第49話 やっちゃったね
「トーリア様……ですか?」
『そうですよ~、女神トーリアで~す』
目の前に浮かぶのは、駅で会ったあの女性——そして、礼拝堂に祀られていた女神トーリアだった。
「トーリア様! 私をもとの世界に戻してください!」
縋るように訴えると、トーリア様は顎に指を当て、「うーん……」と一拍考え込んでから口を開く。
『アカネさん、先輩を追ってきたんじゃないんですか~?』
——そうですよねー。それ言いますよねー。
『だから、この世界に連れてきたのに、いいんですか~?』
——ですよね。
でも……まさか、こんな事になるなんて思わないってーの!
「前の世界に戻りたいです! だって、異世界に来るなんて思わなかったので」
『言ってなかったっけ?』
「聞いてません!」
『先輩はどうするんですか~?』
「知りません! あんな勝手な人!」
そうだ。私たちを置いて、勝手に辞めたのは先輩だ。
そんな人を追って、自分の人生を犠牲にするなんて、おかしくない?
『うそ~』
「ほんとです!」
「やっちゃったね、トーリア」
呆れ顔のグレーシャさんが、私たちのやり取りに口を挟んできた。
「それで、アカネさんを元の世界に戻せるの?」
『今は……無理かな~?』
「なんで疑問形なんです!」
グレーシャさんが詰め寄る。
そんな二人を前にして、私は冷静に尋ねた。
「じゃあ、いつだったら戻れるんですか?」
『しばらくは~、ちょっとバタバタしていて無理かな~』
バタバタって……女神が言う言葉じゃないですよね?
「しばらくって、どのくらいですか?」
詰め寄る私を見て、グレーシャさん微笑みながら言う。
「どうせ、連れてくるのに力を使っちゃったんでしょ? だから、お告げもボンヤリしてるんでしょ」
『ぶっちゃけ、そんな感じかな~。それに、魔獣対策で今は余分に使えないしね~』
つまり、私をこの世界に連れてきたせいで、女神トーリアは力を消耗してしまった。
そのせいで魔獣対策に十分な力を使えず、さらに今後のことを考えると、無駄に力を消費できない。
だから、すぐには元の世界に戻せない……というわけか。
『だから、しばらくは無理かな~。これ以上、グレーシャちゃんに“ 役立たず ”なんて言われたくないし~』
プカプカと浮かぶトーリア様は、指を弄びながら、チラチラとこちらを窺ってくる。
思わずため息が漏れた。
先輩を探したいと願ったのは確かに私だ。そして、このまま我を通して、この世界の人たちの生死に関わるような迷惑をかけるのは、さすがに気が引ける。
「分かりました。取り敢えず戻れるようになったらお願いします」
私がそう言うと、トーリア様は胸の前でパチンと手を打ち、『分かってくれた~! ありがとうね~!』と満面の笑みを浮かべた。
そんな様子をジト目で眺めながら、グレーシャさんがボソリと呟く。
「……あんまり信用しない方がいいよ」
『ひどーい、グレーシャちゃ~ん!』
女神がグレーシャさんにしなだれかかるように泣きつく。
……たぶん、ウソ泣きだけど。
——この二人の上下関係、絶対おかしいよ。
『じゃあ~、早速、魔獣を見つけに行きましょ~』
見つけに行くって? 魔獣を?
「簡単に言いますねぇ。探しに行って見つかるのですか?」
つっけんどんに言うグレーシャさん。
『わかんないけど~、丁度アカネちゃんもいるし~、手伝ってもらいましょ~』
えっ、私も!?
『アカネちゃんの世界では~、“ 三人寄れば文殊の知恵 ”って言葉もあるじゃないですか~。ひとりよりふたり、ふたりより三人の方が良くないですか~?』
「“ 船頭多くして船山に登る ”とも言いますが‥‥‥」
『えー、アカネちゃん意地悪~』
いつの間にか私、ちゃん付けで呼ばれてるし‥‥‥。
「私は、この世界の事も知らないですし、グレーシャさんみたいな特別な力もありません。そもそも、魔獣だって見たことないですし」
『ダイジョブですよ~、グレーシャちゃんも一緒だし、何しろ女神トーリアがいるんですよ』
すっごく不安。いや、不安しかない。
『あ! ひどいこと考えてますね~。考えてること、わかっちゃうんですからね~。ダメですよ~、メッです!』
なんかこの女神、俗っぽいなー。
『ここにいたって仕方ありませんよ、外に出て探検しましょうよ~、探検!探検!』
女神が拳を振り上げて訴える姿は、あまりにシュールだ。
「いつもは神様気取ってるくせに、私の前だとはっちゃけるんですよねー」
「外面良くて、身内には甘えるタイプですか?」
「ですです」
まるで、理由もなくやたらと楽しそうにデートに誘うダメ男のようだ——そんなふうに思っていると、グレーシャさんがしぶしぶ腰を上げた。
「まあ、ここにいても仕方ないですしね。せめて街に出て情報収集くらいはしておきましょうか」
グレーシャさんが言うと『やったー!』とぴょんぴょん跳ねる女神トーリア。
——やっぱり不安しかない。
「アカネさんも、付き合って下さい。ここに一人にしておくのも不安ですから。アカネさんの事は私が守ります」
グレーシャさん、力強く言ってくれてるんですけど……なぜだろう、すごく不安。
とはいえ、魔獣退治が終わらないと元の世界に戻れないのは事実だし、王城にいても、グレーシャさん以外に守ってくれる人はいなさそうだ。
それに、もしグレーシャさんに何かあれば……困るのは私だ。
——だとしたら、一緒に行くしかないかな……。
『アカネちゃん! 私は女神トーリアですよ! 大船に乗ったつもりでついてきなさい~』
美人顔モードで決めてくるトーリア様だけど、どこか安っぽく聞こえる。
行く気になってた気持ちも、女神が喋るたびに萎えるのは何でだろう。
しかも、ちょいちょい慣用句を挟んでくるのが、逆に嘘っぽい。
——ざんねん女神‥‥‥。
『ひど~い!』
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