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第15話 再び洞窟①


 目が覚めると、洞窟の中に戻っていた。


「……生きてる、のか?」


 自分に問いかけるように呟く。


 全身に鈍い痛みが広がるが、どうやら死んではいないらしい。


 ——大丈夫だ、生きてる。


 安堵したのも束の間、頭の中にさっきの調子の声が響いた。


『よかったー! 無理して思考を繋げたから、意識が消えちゃったかと思ったよ』


 この声は——ルーシャ。


 俺をこの場所に蹴り落とした張本人だ。


『蹴ってないよー、ただ押しただけじゃん。でもさ、魔獣やっつけれたよ! すごくない?』


 すごいすごい、と喜ぶルーシャの声に思わず俺は叫んだ。


「ふざけんな! 死ぬかと思ったわ!」


 洞窟中に俺の怒声が響く。

 すると、周りにいた全員の目が一斉にこちらに向けられた。


 その瞳には、畏怖と警戒が入り混じっていた。


「目が覚めたんですね!」

 奥の方から声が上がり、ミリアが駆け寄ってくる。


「体、痛くないですか?」


 起き上がろうとする俺に、ミリアが優しく手を添える。


 それを追うように、ヨハンとザキも近づいてきた。

 

「俺……どうなったんです?」


 状況が掴めず、周囲を見回しながら尋ねると――


「すげーぞ、お前が魔獣を真っ二つにぶった斬ったんだ!」


 ザキが興奮気味に顔を近づけ、キラキラした目で語る。


「凄かったんだよ! 青い光がバーンってなって、魔獣が真っ二つ!」

 

 ザキが身振り手振りを交えて騒ぎ立てるのを、ヨハンが冷静な口調で補足した。


「どうやら、お前が聖剣で魔獣を倒したらしいな」


「そうそう、その剣がすげえ光ってたんだよ! あ、ほら、あれだ!」


 ザキが俺の後ろを指さす。


 そこには、俺が握っていた剣が壁に立てかけられていた。


 ヨハンが剣を手に取り、ゆっくりと鞘から引き抜く。

 

「残念ながら、剣は折れてしまったがな」

 

 剣は真ん中でポッキリと折れていた。


「すいません……俺のせいで」


 俺が謝ると、ヨハンは首を横に振りながら言った。

「謝ることはない。皆を助けてくれた、それで十分だ」


 それが折れた剣のことを言っているのか、それとも俺自身のことなのか……はっきりせず、俺は思わず俯いた。


 そのとき、腕にかすかな感触があった。

 視線を落とすと、小さな手が俺の腕にしっかりとしがみついている。


「……キキ?」


 彼女は潤んだ瞳で俺を見上げ、こくんと頷くと、さらにぎゅっと俺の腕にしがみついた。


 ——その瞬間、魔獣の前に立ったときの光景が頭をよぎる。

 恐怖に震える少女、それでも俺を信じてくれたまっすぐな瞳——。


「……助けられたのは、俺の方かもな」


 小さく呟きながら、そっとキキの頭を撫でた。


「ここに運ばれてからも、ずっとあなたにしがみついて泣いてたのよ」


 ミリアが優しい声で言いながら、キキの髪をそっと撫でる。


 そこへ、さっき救い出したジルばあさんが、ゆっくりと近づいてきた。


「この子の親はな、去年森に入ったきり戻らんかった。それからは、孫と一緒にこの子の面倒を見てたんじゃ」


 ジルばあさんはキキを見つめ、少し寂しげに微笑んだ。そして俺に視線を移し、ぽつりと呟く。


「そういえば……お前さん、目元がキキの親父によう似とるのぉ」


 そう言うと、ばあさんは俺の前にしゃがみ込み、深々と頭を下げた。

 

「さっきはありがとよ。お前さんらが戦ってくれたおかげで、孫もキキも化け物に食われずに済んだ」


 俺が何か返そうとしたが、それより先に、ばあさんはゆっくり顔を上げ、じっと俺の顔を見つめた。


「で、あんた……いったい何者だい?」


 その問いに、俺は一瞬言葉に詰まる。


「お…俺もよくわかんないんです。変な子に暗いところに落とされて……気がついたらここにいた。もともとは会社を辞めて、駅のホームにいたんですけど、気づいたらこの世界に飛ばされてて……」


 俺を囲む人たちの頭の上には、まるでクエスチョンマークが浮かんでいるように見えた。


 すると、ミリアがぎゅっと拳を握りしめ、力強く言う。


「トオルさんは、きっとルーシャ様が遣わしてくださった救世主様なんです!」


「実際、あの光景を見たらそう思うよな! 剣が光ったなんて、初めて見たし!」

 ザキが興奮気味に声を上げる。


「あの剣、いったい……?」


 俺が尋ねると、ヨハンが答えた。


「ルーシャ様が、非力な我々に戦う力を授けてくださった聖剣だと伝えられている。村に代々伝わる大切な武器だ」


 聖剣——。


 俺は傍らに立てかけられた剣に目を向ける。

 手を伸ばし、柄に触れた瞬間——


『四代前の村長が王都で買ってきた剣なんだけどねー、いつの間にか私が授けたことになっちゃったんだー』


 ——声が響いた。


 気がつくと、あの少女が淡い光を纏って“ふよふよ”と宙に浮かんでいた。


「ルーシャ!」

 思わず声を上げる。

 

 彼女は悪戯っぽく笑い、軽く片手を挙げた。


『はーい、ルーシャでーす! 会うのは駅のホーム以来だね。お疲れ、救世主サマ』


 宙に向かって叫ぶ俺を、ミリアたちはきょろきょろと見回している。

 ……どうやら、ルーシャの姿も声も彼女たちには届いていないらしい。

 

 そんなことはお構いなしに、ルーシャは続ける。


『でも良かったー。この剣のおかげでパスがつながったんだよ。たぶん長い間、祭壇に祀られてたから触媒になったんだね。いやー、一時はどうなるかと!』


 勝手に納得して、ウンウン頷くルーシャ。


『あ、ちなみにみんなには私の姿も声も聞こえてないからね。あんまり騒ぐと独り言言ってる変な人扱いされちゃうよ?』


 クスクス笑いながら、宙を漂う。


『村の子たちはこの世界に縛られているから、その範囲を超える力を与えたり見せたりするのが難しいんだ』


 そう言って、ルーシャは村人たちを見回す。

 その横顔は、どこか寂しげだった。


『だから君に頼んだんだよ! みんなを助けてって! でもね、この世界に呼ぶのに力を使いすぎちゃって、呼び出すことはできたけど、パスが繋がらなくて焦ったぞ~。てへ☆』

 ウインクを飛ばすルーシャ。

 

 ……すげー可愛い。


 いや、可愛いが……こいつ、最初からずっと一人で話して、一人で納得してる。


 ふと視線を巡らせると、村人たちが困惑の表情を浮かべていた。

 そりゃそうだ、俺は今「何もない空間」に向かって話してるわけだから。


 ——いかん。俺も混乱してる。


 一度、大きく深呼吸をして気を落ち着かせる。


「改めて聞きたい。ルーシャって呼んでいいか?」


『あっ、ハイ! ルーシャです!』


 俺の真剣な表情に何かを感じ取ったのか、ルーシャがふよふよ浮かびながら姿勢を正した。


「順を追って確認させてくれ。ここはどこで、俺はなぜ連れてこられた? さっきの化け物は何だ? なぜ俺は倒せた?」


 ルーシャを睨む俺。


 対するルーシャは、宥めるように手のひらを上下に振る。


『まあまあ落ち着いて。あのねー、この世界の中で私の子供たちに今以上の加護を与えることができないんだよ。だからこの“世界の理”に縛られない君を連れてきたんだけど……いやー、全然繋がらなくて正直ビビったぞ!』


 左右に行ったり来たり、大げさなジェスチャーで説明を続ける。


『ま、剣を触った拍子でつながって良かったよー。じゃなきゃ君もパックリ食われてたよねー』


「じゃあ、あの怪物を切った力はルーシャの加護か?」

 

『うん! 剣にドーンと私の力を流したから魔獣を斬れた! でも倒したのはトオルだよ?』


「……そもそも、なぜ俺なんだ? 力もない、若くもない、運動神経も悪い、頭もよくない。ただのサラリーマン……いや、会社も辞めたから、もう会社員ですらないか。要するに、社会の底辺みたいな人間だぞ?」


『まあねー』


 ——肯定すんな。


「お前、そこは否定しろよ!」


『でもさー、行く当てもなくて、生きてる意味がないから死んじゃおー、とか言ってたじゃん』


「……言葉の綾だ。本気で死のうと思ったわけじゃない」


 ルーシャから視線を逸らす俺。


『えー? でもあの世界で“生きてる意味がない”って、それもう死んでるのと同じじゃん? だからスカウトしたんだよ』


「スカウトって……無理やり蹴って落としただけだろ!」


『蹴ってないよー? 背中を押した? だけ?』


 押した? って疑問形じゃん。


 そっぽを向き、口笛で誤魔化そうとするルーシャ。


 ——しかも、吹けてないし。ヒューヒュー言ってるだけだし。



▽▽▽


「もしかしてルーシャ様がいるのか?」


 俺の様子をしばらく見ていたヨハンが、おずおずと尋ねてきた。

 

「ああ、さっきからそこに浮かんでるよ」


 俺は投げやりにルーシャのいる方を指さす。


 すると、その指先を追ったヨハン、ザキ、ミリア、そしてジルばあさんたちは「ルーシャ様……!」と息を呑み、まるで波紋が広がるように、その場にひざまずき始めた。


 彼らの動きに呼応するように、洞窟にいた他の村人たちも次々と跪き、俺の指差す一点を見つめている。


 ルーシャは、俺には見せたことのない穏やかな微笑みを浮かべ、傅く村人たちを慈しむように見つめた。

 

『みなが無事で、本当によかった……』


 その瞬間、ルーシャの姿がわずかに輝きを増したように見えた。


 その光を目の当たりにした村人たちは、感嘆の声を漏らしながら手を合わせる。

 

「ルーシャ様は……なんとおっしゃっているのですか?」


 ミリアが瞳を輝かせながら俺に尋ねてきた。


 その期待に満ちた眼差しが、やけにまぶしく感じる。


 俺は視線を外し、肩をすくめながら言った。

 

「お前らなんて知らんとさ!」


『言ってねーし!!』

 ルーシャの鋭いツッコミが響き渡った。


 フッ。


 ざまあ。



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