表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/88

第4話 洞窟の中で


 洞窟の奥では、数人の男たちがひそひそと話し合っている。

 

 何か重大なことでも話しているのか。

 男たちの顔には、不安と緊張が浮かんでいた。


 耳を澄ませる。


 会話の声は聞こえるが、内容まではわからない。

 聞こえるのは、遠くで水滴が落ちる音だけだった。


 これは夢だ……夢であってほしい——。

 けれど、肌を刺す冷気が、それを否定するように現実を突きつけてきた。


 傍らには、先ほどから介抱してくれている女性が、膝を抱えて座っている。


「落ち着きましたか?」


 彼女がそう尋ねてくる。「まあ、なんとか」と曖昧に頷く。


 すると、彼女は洞窟の奥に向かって呼びかけた。

「兄さん!」


 ——兄さん?


 彼女の視線を追いかける。

 洞窟の奥で話していた男たちの一人が、こちらに向かって歩いてきた。

 屈強な体つきの男——先ほど化け物から助けてくれた人物だ。


「気が付いたか?」

 男は女性に目を向ける。


「さっき目を覚ましたばかりよ」


 それに頷いた男は、俺の前に片膝をつき、探るような目でじっと見つめてくる。


「この時期、この村に来る者はいない。お前は誰だ? どこから来た?」


 唐突な詰問に、喉が詰まった。


「俺は……その……」

 混乱して言葉が出てこない。


 けれど、ここで黙り込めば、余計に怪しまれる。

 なんとか状況を整理しながら口を開いた。


「面接の帰りに駅のホームにいたんですけど……気づいたら、ここに……」


 自分で言っていても、まるで現実味がなかった。

 男が険しい顔をする。


「……何の話だ?」


 困惑し、女性と視線を交わしている。


「……俺も、わかりません。でも確かに、電車を待っていたんです。そしたら突然、銀髪の女の子が現れて——」


 あの光景が脳裏に蘇る。

 必死に言葉を続けようとした瞬間——


「ふざけるな!」


 男が低く唸るように言い、ぐっと身を乗り出してきた。


「何を企んでいる? ここがどこだかわかって言っているのか?」


 圧に押され、息をのむ。


 だが、隣で女性がそっと手を差し伸べた。

 彼女は男の肩に触れ、静かに諫めるように言う。


「兄さん、混乱してるのよ。魔獣に襲われて、訳がわからなくなってるのかも」


 彼女は男の肩に手を置き、静かに諫めた。


 男は短く息を吐き、苛立ちを抑えるように手を握る。

 そして、一拍置いてから改めて問いかけた。


「……悪かった。最近、訳の分からんことが続いていてな。俺も気が立ってる」

 そう言って、頭をかきながら続ける。


「さっき仕事と言ったな。何の仕事だ?」


「……営業をやっていました。衣料品の卸売りを」


 口にしてから、しまったと思う。

 案の定、男は眉をひそめた。


「……何を言ってるのか、さっぱりだ」


 額に手を当て、呆れたように息をつく。

 周囲の視線がじわじわと集まってくるのを感じた。


 心臓がぎゅっと縮む。


 ——そりゃ、俺が分かってないんだから、分かるわけないよな。



▽▽▽


「つまりお前は商人で、少女に何か言われてこの世界に来て、村に着くなり魔獣に追われた……ということか?」


「……はい、多分」


 自分でも、何を言っているのかよく分からない。

 頭を整理しようとしても、状況がぶつ切りで繋がらない。


 その時——


「ヨハン! こっちに来てくれ!」

 洞窟の奥から、誰かが呼ぶ声がした。


「すぐ行く!」


 男——ヨハンは立ち上がると、こちらを一瞥し、足早に駆けていった。


 残された俺は、ふと隣の女性と目が合う。


「大丈夫ですか?」


 心配そうに見つめてくる彼女に、「信じられないですよね」と苦笑する。

 俺だって、そう思っている。


「すみません、変なことばかり言って」


 彼女はそっと首を振り、「そんなことありません」と微笑んだ。


 そして立ち上がると、「奥で休みましょう。そのほうが楽ですよ」と手を差し出す。


 俺が立ち上がるのを支えながら、彼女は続けた。


「名前を言ってませんでしたね。私はミリアです」


「矢崎徹です。今は仕事を探してます」



▽▽▽


 奥へ進むと、点々と明かりが灯る広い空間に出た。


 そこには、先ほど見かけた人々が、小さなグループを作って肩を寄せ合っていた。

 皆、疲れ切った表情を浮かべている。


「ミリー! こっちだ!」


 奥から、青い髪の男が手招きする。

 その足元には、逃げていた子供たちが身を寄せ合い、真ん中では一人の少女が苦しげに肩で息をしていた。


「瘴気を吸っちまったらしい」

 青髪の男が険しい顔で言う。


 傍らでは、母親らしき女性が涙を浮かべ、必死に子供の手を握っていた。

 そのすぐ隣に、ヨハンの姿もある。


「サラさん、大丈夫ですよ」

 ミリアがそっと母親に声をかけると、子供の胸元に手をかざした。


 次の瞬間、彼女の手元から淡い光が溢れ、柔らかな輝きが少女を包み込む。


 まるで春の陽だまりのような温もりが広がり——

 少女の荒い呼吸が、次第に落ち着いていった。


「もう大丈夫」


 ミリアは優しく少女の頭を撫でる。

 母親が安堵の涙を流し、青髪の男も「よかったな」と声をかけた。

 

 そして——

 男は視線を俺に向ける。


「ところでヨハン。こいつは?」


「よくわからん。本人は商人だと言ってるがな。ここに女の子に連れてこられたらしい」

 ヨハンが俺を横目で見ながら答える。


 青髪の男は立ち上がると、じろじろと俺を見下ろした。

 まるでカツアゲするヤンキーみたいな仕草だな——そう思った瞬間、口元が自然に緩んでしまう。


 それが気に食わなかったのか、男が目を細め、次の瞬間——


「奴と一緒に現れやがって……おめぇ、魔獣の仲間か?」


 低く、威圧感のある声で怒鳴ってきた。

 思わず背筋が凍る。


 青髪の男は唇を噛み締め、殺気を帯びた視線を向けてくる。

 目を逸らせば、それだけで殴られそうな緊迫感が漂っていた。


「わかりません、魔獣の仲間って……どういうことですか?」


 絞り出すようにそう返し、無意識に視線を逸らした。


 目を向けた先——

 岩壁には、楕円形にくり抜かれた空洞があり、整えられた祭壇が置かれている。


 その中央に、50センチほどの白い彫像が祀られていた。

 ローブのような衣をまとい、慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、両手を広げる女性の像——


 ——あの少女だ。

 俺をあの暗い渦へと突き落とした、あの女——。


「この女です!」


 思わず指をさして叫んだ。

 「もう少し幼い感じだったけど……でも、この女に蹴られて、気がついたらここにいたんだ!」


「ルーシャ様が?」


 ヨハンが呟き、隣のミリアが驚愕に目を見開く。


 そして——


「てめぇ、今なんつった?」


 青髪の男が拳を握りしめ、怒りを滲ませた声を漏らす。

「俺たちの大切なルーシャ様に向かって、何言ってやがる!!」




お読み頂きありがとうございます!

是非!ブクマークや、★でご評価いただければ嬉しいです!

よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ