第58話 枕にパンチ!
私たちは下水道を出て、窪地へと戻った。
そこでは、遅れてきた兵士たちが調査の準備を進めていた。
グレーシャさんは、これまでの経緯を説明し、フラッドスライムがいたことを報告する。
「フラッドスライム……」
その名をつぶやくと、兵士たちの顔がさっと青ざめた。
フラッドスライム——かつて突如として現れ、街を飲みつくした伝説の魔獣。グレーシャさんは、そう言っていた。
「いやぁ、大変だったな! お前ら、スライムだからってバカにすんなよ。フラッドスライムは伝説の魔獣だぞ!」
ロウさんが、まるで自分が討伐したかのように鼻高々に語る。
「まあ、俺らだからなんとかやっつけたけどな!」
——スライムをバカにしてたの、あんたでしょ!
と、心の中でツッコミを入れつつ、私は肩をすくめた。
まあいいでしょう。ロウくんも頑張った!
いや、寝てただけだけどね。
その後、討伐現場の後始末を兵士たちに任せ、ひとまず王宮へ戻ることにする。
門兵の詰め所でロウさんと別れ、用意された馬車に乗り込んだ。
馬車は石畳をリズムよく進み、時折窓から見える華やかな商店街にルーシャちゃんは終始大はしゃぎだった。
『すんごい明るい! 人いっぱいいるなー!』
ルーシャちゃんは馬車の中をぐるぐる動き回り、窓の外を興味津々に見つめていた。
「ルーシャ様は王都が初めてなのですか?」
グレーシャさんが微笑みながら声をかける。
『初めて! だって私はコリオリの観察者だから!』
ルーシャちゃんの無邪気な言葉に、グレーシャさんもクスリと微笑む。
『コリオリ村って深欲の森の近くだよね~』
トーリア様が会話に加わる。
『そう! 森の南側だよ!』
『だよね~。深欲の森って、私の管轄外なんだよね~』
トーリア様は腕を組み、思案気に首を傾げる。
「でも、厄災の魔獣のことは予言してましたよね?」
グレーシャさんが訊ねるが、トーリア様は唸るばかりで答えをはぐらかす。
なんか三人で話をしているけど、この世界のことを何も知らない私にはさっぱりだ。
私だけ、まるで仲間外れにされたみたいだ。
私だって、ルーシャちゃんに聞きたいことは山ほどあるのに……。
でも、この世界の部外者である私には、三人の会話に入り込む隙がない。
それに、グレーシャさんたちがいる手前、踏み込んだ話もしづらい。
早くルーシャちゃんと二人きりで話したい。
そう思った瞬間、自分の気持ちに気づいて、思わず笑ってしまった。
どうやら私は、グレーシャさんたちよりもさっき会ったばかりの彼女に親近感を感じているらしい。
なぜだろう?
彼女の一挙手一投足が、懐かしく感じるから?
気安い話し方、少し調子に乗りやすいところ、なんでも素直に口にしてしまう無防備さ。
それに、私を助けに来てくれた‥‥‥。
——怒るかもだけど……なんか、先輩に似てる。
そう思った途端、懐かしさが込み上げてくる一方で、心の奥底からじわじわと苛立ちが広がっていくのを感じた。
私は、先輩を捜してこの世界に来てしまったのに。
さっきから、みんなこの世界の話ばっかり。
まるで先輩が、私よりこの世界の人たちと仲良くしてるみたいで……なんだろう、この疎外感。
——これって嫉妬?
説明のつかないモヤモヤした思いが、心の中でどんどん膨れ上がっていく。
ムカ……ムカムカ……ムカムカムカ……!
気付けば馬車は王宮の門をくぐり、王宮に到着していた。
王宮に着いても、モヤモヤは消えない。それどころか、ますます大きくなっていく。
「私は報告がありますので、執務室に向かいますね」
グレーシャさんが去るのを見送り、私は一人で部屋に戻った。
ベッドに倒れ込むようにダイブすると、宙に浮かぶルーシャちゃんが心配そうに声をかける。
『ねぇ、アカネ大丈夫?』
「全然大丈夫じゃない!」
私は、言葉に苛立ちを込めて言う。
「いきなり知らない世界に連れてこられて、怖い化け物に襲われて……大丈夫なわけない!」
『……』
「で、先輩はどこにいるんですか? 何してんですか? 白銀の救世主なんて呼ばれて、調子に乗ってるんですか!」
言葉を投げつけるたびに、自分でも気持ちの収まりどころが見えなくなっていく。
ルーシャちゃんはうつむいたまま、しばらく黙っていた。
やがて、震える声でようやく口を開く。
『ごめん…、私のせい』
その一言に、思わず彼女をじっと見つめた。
「どういうこと?」
彼女はうなだれたまま、ぽつりぽつりと話し始める。
『私がトオルを勝手に連れてきたの。私の子供たちを救うために』
「それで、先輩は?」
『一緒に戦ってくれた。村の仲間と一緒に』
——ズルイ! やっぱり先輩はズルイ!
「あの人、何勝手に仲間作ってんですか! 私たちを放って勝手に辞めたくせに!」
思わず、枕を殴る。
苛立ちが身体の中で渦巻いて、どうにも収まらない。
「心配して異世界に来たら、何それ? 白銀の救世主? 仲間と戦った? ふざけんな! 私はこんなに寂しくて怖くて……!」
もう一度、枕にパンチ。
落ち着け…落ち着け…、そして思いっきり深呼吸。
愚痴っても事態は変わらない。今は冷静に状況を整理すべきだ……社会人なんだから。
……よし、少し落ち着いた。
私はベッドの上に正座し、横でおどおどしているルーシャちゃんを睨みつける。
「ルーシャちゃん、座って」
彼女は驚いた顔で、ブルリと体を震わせ、『は、はい!』と素直にベッドに正座する。
——って、正座できるんかい!
「話して」
『な、何を……?』
「全部!」
『ぜ、全部って……?』
戸惑う彼女に、私はさらに勢いをつける。
「先輩を誘拐したところから、今日まで全部!」
『……長くなっちゃうかもしれないけど……』
「夜は長いよ」
『……わかった』
しぶしぶという様子ながら、彼女はぽつりぽつりと話し始めた。
お読み頂きありがとうございます!
モチベが‥‥‥消えてしまいそうなので
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