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第3話 異世界の村


 ——誰かが泣いている。

 悲鳴が上がり、叫び声が飛び交う。


 地面に伏せた俺の耳に、無数の足音が響いた。 

 周りを大勢の人が駆け回る気配がする。


 土埃が舞い、鼻を刺す焦げ臭い匂い。

 喧騒の中、かすかに、地の底から響くような不気味なうなり声が混じる。


 カン、カン、カン——。

 遠くで鐘の音が鳴り続けていた。


 ——うるさい。


 ぼんやりとしていた意識が、徐々に鮮明になっていく。

 痛む体を起こし、ゆっくりと立ち上がった。


 恐る恐る瞼を開く。


 陽の光が目に突き刺さる。

 思わず手をかざしながら、周囲を見回した。


 俺は——、荒れ果てた荒野のような場所に立っていた。


 点在する粗末な小屋。

 その一部は炎に包まれ、黒煙を上げている。


 振り向くと、背後にはそびえ立つ岩壁。


 ——ここは‥‥‥どこだ?


 頭に手を当て、記憶を辿る。


 駅のホーム。銀髪の少女。黒い渦。そして——落下。


 そこまでは覚えている。

 だが、それ以降の記憶が抜け落ちていた。


 ——あの少女はどこに?


 辺りを見回した、その時——


  ドドドドド……!


 地面が揺れる。

 視界の端で、たくさんの人がこちらへ向かって走ってくるのが見えた。


 貫頭衣のような粗末な服をまとい、何かに追われるように必死の形相で駆けてくる。


 その顔には焦りと恐怖が浮かんでいた。


 通り過ぎざま、一瞬だけ俺を見つめる。

 訴えかけるような、切羽詰まった目で——。


 GUGYAAAA!


 獣のような咆哮が響く。

 同時に、地の底から響くような低いうなり声。


 確実に、何かが近づいてくる。

 本能が叫ぶ——これは、ヤバい。


 俺は反射的に目を向けた。


 燃え盛る小屋の脇——。

 黒煙のような影が、ゆらめきながら輪郭を形作っていく。


 黒い塊が……次第に、獣の姿へと変わる。

 長い四肢。不気味に蠢く、毛のような触手。

 そこから滴り落ちる黒い粘液——その姿は、


 ——見上げるほど巨大な、黒い狼。


 全身を闇の霧に包まれた、異形の獣。

 血のように赤い瞳が、俺をじっと見下ろしている。


 それはまるで——

 子供の頃に見た、恐ろしい映画に出てきた化け物。


 ——ヘルハウンド。


 気づけば、その名が無意識に口をついて出た。




「こっちだ! 急げ! 洞窟の中へ!」


 突然、隣で叫ぶ声がした。


 振り向けば、隣に立つ男が、こちらへ走ってくる子供たちに必死に手を振り、急かしている。


 子供たちは俺の横を通り抜け、背後の崖にぽっかり口を開けた洞穴へ、次々と飛び込んでいく。


 全員が中へ入るのを見届けた男が、俺に目を向ける。


「何をしている! お前も早く——」


 だが、言葉が途中で止まった。

 男の目が大きく見開かれ、俺の背後を凝視する。


 ……嫌な予感がした。


 ゆっくり振り向く。


 そこには、先ほどの黒い狼——ヘルハウンドが、巨大な前足を振りかざしていた。


 ——ヤバい。


 足がすくむ。体が動かない。


 怪物の口角がわずかに釣り上がる。

 まるで、楽しんでいるかのように——


「伏せろ!!」


 強い衝撃を背中に感じた。

 隣にいた男に突き飛ばされ、俺は地面に転がる。

 

 次の瞬間、轟音が響く。


 さっきまで立っていた場所が抉れ、土煙が舞い上がった。


 「走れ!!」


 男の叫びと同時に、腕を強く引かれる。

 足がもつれながらも、必死に前へと進んだ。


 背後には怪物の気配。重々しい足音が響く。


 ——追ってきている。


 目の前には、子供たちが逃げ込んだ崖の洞穴が見える。

 俺たちは全力で走り、飛び込むように洞窟の中へ滑り込んだ。


 「ミリア! 洞窟を閉じろ!」


 男が叫ぶと、女性が洞窟の入り口へ駆け寄った。

 両手を胸の前でギュッと握り、小さく呟く。


 その声に応じるように、淡い光がゆらめき、入り口を覆っていく——。


 俺は、その光景を最後に、意識を手放した——。


▽▽▽


 ……静寂。


 かすかに、水の滴る音が響く。


 冷たい岩肌。

 ひんやりとした空気が肌にまとわりつく。


 気がつくと、俺は洞窟の中にいた。


 そこは広場ほどの空間が広がり、あちこちで淡い光が揺れている。

 人々は肩を寄せ合い、震えながら身を寄せ合っている。

 すすり泣く声が聞こえ、不安げな表情が並んでいた。


 泣き声に混じって、奥のほうからピチャリ、ピチャリと水の滴る音が響く。

 湿った土の匂いが鼻をくすぐり、肌には洞窟の冷たさがまとわりついていた。


 人が動くたび、壁に映る影が不規則に揺れる。

 まるで洞窟自体が息をしているように——。


 ふと横を見ると、先ほどの女性が膝をつき、心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。


 淡いブロンドの髪を肩の下で一つにまとめた、落ち着いた佇まいの女性。

 その柔らかな雰囲気には、不思議な安心感があった。


「大丈夫ですか?」


 優しく問いかけられ、俺は小さく頷く。

 立ち上がろうとした瞬間、彼女がそっと俺の肩に手を添える

「無理しないで、そのままで大丈夫ですよ」


 そして、優しく微笑む。

「ここにいれば安全です。しばらく休んでくださいね」


 肩に触れた手のぬくもりが伝わる。

 その大きな群青色の瞳に見つめられると、不思議と心が落ち着いていく。

 冷えた空気の中、じんわりと体が温まるような感覚が広がった。


「……ありがとうございます」


 やっと絞り出した声で答えると、彼女はふんわりと微笑んだ。


「どういたしまして」


 その笑顔は、今の状況には似つかわしくないほど優しく、温かかった。

 訳の分からない状況の中、ほんの少し、心が和らいでいくのを感じた。


 ——まるで、暗闇の中にぽつりと灯った光のように。




お読み頂きありがとうございます!

是非!ブクマークや、★でご評価いただければ嬉しいです!

よろしくお願いいたします。


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