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第20話 魔獣を焼こう

 

 俺は雲ひとつない青空に向かって真っ黒な煙がもくもくと立ち昇るのを、ただぼんやりと眺めていた。


 昨日、洞窟を出た俺たちは、魔獣の死体に群がる魔狼たちと戦い、どうにか撃退に成功した。


 その後、ヨハンの指揮で村人たちは魔獣の亡骸を細かく切り分け、それを積み上げた(やぐら)に乗せ火を放った。


 だが、魔獣の瘴気のせいで火がなかなか広がらず、試行錯誤しているうちに夜が来てしまった。

 仕方なく俺たちは一度洞窟に戻り、再び夜を明かした。


 そして今朝、ようやく亡骸に火がつき、今では積み上げた木片と共に勢いよく燃え上がっている。


 炎の熱気と鼻をつく異臭が立ち込める中、黒煙が青空へ向かって高く昇っていった。


 俺はと言えば、昨晩は戦いの後遺症で膝が震え、まともに立つこともできなかったが、ミリアの治療のおかげで今はこうして空を見上げている。


「無理をさせちゃって、ごめん」


 柄にもなくルーシャが、殊勝な面持ちで謝ってきた。

 

 彼女いわく、俺たちの「ミリアを助けたい」という思いが一致し、『同調』が成立したらしい。

 

 その結果、普段は重力や時間の制約を受けているこの体が一時的に解放され、超人的な動きを可能にした――と。


 だが、それには代償が伴った。


 同調を解いた瞬間、肉体に激しい反動が襲い、全身の関節が悲鳴を上げた。

 もしあと少しでも長引いていれば、体中の関節がバラバラに砕け散っていた可能性もあるらしい。


 とはいえ、その時動けなければ、ミリアは無事では済まなかっただろう。


「あのとき力を貸してくれなければ、俺は自分を許せなかった。ありがとう」と俺は顔を伏せたルーシャに告げた。


 ルーシャは少し驚いた後、「そっか」と嬉しそうに笑った。

 

 ただ、新たな問題も出てきた‥‥‥。


 あの同調以来、俺の左目がルーシャと同じ青色に変わってしまった。

 この年齢で突然オッドアイなんて、ちょっと痛々しい。


「これって治るよな?」


 俺が尋ねると、ルーシャは視線をそらしながら小さな声で「たぶん……」と呟いて、どこかに飛んでいってしまった。


 ‥‥‥正直、不安しかない。


▽▽▽


 俺は木陰で体操座りをしながら、青空をぼんやりと見上げていた。

 隣では、キキが同じように無言で座っている。


 遠くでは、ルーシャが村人たちの周囲を行ったり来たりしていた。


 村人たちの様子を心配そうに見守りながら、時折ホッと胸を撫で下ろしたり、微笑んだりしている。


 その姿は、まるで母親が幼い子供を見守るかのようだった。

 

 洞窟に籠っていた人々も次々と外に出てきて、青空に立ち上る煙を見上げながら、互いに笑顔で会話を交わしていた。


 「本当に終わったんだな」と誰かが呟き、周りの人々も一斉に頷く。その目には涙が浮かび、肩を叩き合う者たちもいた。


 今は、魔獣の襲撃で壊れた家々や柵を片付け、使える木材を集めて火の中に投げ込んでいる。

 

 若者たちは大きな木材を運び、子供たちは小枝や落ち葉を拾って大人たちを手伝っていた。

 

 魔獣の脅威に肩を寄せ合い怯えていた姿は、もうどこにもなかった。

 

 あれほど恐怖に怯えて肩を寄せ合っていた人々が、こうして前を向いて進もうとしている。


 その姿を見ていると、羨ましいと思う反面、どこか妬ましいような感情も感じてしまう自分が不思議だった。


 視線の先で、ミリアが村の子供たちと楽しそうに話している姿が目に留まった。


 昨日は恐怖に震えていたはずなのに、今は穏やかな表情で子供たちに声をかけている。その姿は、まるで村の女神そのもののようだった。


 本当に、彼女が無事でよかった。


 思わずその光景に見惚れていると、ふとミリアと目が合った。

 慌てて視線をそらしたが、ミリアは花のように笑顔を浮かべて、こちらへ駆け寄ってきた。

 

「腰、大丈夫ですか?」


 目の前に立ったミリアが、心配そうに尋ねてくる。


「もう全然平気、一晩寝たら治ったよ。ありがとうね」


 そう答えたものの、本当は立ち上がるたびに鈍い痛みが走る。

 それでも、ここで弱音を吐いたら情けなく思えて、つい平気なふりをしてしまった。


 実際、ミリアが治療してくれていなければ、今も動けないままだっただろう。


 魔狼との戦いで腰を抜かした俺を、ミリアが癒しの加護で治療してくれたのだ。


 彼女がそっと腰に手をかざし、呪文を唱えると、手のひらから柔らかな光が広がり、体を包み込んだ。

 その光がじんわりと腰や膝に伝わり、痛みが少しずつ和らいでいくのを感じた。

 

 ——これが癒しの加護。


 俺の治療を終えたミリアは、洞窟から出てきた村人たちを気遣いながら声をかけて回っていた。

 自分が危険な目に遭ったばかりなのに、今も誰かを気遣っている。


 そんな彼女が再び目の前に立ち、微笑みながら言う。

 

「本当に、もう大丈夫ですか?」


「うん、全然痛くないよ。ありがとうな」


 俺は肩を回し、腰をひねってみせた。正直、ここ数年で一番体が軽く感じるくらいだ。


「よかった」と言って、ミリアが隣に座った。

 

「お疲れさん。自分だって大変なのにみんなを気遣ってすごいね」


 俺が声をかけると、ミリアは少し笑みを浮かべたものの、すぐに視線を落とした。


「私なんて、全然ダメなんです」


 彼女は小さな声でそう呟くと、顔を伏せた。


「本当なら、ルーシャ様の加護をいただいている私が、もっとしっかりしなきゃいけないのに……」


 村の巫女としての責任感、そしてその優しさが、今の状況を変えられない自分を許せずに苦しんでいるのだろう。


 前の職場でも、似たような人たちがいた。


 何でも自分で抱え込み、つらい思いをしながらも、それを誰にも見せずに自分を責めていた仲間や部下の姿を思い出す。


「大丈夫。村のみんなだって、ミリアの優しさにずっと助けられているよ」


 そう言うと、ミリアはクスリと笑って「ありがとうございます」

 と、少し照れたように答えた。


「やっぱりトオルさんは救世主様でしたね」


 ミリアはポツリと呟き、恥ずかしそうに上目遣いでこちらを見てきた。

 その目の輝きに胸が熱くなり、慌てて顔をそらす。


「いやいやいや、それは違う。あれはルーシャ様のおかげで—」


 そう言いかけたところで、ミリアの後ろに浮かぶルーシャの姿が目に入った。

 彼女は腕を組み、得意げにこちらを見ている。


「もちろん、ルーシャ様には感謝しています。いつだって私たちを見守ってくださっていますから」


 ミリアが微笑みながらそう言うと、ルーシャはさらにドヤ顔を強調してみせた。


「でもトオル様は、見知らぬ村の見知らぬ私たちを救ってくれました。やっぱり、トオル様はこの村の救世主様なんです」


 ミリアの真っ直ぐな視線に耐えられず、俺は思わず空を見上げた。


「いや、そんな大したもんじゃないよ。ただのサラリーマンだし……いや、今はサラリーマンでもないけど」

 

 そう言いながら、少し照れくさくなる。


「でも、私にとってはトオル様が救世主です。命の恩人ですから」


 じっと見つめてくるミリア。


 その熱い瞳から目をそらせず、しばらく二人の間に静かな時間が流れた。


 と、その瞬間――。


 ぐいっと腕を引っ張られた。

 

「お、おっと!」


 驚いて振り返ると、そこには頬を膨らませて睨んでいるキキの姿があった。

 その瞳には、まるで「何見つめ合ってんだよ!」とでも言いたげな怒りが込められている。


 しかも、キキの頭上にはルーシャが浮かんでおり、口元を抑えながらニマニマと笑っている。完全にこちらをからかっている様子だった。


「そうだよね、キキちゃんにとってもトオル様は救世主だもんね」


 クスリと笑うミリアに、キキは力強くコクコクと頷いた。


 俺はキキの頭をそっと撫で、感謝の気持ちを伝える。


 するとキキは「分かってるならヨシ!」とでも言いたげに満足げに目を細め、何とも言えない可愛さを振りまいていた。


 その仕草に、自然と笑みがこぼれた。




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