表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/88

第12話 魔獣対決②


 振り返ると、魔獣の爪がキキのいた場所に振り下ろされていた。


 地面がえぐれ、土埃が舞い上がる。

 その音だけで体が強張る。


 獲物を見失った魔獣は、ゆっくりと首を巡らせ、周囲を見渡す。


 そして、俺たちを見つけると、新しいオモチャを手に入れたかのように目を細め、嬉しそうにその口を吊り上げ牙を向けてきた。


 「しがみつけ!」


 俺は叫び、全身の力を振り絞り地面を蹴る。


 キキは震える手で俺の背中にしがみつき、必死にその体重を預けてきた。


 走る。


 呼吸が荒れ、足は鉛のように重い。

 日頃の運動不足を痛感する。

 

 たった十歩も走らないうちに、心臓が悲鳴を上げる。


 喉は焼けるように痛み、膝は今にも折れそうだ。


 それでも止まれない。


 振り返ると、魔獣はまだその場に立っていた。


 俺たちが逃げる姿を目で追うだけで、動こうとしない。

 まるで、こちらの必死な様子を嘲笑うかのように。


「楽しんでやがる……」


 そう感じた瞬間、胸の奥に冷たい怒りと絶望が押し寄せた。


 それでも足を止めるわけにはいかない。

 キキを抱え、俺はただ前だけを見て走り続けた。



▽▽▽


 崖にそって走り続ける。


 どれくらい走っただろうか。


 10分? いや、1分も経っていないのかもしれない。

 

 息が上がり、まともに呼吸すらできなくなってくる。


 酸素が足りない。頭がジンジンと痛む。

 

 「もう無理だ……」


 絶望に足が止まりかけた、そのとき。

 視界の先に、崖が緩やかにカーブしているのが見えた。


 カーブを曲がれば、魔獣の視界から逃れられるかもしれない。


 そう思った瞬間、膝は限界を超え、盛大に前に転んでしまった。


 再び立ち上がろうと力を込めるが、限界を迎えた足は感覚を無くしたかのように動いてくれない。


 ——ここまでか。


 ぎゅっと目を閉じ、しがみついていたキキを引き剥がす。


 彼女の小さな体を無理やり地面に降ろし、叫んだ。


「走れ!」


 キキは驚いたように目を見開き、もう一度しがみつこうとしてくる。


 俺はそれを押し戻し、声を張り上げる。


「いいから! 早く逃げろ!!」


 キキはじっと俺を見つめる。

 何かを言いたげに瞳が揺れた。


 しかし、すぐに目を伏せ、決心したように駆け出して行った。


 ……小さな足音が遠ざかっていく。


 その背中が闇の中に消えていくのを見届けた俺は、ゆっくりと振り返った。


 魔獣はそこにいた。

 

 一部始終を観察していたかのように、じっと俺を見つめている。


 まるで、『——覚悟は決まったか?』そう問い掛けているみたいだ。


 魔獣の巨大な体が動き出す。


 一歩、一歩。

 たっぷりと時間をかけ、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。


 まるで、獲物が絶望に飲まれる瞬間を楽しんでるみたいだ。


 ——俺はここで死ぬんだな。


 この異世界の、見たこともない化け物に食われて、命を終える。


 やり場のない怒りが胸を締めつける。


 その一方で、「キキは逃げられたかな……」と、呑気に考えてる自分もいた。


 たった数分前に会ったばかりの子供。


 あの子が何歳で、どんな人生を送ってきたのかも知らない。

 言葉を交わしたことさえない。


 それでも、ほんの束の間、必死にしがみつくあの子の体温は、確かにこの手に残っていた。


「さっきまでは、あの子が襲われてる隙に逃げようと思ったのにな……。なんで俺が食われそうになってんだ?」


 つい、思いが言葉になって漏れてくる。


 そんな自分がおかしくて、思わず苦笑が漏れた。


 ——また、選択を間違えたか?


 そう思った。


 でも、不思議と後悔は感じなかった。


「まあ俺の人生、こんなもんでしょう」

 言葉が口をついて出る。


 魔獣は、無様に倒れこんだ俺を見下ろし、絶対的な強者であることを誇示するかのように唸り声を上げた。


 そして、その真っ赤に血濡れた醜い口を俺に向けて開けた。


 食われる——。



 その瞬間、小石が魔獣の目元に当たった。


 振り返ると、そこには小石を持ったキキが立っていた。


 キキは涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながらも、「ダメー!」と声を振り絞り、必死で石を魔獣に投げつけていた。

 

 子供の小さな手から放たれる石など、魔獣にはまるで通用しない。

 それでもキキは、肩を震わせながら石を投げ続ける。


 その姿は無謀で、そして……ひどく眩しかった。


 ——キキ……。

 

 死を受け入れ、諦めていた自分が恥ずかしくなった。


 命を繋ごうと抗い、必死にもがく彼女の姿に、胸の奥が熱くなった。


「くそっ……!」


 俺は奥歯を噛みしめ、もう一度、魔獣に向き合う。


 魔獣がキキを見下ろし、爪を振り下ろそうとしているのが見えた。


「逃げろ!」


 俺はキキを引き寄せようと手を伸ばす。

 が、思ったように体が動かない。


 手は虚しく宙を切り、キキに届かない。


 その代わり、地面を叩いたその手が、何か硬いものに触れた。


 ——瞬間。


 頭の中でバチン! と衝撃が走る。


 視界が白く閃き、世界の音が一瞬で消えた。


 白黒の世界の中で、魔獣の動きがスローモーションのように見える。


 ふと手元を見ると、そこには鈍く光る……剣? が転がっていた。

 

 ——これは……ヨハンの剣。


 柄の部分が淡い青い光を帯び、まるで「掴め」と語りかけているかのようだ。

 

 その時、不意に頭の中で途切れ途切れの声が聞こえてくる。


 まるで壊れたラジオの音のように断片的な声。


『…と…つながった…う…よ』


 その声には聞き覚えがある。


 次の瞬間、声ははっきりと頭の中に響く。


『 剣を取って!』


 反射的に、俺は剣を握った。


『そのまま! 剣を横に振って!』


 言われるがまま、魔獣の振り下ろす足に向けて、力任せに剣を横に振る。


『もう1回! さあ、剣を振り上げて!』


 立て続けに叫ぶ声が、頭の中に響く。


 ——この声、間違いない。


 俺をこの世界に引きずり込んだ張本人——ルーシャの声だ。


 


お読み頂きありがとうございます!

是非!ブクマークや、★でご評価いただければ嬉しいです!

よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ