内の人々を守る立場にあります。今回の件は、我々兵団としてもその真価が問われているのです」


 彼女は一拍置き、力強い眼差しを向けた。


「領内でも、コリオリ村を“いけにえの村”と呼び、蔑みや憐れみの目を向ける者がいることは承知しています。しかし、領民を守るために領民を犠牲にするようなことを許せば、我々は存在意義を失ってしまいます」


 そして、彼女はコリオリ村の面々に微笑み、宣言した。


「ご心配なさらず、今度こそ人間の力を見せつけてやりましょう。我々がその剣となります」


 カズンたちは、兵団長の言葉に目を潤ませ、ただ頷くだけだった。


 アリーシアはヨハンとザキの肩にそっと手を置き、微笑んだ。


「君たちの未来を必ず守ると約束します」


 彼女の瞳は、まさに女神のように美しく輝いていた。


▽▽▽


あの日から1年。


 ヨハンが子供の頃から聞かされてきた言い伝えがある。


 ——満月の夜、深欲の森から“主”が現れ、人を食らい尽くし村を荒らす。


 今年はその四十年目にあたる年。

 そして、満月まであと十日——。



「明日、領都に向かう」

 昨晩、村長でありヨハンの父であるカズンは、重々しく告げた。


「領都の騎士様たちに来ていただくため、敬意を示して村長である私が直接迎えに行く。その間、お前が村長代理だ。皆と協力して準備を整えてくれ」


 父の言葉に、ヨハンは無言で頷いた。


「必ず騎士様を連れて帰る。留守の間、村を頼んだぞ」


 カズンは若き村長代理をまっすぐに見つめる。


「わかった。任せてくれ」


 ヨハンの言葉に、父は頼もしげに頷いた。そして、彼の肩を力強く叩き、安心したように笑った。



 翌日、夜明け前。

 カズンは、村でも屈指の体力と勇気を誇る男たち三人を連れ、馬車で領都へ向かった。


 ——王都まで最速で馬を走らせても、四日以上。


 事前に話は通してある。だが、騎士団の派遣が間に合うかどうかは、ぎりぎりの状況だった。


「それまでにできることをやるしかない。準備を整えよう」


 ヨハンは、残った村人たちとともに村の防備を固め始める。


 柵を補強し、杭を外側へ。

 先端を削り、鋭く尖らせる。

 魔獣が近づきにくいように——。


 さらに、なけなしの食料を村人たちでかき集め、いざというときの避難所となる洞窟へ運ぶ。


 災厄の日が迫るなか、村の準備は着実に進んでいた。



▽▽▽


満月の夜まで、あと三日。


 その朝、『深欲の森』の鳥たちが異様に騒いでいた。


 ——ギャアアアアアア!


 まるで人間の悲鳴のような鳴き声が、風に乗って村中に響く。

 鳥たちの警鐘のような鳴き声が、不吉な予感を煽った。


「……何か、嫌な予感がするわ」

 ルチアは不安げに森の方を見つめた。


 ヨハンも同じ方向に目を向ける。


 朝日が昇っているのに、『深欲の森』は不気味な靄に包まれ、何かが潜んでいるような——そんな悪寒が背を走った。


 カズンたちが領都へ向かって、すでに六日。


 今、村に残っているのは、ヨハン、ザキ、数人の男たち。

 そして、老人、女性、子供たち——戦える者はほとんどいない。


「……大丈夫だ」

 ヨハンは、不安を押し殺すように呟く。


 親父たちは、もう領都に着いているはずだ。

 必ず、討伐隊を連れて帰ると誓った。信じるしかない。


「とりあえず、今日中に貴重品と保存食を洞窟へ運んでおこう」

 ヨハンの言葉に、ルチアが頷き、少し微笑んだ。


 「そうね。まずは、私たちができることを——」


 ——カン! カン! カン!


 そのとき。


 村の中心にある火の見やぐらの鐘が、不意に鳴り響いた。




お読み頂きありがとうございます!

是非!ブクマークや、★でご評価いただければ嬉しいです!

よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ