第13話 魔獣対決③
「ルーシャ!」
聞き覚えのある声が頭の中に響き、思わずその名前を叫んでいた。
ホームで俺を黒い渦に蹴り落とした少女——間違いない、あの声だ。
『やっと繋がった! ルーシャでーす♪』
軽い調子の返事に、怒りで頭がカッと熱くなる。
「何が『ルーシャでーす』だ! 今すぐ俺を元の世界に戻せ!」
俺は、声に出して叫んでいた。
勝手にこんな世界に連れてきやがって!
お前のせいで俺がどれだけ苦しんだと思っているんだ!
怒りが頂点に達しかけたその瞬間、視界の端で何かが動いた。
魔獣だ。
意識が一気に引き戻される。
——どうする? どうすればいい?
焦る思考を遮るように、ルーシャの声が飛んでくる。
『話は後! 剣を振らなきゃ食べられちゃう!』
手元には、ヨハンが使っていた剣。
その刃は、わずかに青白い光を帯びている。
「この剣じゃ切れないんだよ!」
ヨハンが吹き飛ばされた光景が脳裏に蘇る。
あれを見てしまった以上、この剣が効くなんて到底思えない。
『今ならいける! つべこべ言わずに、早く振れ!』
ルーシャの声に押され、気づけば体が勝手に動いていた。
柄を握り直し、振り向きざまに剣を振る。
青い光が剣筋を描き、魔獣の顔に切り込んだ。
「グギャア!」
魔獣が叫び、その巨体が後ずさる。
刃が通る感覚、そして飛び散る血しぶき——。
「切れた……」
呆然と立ち尽くす俺を、ルーシャの声が叱る。
『ぼーっとしない! 次が来る!』
目の前で魔獣が足を踏み込み、地面を削る音が迫る。
「くっ!」
反射的に横へ跳び、迫る一撃をかわす。
鋭い爪が肩先をかすめ、熱い痛みが走る。
振り返ると、背後にあった木が爪の一撃で紙切れのようにへし折られていた。
『次はこっちの番! 一気にいくよ!』
「どうやってだよ!」
息が上がる。
手のひらには汗が滲み、剣を握る手が滑りそうになる。
『いいから、力を溜めて! ……私が支えるから、絶対に大丈夫!』
ルーシャの声が頭の中に響いた瞬間、胸の奥底から何か温かいものが湧き上がる。
俺は腰を落とし、震える手で剣を両手で握り直す。
その熱が剣に伝わり、刃からかすかな振動が手に伝わる。
——こんな化け物に、俺が勝てるのか?
脳裏を不安がよぎる。
瞬間。キキの泣き顔が浮かび上がる。
彼女が泣きながら小石を投げる姿。
顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながら、小さな体で必死にもがき続けるその姿を 。
——俺が諦めてどうする?
握る剣が微かに震え、光が徐々に強さを増していく。
体の中を巡る熱が膨れ上がり、その熱は剣へと集まっていく。
これまでの出来事が脳裏を駆け巡る。
突然、異世界に引きずり込まれ、化け物に追われ、今まさに食われようとしている。
「ふざけんな! 俺は生きて帰る!」
怒りに呼応するかのように、剣が青い光を放つ。
それは波紋のように広がり、周囲の闇を押し返していく。
——諦めない。最後まで抗ってやる!
光が強さを増し、辺り一帯を眩い輝きで包み込む。
「こいつを倒す!」
その瞬間、剣が生き物のように脈動を始めた。
手のひらに伝わる振動が、心臓の鼓動とぴたりと重なり合う。
まるで剣と自分の境界が溶けて消えていくようだ。
目の前の魔獣は、俺を睨みつけ、低いうなり声を響かせる。
息が肌を焦がすほど近い距離だ。
魔獣が巨体を沈め、跳びかかる構えを見せた。
「……ぶった切ってやる!」
次の瞬間、魔獣が跳び込んでくる。
俺は、剣を頭上に掲げ、全力で振り下ろす。
青い光の刃が閃光を放ち、斬撃となって弧を描く。
そして魔獣の頭に潜り込み、そのまま胴体まで斬り裂いた。
「――ギャァァァッ!」
魔獣の絶叫が響き渡る。
血が噴水のように吹きあがり、切り裂かれた巨体が地面に崩れ落ちる。
その衝撃で大地が揺れ、砂埃が舞い上がり、視界を白く覆った。
「……やった、のか……?」
立ち尽くす俺。
魔獣はもう動かない。
足元に広がる魔獣の血だまりを見下ろし、ようやく実感が湧いてきた。
全身から力が抜けていく。
膝が崩れ、そのまま血でぬかるんだ地面に倒れ込んだ。
「ダメ!」
キキが泣き叫びながら、細い腕を俺の背中に回し、必死に抱き起こそうとしている。
「死んじゃダメ! 絶対……ダメ!」
キキの泣き叫ぶ声が聞こえる。
彼女の温もりが背中越しに伝わり、かろうじて自分がまだ生きていることを教えてくれる。
俺は震える手を伸ばし、キキの背中をそっと抱きとめる。
ただそこまでだった。
意識は徐々に霞んでゆく。
薄れていく意識の中で、キキの泣き声がかすかに聞こえるが、声は小さくなっていく。
霞む視界の向こうで、魔獣の亡骸の向こうから、大声で叫びながら手を振り走ってくるザキとミリアの姿が見えた。
「俺は……」
視界が暗くなり、周囲の音が消えていく。
青白い光を放っていた剣が、その輝きを失っていく。
まるで、「終わったな」と言ってくれているかのようだ。
消えゆく意識の中、『頑張ったね……ありがとう』というルーシャの声が聞こえた気がした。
「……ありがとう」
心の中で呟き、今度こそ俺はゆっくりと目を閉じた。
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