第19話 村長、騎士団を呼びに行く
【sideカズン村長】
~魔獣、コリオリ村襲来から遡ること2日前。
コリオリ村を発った村長カズンとその一行は、馬に過度な負担をかけないよう配慮しつつも、できる限り早く領都を目指していた。
遠くに領都の門が見えてくる。このまま進めば、昼頃には辿り着けそうだ。
道中、カズンはずっと不安に駆られていた。
村を出る直前、深欲の森が異様に揺れていたのだ。風もないのに木々がざわめき、葉が擦れ合い、不気味な音を立てていた。それはまるで、森そのものが身震いしているかのようだった。
その光景が頭から離れず、旅の間ずっと胸騒ぎがしていた。
だからこそ、通常なら五日かかる道のりを急ぎ、一日早く領都に到着できたのだ。
言い伝えによれば、40年目の満月の夜に魔獣は現れる。
今からちょうど6日後だ。
前回、魔獣が村を襲った時、カズンはまだ4歳だった。
洞窟の奥深くに隠れ、母の腕に抱かれながら息を殺していたのを今でも覚えている。
闇の中に響くすすり泣きの声、震える母の腕の感触。それは、決して色褪せることのない記憶だ。
あれから40年。村人たちの中で、あの恐怖は未だ消えていない。
だからこそ、カズンは今、領都に来た。
この運命を断ち切るために。
「大丈夫だ。魔獣が現れるまでには、まだ六日もある」
自らにそう言い聞かせ、カズンは領都の門をくぐった。
▽▽▽
コルデナ領都に入ったカズン一行を出迎えてくれたのは領主ではなく、以前紹介を受けたアリーシア兵団長だった。
ただならぬ緊張感を漂わせた彼女の表情に、カズンは何かが起こっていることを感じ取った。
「村長殿、ちょうどよかった」
アリーシアは急ぎ足で駆け寄ると、切迫した口調で言った。
「まさに今、コリオリ村に向けて隊を出そうとしていたところでした」
カズンは言葉の意味を理解できず、目を見開く。
「……予定では、明日の出陣だったはずですが?」
膨れ上がる不安を押し殺し、冷静を装って尋ねる。
「カズン殿、落ち着いて聞いてください」
アリーシアは真っ直ぐカズンを見つめ続けた。
「今朝、王城の星読みの巫女より、災厄出現のお告げが届きました」
「——まさか、それは……」
カズンの脳裏に、幼い頃の記憶がよみがえる。
アリーシアが頷く。
「深欲の森の主であるとのお告げです。巫女様の予言、間違いないでしょう」
「そんな……早すぎる! 満月の夜まで、まだ六日あるのに!」
カズンは思わず声を荒げる。
「承知しております。しかし、王都の星読みの巫女が、お告げを違えることはありません。そして——そのお告げによれば、魔獣は今日から二日後の朝、コリオリ村に現れると……」
アリーシア兵団長は軽く咳払いをして、冷静に説明を続ける。
「我々がこの知らせを受け取ったのがつい先ほど、教会の伝授水晶を通して報告が入りました。巫女は朝の禊においてご宣託を受けたそうです」
「そんな……」
カズンは思わず目を伏せた。
村長として村の状況を心配しながらも、真っ先に頭をよぎるのは、村に残してきた家族の顔。息子と娘は無事だろうか——。
隣にいた村の同行者たちも驚きを隠せず、カズンを見つめる。
「我々もすぐに隊を招集し、準備を整えました。あいにく領主様は王都に行っており不在ですが、この件に関しては全権を賜っております」
アリーシア兵団長の視線の先には、すでに出陣を待つ騎士団が隊列を組んでいた。
「すぐにでも村へ向かうつもりでしたが、ジル殿たちは道中の疲れもあるでしょう。我々が先行しますので、皆さまは一度休まれてから——」
「一緒に行かせてください!」
カズンは即答した。
「足手まといにはなりません。それに、途中には山間の分岐がいくつもあります。先導役としてお役に立てるはずです」
「それは助かります」
アリーシア兵団長はうなずき、続けた。
「新しい馬を用意しますので、乗り換えてください。ただし、遅れるようなら置いていくことをご了承ください。我々も、村の人々を救うために全力を尽くします」
「ありがとうございます」
「では、参りましょう!」
アリーシア兵団長は力強く宣言し、剣を抜いた。
「これより我がアリーシア兵団は、災厄の魔獣を討つためコリオリ村へ向かう! 一刻の猶予もない。駆けるぞ、皆、続け!」
彼女の号令が響き渡ると、兵士たちは瞬時に動き、騎士たちは馬に飛び乗った。
甲冑の音が重なり合う音が響き、鋭い緊張感が空気を張り詰める。
ヨハンたちも、新たに用意された馬に急いで荷を積み替え、先陣を切るアリーシア兵団長の後を追った。
「ヨハン、ミリア。頼む、無事でいてくれ」
カズンは心の中で祈りながら、コリン村へ馬を駆った。
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