第32話 決戦、災厄の魔獣②カオリナ村
空が白み始めていた。
木々の間を縫うように駆け抜ける。
最短距離で、一刻も早く——。
「奴ら、どこまで行った?」
『きっともう村に入ってるよ!』
ルーシャが即答する。
「くそっ……もっと速く!」
地面を蹴り上げた。
体が宙に浮く。重力が薄れ、視界が一瞬ぼやける。
——間に合え……!
▽▽▽
【 出発前の、コリオリ村 】
「馬、引っ張ってきたぞー!」
ザキが裏山から馬を連れてくる。魔獣の襲撃に備えて、家畜は避難させていたらしい。
「俺とザキは先行する。ルチアとミリアは無理せず後から来てくれ」
ヨハンの指示に、二人は力強く頷いた。
「残った人たちは、もう一度洞窟に避難してくれ。カオリナの状況が分かり次第、ルチアが知らせに戻る」
村人たちも頷く。
「で、トオルは……」
ヨハンが俺を見る。
「俺はこのまま走る。ルーシャの加護があるからな」
ルーシャによれば、走るだけなら深く同調しなくても大丈夫らしい。
馬より数倍速いって話だけど……着いた頃に動けるか、俺?
『それとね、馬や武具にも聖気をつけた方がいいと思う。ミリアを通せば、たぶんできるよ』
「そんなこともできんのか?」
『うん。トオルとのやり取りで、加護のやり方に慣れてきた気がする。直接は無理だけど、巫女のミリアを通せば……たぶん』
——俺で慣れたって、扱いモルモットかよ。
「ミリア! ルーシャが、馬やみんなに聖気の浄化をしておけって」
ミリアは驚いたように目を丸くした。
「えっ、馬にもですか? 人じゃなくて?」
「今なら加護の大安売りだってよ!」
『言い方〜!』
ルーシャが抗議するが、今は立て込んでる。スルーだ。
「分かりました!」
ミリアが馬やヨハンたちに手をかざし、浄化を施していく。
「……なんか、いつもより光ってます!」
手のひらから、これまでよりも何倍も強い光が溢れていた。
——やっぱ大放出セールじゃん!
浄化を受けた馬たちは前足で地面を蹴り、いななきを上げる。さっきより明らかに元気そうだ。
ヨハンとザキも「うおっ、なんか力わいてくる!」と腕をぶんぶん回しているし、村人たちも「顔色が良くなった」「色男になったな」と笑い合っている。
さっきまでの沈んだ空気が嘘のように、みんなの表情が明るくなっていた。
——まあ、いいことだけどな。
「行こうか、ルーシャ」
『うん、行こう!』
踏み出そうとしたとき、小さな手が俺の手をぎゅっと掴んだ。
キキが両手で俺の手を握り、じっと見上げている。
「行ってくるよ」
そう呟くと、キキはコクリと頷いた。
その瞳は少女のそれではなく、まるで慈愛に満ちた母親のようだった。
顔を上げると、村の皆が俺たちを見守っている。
涙ぐむ者、無言で頷く者、「気をつけて」と小さく呟く者、そっと手を振る者もいた。
そして、キキが透き通る声で、はっきりと言った。
「いってらっしゃい」
『……準備はいい?』
少し間を置いて、ルーシャが尋ねる。
俺は黙って頷いた。
「 『同調!』 」
次の瞬間——
視界から色が消え、世界が灰色に染まる。
体の重みが失われ、浮遊感が一気に増していった。
▽▽▽
どれくらい走り続けただろうか。
ルーシャの提案で、最短ルートを突っ切るように森を駆け抜けている。
枝葉が頬をかすめ、足元では小枝がパキパキと音を立てる。
空気が切り裂かれ、鼓動の音すら遠のく。
——時間がない。
斜面が下りに変わり、木々もまばらになってきた。
そして突然、視界が開ける。
朝もやの向こう、黒い靄が立ち込めていた。
——魔獣の群れか……?
靄は不気味に形を変え、金属が擦れる音、獣の唸り、人々の悲鳴が混ざって聞こえてくる。
——間に合わなかったか。
腰の刀を引き抜く。サクラさんの一振りだ。
黒い塊の輪郭が、徐々にはっきりしてくる。
『いた!』
ルーシャの声。
靄の中には魔狼の群れ——そして、その中心にはあの厄災の魔獣。
前足を振り上げ、唸り声をあげている。
俺はさらにスピードを上げ、黒い靄の中へと飛び込んだ。
群れの後方にいた魔狼がこちらに気づき、牙を剥いて突進してくる。
走りながら刀の柄を両手で握り、腰の位置で水平に構える。
魔狼が飛びかかってきた瞬間、体勢を低くし、すれ違いざまに刀で斬り払う。
魔狼は血を噴き上げながら吹き飛んでいった。
周囲の景色が見えてくる。
甲冑を着た兵士たちが剣を振り、魔狼と必死に戦っていた。
「あれ、町の兵士か?」
『もしかしたら、領都に援軍を頼んでた騎士団かも』
二十人ほどが二、三人ずつに分かれ、懸命に戦っているが、数で押され始めていた。
——やっぱり、あいつが元凶か。
厄災の魔獣は黒く粘つく瘴気をまとい、唸り声を響かせている。
「こいつ、でかいな……」
『前のより全然でかい!』
魔獣の前には二人の兵士。一人は身の丈ほどの大剣、もう一人は長柄の斧を構えている。
大剣の兵士が一歩下がり、正眼に構えると、剣が淡く光りだす。
「何かの加護か?」
『…みたい。よく分かんないけど』
まず斧の男が前に出て、一撃を振り下ろす——が、魔獣は体をずらし、回避。そして、前足で叩きつけ、男を吹き飛ばした。
「ルーシャ、同調レベル上げといて」
『了解!』
続いて大剣の兵士が前に出て、剣を光らせたまま魔獣の首元へ斬りかかる。
刃は胸元まで食い込んだ。けれど——
それだけだった。
兵士は力尽きたように膝をつき、その場に動けず崩れ落ちる。
魔獣が爪を振り上げる。
——まずい!
『同調、最大まで上げるよ!』
「頼む!」
俺は飛び出し、振り下ろされた爪を刀で受け止めた。
ガキィンッ!
衝撃が骨にまで響く。けれど、負けられない。
ここで倒れるわけにはいかないんだ!
視線を向けると、膝をついた女性兵士が、驚愕と恐怖の入り混じった目でこちらを見ていた。
「……間に合って、よかった」
そう言って、俺は笑ってみせた。
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