表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/88

第11話 魔獣対決①


 魔獣が崖の上から俺たちを見下ろしていた。

 その口元が微かに歪む。


 ——笑ってやがる。


 そう見えた。


 次の瞬間、巨体が弾かれたように跳び、轟音とともに着地する。

 地面が揺れ、舞い上がる砂塵が視界を奪った。


 その中から、魔獣の影が現れ、じっとこちらを見据える。

 「逃がさない」——目がそう語っていた。


 

 ヨハンが老婆を地面に降ろし、剣を抜く。

「ばあさんを頼む!」

 

 ザキが老婆を背負い、子供たちの手を引いて丘の陰へ回り込む。


 ヨハンは剣を構え、魔獣に向かって叫んだ。

「こっちだ!」

 

 魔獣が低く唸り、巨体を揺らす。

 視界の端で、ザキたちが丘を登り、距離を取るのが見えた。

 

「俺が相手だ! 来い!」

 ヨハンは声を張り上げ、魔獣の注意を引く。

 その目は魔獣を捉え、一瞬の隙も見逃すまいとしていた。


 俺はじりじりと距離を取った。


 だが、その動きが思わぬ事態を招く。

 魔獣がヨハンから視線を外し、俺の動きに反応したのだ。


 その隙に、ヨハンが声を張り上げ、剣を高く掲げる。


 鋭い気勢とともに剣を振り下ろし、魔獣に一撃を放つ。


 しかし——。


 剣が魔獣に触れた瞬間、硬い岩を叩いたように弾き返された。


「ぐっ……!」


 反動でヨハンは体勢を崩し、そのまま無様に地面へ倒れ込む。


 魔獣は微動だにせず、ただ黙って彼を見下ろしていた。


 まるで、その無力さを嘲笑うかのように……

 

 ヨハンの顔に驚きと焦りが浮かぶ。

 信じられないといった様子で、自分の手に握られた剣を見つめていた。


 俺は、ミリアが洞窟で言っていた言葉を思い出していた。


『魔獣の毛は剣も通らない』


 その時は誇張された話だと思っていたが、今、その現実を目の当たりにしている。


 それでもヨハンは諦めなかった。


 ふらつきながらも立ち上がり、剣を再び構え直す。

 そして、今度は魔獣の胸元を狙い、剣を突き出した。


 だが、魔獣は素早く動き、ヨハンの攻撃を軽々とかわすと、前足を振り上げ剣を弾き飛ばした。


 剣はヨハンの手を離れ、無情にも後方へと吹き飛ばされる。


 魔獣は、武器を失い体勢を崩したヨハンを、容赦なく前足で振り払った。


 まるで虫を払いのけるかのように……。


 ヨハンの体は宙を舞い、崖の壁に激しく叩きつけられる。


 崖の下に落ちたヨハンが、苦しげに呟いた。

 「早く……逃げろ……」


 その言葉を最後に、ヨハンの体から力が抜け、頭ががっくりと垂れた。



▽▽▽


 詰んだ。


 全てが終わった。


 ヨハンは崖の下に倒れ込んだまま、微動だにしない。

 気を失ったのか、それとも……。


 ザキたちは崖の上へと逃げ、姿を消した。


 頼りの剣も、魔獣に弾かれてどこかへ飛んでいってしまった。


 たとえ剣が手元にあったとしても、俺ひとりでこの化け物に立ち向かい、生き延びるなんて、到底できるはずがない。


 ——なんでこうなった。

 俺が何をしたって言うんだ。

 

 訳も分からないまま、この異世界に引きずり込まれ、真っ暗な夜を走らされ、そして今——化け物に食われて死のうとしている。

 

 理不尽すぎる。

 悔しさが胸にこみ上げてくる。

 

 一方で、ひどく冷めている自分もいた。

 

 ——そうか、俺はここで死ぬのか。


 不意に、思い出していた。

 仕事のあてもなく、駅のホームで頭を抱えていた時のことを。


 ——これが走馬灯ってやつか……。


 考えてみれば、この世界に来てからまだ一日も経っていない。


 将来への不安に押しつぶされて、電車の前に飛び込もうと思ったあの瞬間。

 

 今となっては、あのとき何に悩んでいたのかすら、思い出せない。

 

 やりがいのある仕事、自分らしくいられる場所、これからの人生設計——そんなことを考えていたような気がする。

 

 そして未来への不安……。


 ——結局、こんな結末なら、悩む必要なんかなかったな。


 体の力が抜け、膝から崩れ落ちた。


 肩にかけていた麻袋が滑り落ち、地面を転がる。


 ——もういいや、ここで終わりでいい。

 俺の人生、こんなもんだ。


 抵抗する気力なんて、もうこれっぽっちもなかった。


 魔獣は、ヨハンの方にはもう、目を向けようともしない。

 動かなくなった彼には、すでに興味を失ったようだ。


 きっと奴は、食うために襲うのではなく、ただ蹂躙することを楽しんでいるだけだ。

 そういう奴だ、こいつは。


 魔獣が、地面にへたり込む俺の方にゆっくりと歩いてくる。


 「グルゥゥ……」と、喉の奥から響くような低い唸り声が聞こえる。


 その目は、俺の斜め後ろをじっと見つめていた。




 ……俺の後ろ?


 振り返ると、そこにはキキと呼ばれた少女がいた。


 涙と鼻水で顔中をぐっしょり濡らし、震える体をガクガクと揺らしながら、地面にしゃがみこんでいる。


 巨獣が口角を上げ、むき出しの牙を見せる。


 口からは粘液があふれ、地面に糸を引き垂れていく。


 そして、その目は——、俺ではなく、後ろで震えるキキを見ている。


 狙いは俺じゃない。この少女だ!


 ——まだ、逃げられる。


 どれだけ持つかはわからない。それでも、あの少女が喰われている間に、少しでも遠くへ逃げるしかない。


 なんとしても生き延びる。こんなところで死にたくない!


 魔獣の後ろ足がわずかに沈み込む。


 ——来る!


 そう思った瞬間、体が勝手に動いていた。


 「逃げるんだ……!」そう頭で考えながらも、俺の体はまるで別人のように動いていた。


 気がつくと、肩から滑り落ちた麻袋を魔獣に向かって投げつけていた。


 そして、キキを抱きかかえ、ただ必死に駆け出していた。




お読み頂きありがとうございます!

是非!ブクマークや、★でご評価いただければ嬉しいです!

よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ