第7話 ヨハンの章‐2
【sideヨハン】
4日後、カズンたちコリオリ村の一行は領都に到着した。
ヨハンとザキにとって、初めての領都。馬車が石造りの巨大な門をくぐると、視界に広がったのは別世界のような街並みだった。
整然と敷き詰められた石畳。両脇には色とりどりの屋根を持つ店が軒を連ね、人々がせわしなく行き交っている。
行商人の威勢のいい呼び込み、どこかで奏でられる楽器の音色。喧騒と華やかさが入り混じり、街全体が活気と楽しさで溢れていた。
やがて、一行は領主邸へと到着。その日のうちに代表者会議に参加した。
領主邸の広間。
大理石の床が光を反射し、壁には豪華なタペストリーが飾られている。荘厳な雰囲気の中、一行は領主との顔合わせを済ませた。
領主様は気さくな中年の男性だった。彫りの深い顔立ちに鋭い眼差し。それでいて気品ある立ち振る舞いで、村の陳情に真摯に耳を傾ける。
一通り話を聞き終えると、領主様は深く頷き、力強く言った。
「なるほど、災厄の件、しっかりと承った。コリオリ村を全力で守ると約束しよう」
そう言い、一年後の災厄の日には騎士団を派遣すると正式に約束してくれた。
「カズンよ、我が軍団は百戦錬磨の精鋭だ。魔物ごときに屈するなど断じて許さん。共にこの災厄を乗り越え、新たな歴史を刻もうではないか!」
領主様は拳を握りしめ、誇らしげに語った。
そのまま、一行は領都の騎士団長のもとへ向かった。
騎士団長は、カズンより二回りは大きい、まるで巨岩のような屈強な体格の男だった。顔には立派なひげをたくわえ、その姿はまさに歴戦の勇士といった風格だ。
話はすでに通っていたようで、騎士団長は力強く握手を交わし、「領都騎士団の中でも屈指の精鋭、アリーシア兵団をお送りしましょう」と約束してくれた。
「兵団長のアリーシアは『閃光の魔物殺し』の異名を持つ領都一の戦士だ。どれほどの敵であろうと、彼女ならば必ず打ち取ってみせるだろう」
騎士団長は鷹揚に語り、兵団長を呼び寄せた。
現れた兵団長は、金髪碧眼の美しい女性だった。
「お話は伺っています。我が兵団は先日も、領内で暴れ回った魔獣たちを討伐したばかりです。厄災の魔獣であろうと、必ず打ち取ってみせます」
アリーシアの力強い言葉に、カズンは胸をなでおろし、ほっとした表情を浮かべた。
「心強いです。よろしくお願いします。駐留期間の費用についても、できる限り用意をさせていただきます」
「そう言っていただけるのはありがたいですが、気にされることはありません。我々が敬愛する領主様は、そのようなことを気にされる方ではありませんよ」
「そうでしょう?」アリーシアは輝く笑顔を見せた。
「そもそも我々は領内の人々を守る立場にあります。今回の件は、我々兵団としてもその真価が問われているのです」
彼女は一拍置き、力強い眼差しを向けた。
「領内でも、コリオリ村を“いけにえの村”と呼び、蔑みや憐れみの目を向ける者がいることは承知しています。しかし、領民を守るために領民を犠牲にするようなことを許せば、我々は存在意義を失ってしまいます」
そして、彼女はコリオリ村の面々に微笑み、宣言した。
「ご心配なさらず、今度こそ人間の力を見せつけてやりましょう。我々がその剣となります」
カズンたちは、兵団長の言葉に目を潤ませ、ただ頷くだけだった。
アリーシアはヨハンとザキの肩にそっと手を置き、微笑んだ。
「君たちの未来を必ず守ると約束します」
彼女の瞳は、まさに女神のように美しく輝いていた。
▽▽▽
あの日から1年。
ヨハンが子供の頃から聞かされてきた言い伝えがある。
——満月の夜、深欲の森から“主”が現れ、人を食らい尽くし村を荒らす。
今年はその四十年目にあたる年。
そして、満月まであと十日——。
「明日、領都に向かう」
昨晩、村長でありヨハンの父であるカズンは、重々しく告げた。
「領都の騎士様たちに来ていただくため、敬意を示して村長である私が直接迎えに行く。その間、お前が村長代理だ。皆と協力して準備を整えてくれ」
父の言葉に、ヨハンは無言で頷いた。
「必ず騎士様を連れて帰る。留守の間、村を頼んだぞ」
カズンは若き村長代理をまっすぐに見つめる。
「わかった。任せてくれ」
ヨハンの言葉に、父は頼もしげに頷いた。そして、彼の肩を力強く叩き、安心したように笑った。
翌日、夜明け前。
カズンは、村でも屈指の体力と勇気を誇る男たち三人を連れ、馬車で領都へ向かった。
——王都まで最速で馬を走らせても、四日以上。
事前に話は通してある。だが、騎士団の派遣が間に合うかどうかは、ぎりぎりの状況だった。
「それまでにできることをやるしかない。準備を整えよう」
ヨハンは、残った村人たちとともに村の防備を固め始める。
柵を補強し、杭を外側へ。
先端を削り、鋭く尖らせる。
魔獣が近づきにくいように——。
さらに、なけなしの食料を村人たちでかき集め、いざというときの避難所となる洞窟へ運ぶ。
災厄の日が迫るなか、村の準備は着実に進んでいた。
▽▽▽
満月の夜まで、あと三日。
その朝、『深欲の森』の鳥たちが異様に騒いでいた。
——ギャアアアアアア!
まるで人間の悲鳴のような鳴き声が、風に乗って村中に響く。
鳥たちの警鐘のような鳴き声が、不吉な予感を煽った。
「……何か、嫌な予感がするわ」
ルチアは不安げに森の方を見つめた。
ヨハンも同じ方向に目を向ける。
朝日が昇っているのに、『深欲の森』は不気味な靄に包まれ、何かが潜んでいるような——そんな悪寒が背を走った。
カズンたちが領都へ向かって、すでに六日。
今、村に残っているのは、ヨハン、ザキ、数人の男たち。
そして、老人、女性、子供たち——戦える者はほとんどいない。
「……大丈夫だ」
ヨハンは、不安を押し殺すように呟く。
親父たちは、もう領都に着いているはずだ。
必ず、討伐隊を連れて帰ると誓った。信じるしかない。
「とりあえず、今日中に貴重品と保存食を洞窟へ運んでおこう」
ヨハンの言葉に、ルチアが頷き、少し微笑んだ。
「そうね。まずは、私たちができることを——」
——カン! カン! カン!
そのとき。
村の中心にある火の見やぐらの鐘が、不意に鳴り響いた。
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