第17話 俺には関係ない
ザキはコップの酒を一気に煽ると、「じゃあ、明日もよろしくな」と手をひらひら振り、ヨハンたちのいる奥へ戻っていった。
明日に備えてひと眠りしようかと思っていると、ルーシャが話しかけてきた。
『大丈夫?』
「大丈夫じゃないね。知らない世界に連れてこられて、知らない奴らのために怪物と戦わされたんだから」
『だよね。そんな知らない奴らに、思いっきり感謝されちゃったけど』
「……まあな。実際に怪物と戦ったのは、お前だろ」
『私じゃないよ』
「……」
『私じゃないよ』
「いやいや、あの加護とか何とかでさ、肉体強化されてたりなんかで」
『私してないよ』
「でも剣とか、ピカーって、ピカーって光ってたよね」
『剣ね! それはそう!』
こくりと頷くルーシャ。
『剣を触媒にして、ドーンと加護を与えたよ!』
「それで、剣振って右にズバーっと、左にズバーっとさ!」
『私じゃないよ』
「……」
『確かに! 剣には村人の願いがこもってたからね! 同調できてよかったよ。でも、君には剣を通して言葉を伝えるのが精一杯だったもん』
「じゃあ、狂ったように何回も切りつけてたのって」
『君だよね』
「俺、こわっ」
『意外にねー』
まぁ、実際は剣が通ったから殺せたわけだし、俺はほぼ泣き叫ぶ子供のように振り回していただけなんだけど。
「ちなみに同調って何よ」
『同調はねー、シンクロっていうか、憑依っていうか、乗っ取りっていうか……。極端な場合、どっちかの精神が支配されることもあるんだ』
「え? ちょっと待て、ヤバそうな言葉しか出てこないんだけど」
俺は、不気味な何かがゾワリと体の中に広がる気がした。
『実際、同調率が高くなりすぎると、どっちかの精神が壊れちゃうかもだし、君と私だったら……まあ、君だよね』
「同調、こっわ……」
『いずれにしても、双方の思考が近くないとなかなかね…うまくいかないよ』
「とりあえず怪物は倒したし、しばらくは必要ないよな」
『……だといいけど』
ルーシャは腕を組み、少し考え込むように首を傾げた。
『今まで、魔獣を倒せたことなんてなかったからね』
「三日三晩、蹂躙されっぱなしだったんだろ?」
『そう。でも今回は倒せちゃった……これ、どうなるかな?』
「なぜ疑問形? 俺が聞きたいわ!」
『だって、そもそも今回の魔獣、満月より三日も早く現れたんだよ? たぶん、村長たちが王都に助けを求めたせいで』
「だから、来る前に襲いに来たって?」
たぶん。と頷くルーシャ。
「まるで意思を持ってるみたいな言い方だな」
『実際、意思はあると思う。でもそれ以上に気になるのはアウン様かな』
「アウンってルーシャの上司の?」
『上司って……まぁでもそうか』
「で、そいつは何て言ってるんだ?」
『アウン様からすれば、40年に一度の災難も、世界の理として正しいことだって。きっと、誰がどうとか、何がどうとかより、ずっと世界の理が大事なんだよ』
「それじゃあ何をやっても、村が滅ぶのは決まってるみたいじゃないか」
『だから魔物を殺したから今回はお終い、とはならないと思う…』
「ルーシャさ、ここの管理者なんだろ。いわば神みたいなもんじゃん。それこそ運命とかは神の領分だろ。何とかしろよな」
『無理だって、私は管理者じゃなくて観察者なの。ただの下っ端だもん』
ルーシャは目をそらし、どこか遠くを見つめた。
そんな彼女はどこか寂しそうに見えた。
「アウン様だっけ? 世界の管理者に頼めよ」
『できないって言ったでしょ!』
「それで? よその世界から俺を連れてきたのか?」
『内緒でね』
「なるほどな。じゃあこの村が滅ぶことは、最初から決まってたんだな」
ルーシャは俯き、黙り込んだ。
「マジで? それじゃ怪物一匹倒しても意味ないってこと?」
彼女は答えない。ただ静かにうなだれるだけだった。
その様子を見て、俺は直感的に思う。
——こいつ、何か隠してるな。
そして、彼女の口からこぼれたのは、思いもよらない言葉だった。
『この国では、コリオリ村は“いけにえの村”と呼ばれている』
その意味を理解するのに、数秒の間が必要だった。
そして、気づいた瞬間、頭が真っ白になった。
「ルーシャ。さっきも『意外』って言ってたけど、俺が魔獣を倒せるとは思ってなかったんだろう」
ルーシャは視線をそらし、口をつぐむ。
「だから俺を連れてきて、わざと危険な目に遭わせたんだろ」
——いや、違うな。
それなら、この世界の誰かを使えばいい話だ。異世界から連れてくる理由が合わない。
「……まさか、俺を化け物に差し出して、アウン様の気を引こうとしたのか?」
沈黙。
ルーシャは俯いたまま動かない。
俺の頭の中に、疑念が膨れ上がっていく。
「異世界人の俺が化け物に喰われれば、世界の理から外れる。そうなれば、アウン様が介入してくる。そう考えたんじゃないのか?」
——そんな奴いたな。周りの目を引きたくて、わざと危険な橋を渡るタイプ。
でも、結局、俺が化け物を倒した。
それでもアウン様は現れず、何も変わらなかった。
……だったら。
「わかった。じゃあ、俺はもう用済みってことで、さっさと元の世界に戻してくれ!」
思わず声を荒げてしまった。
キキが驚いたように俺を見上げ、眠たげな目をこすりながら心配そうに見つめてくる。
小さな手が俺の腕にしがみついた。
その温もりが、心にじわりと刺さる。
彼女にとって俺はもう、ただの“知らない人間”ではなく、特別な存在になっているのかもしれない。
▽▽▽
最初は周りを気にして小声で話していたが、話し込むうちに次第に力が入り、いつの間にか声が大きくなっていた。
傍らで寝ていたキキが目を覚まし、少し驚いたように俺を見つめる。
俺は慌てて声を落とし、もう一度ルーシャに言った。
「「とりあえず怪物は殺した。明日、死体の始末にも付き合う。でも、それで終いだ。済んだら元の世界に戻してくれ。俺まで生贄になるのはごめんだ」
さっきまで飄々としていたルーシャが、今は肩を震わせ、涙をこらえながら俺を見つめていた。
『……ごめんなさい。今はできない』
「……いつなら戻れる?」
『わからない。でも、今は無理』
話している内容が判るのか、キキが俺を見つめながらしがみ付いてくる。
「俺がいても結果が変わらないなら、意味がないだろ?」
俺は周囲に聞こえないよう、小声で言う。
『……なんとかなるかもしれない』
ルーシャはそう呟くと、まっすぐ俺を見つめた。
『……何とかしたいの! またこの子たちが殺されるのを、黙って見てるなんてできない!』
ルーシャの声が震える。
「……だとしても――」
俺が言いかけると、ルーシャが被せるように言った。
『みんな、日々の生活すら厳しい中で、貧しくても、辛くても、何度も立ち上がって村を守ってきたの!』
ルーシャは俺を見つめ言う。
いつの間にか彼女の頬がぬれている。
『みんな諦めてない! だから私も諦めたくない! たとえどんな状況でも……私はこの村を見捨てるなんてできない。だって――』
一筋の涙が頬を伝う。
『――この村は、私の大切な家族だから!』
必死に訴える彼女の姿を見て、俺はふと考えてしまった。
……神様だって、泣くんだな、と。
本当は、何か言ってあげたかった。
でも、言葉が出てこない。
結局、俺の口からこぼれたのは——
「……だとしても、俺には関係ない」
何かを言おうとしたルーシャが、無言のまま背中を向けて、静かにその場を離れていった。
俺は、また“仕事”を失ったのかもしれない——
ふと、そんな考えが頭をよぎった。
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