服毒して生き残った王太子妃が豊穣の女神って本当ですか?【連作短編⑩】
【連作短編⑧⑨⑩】で一つの作品【ファイ国編】になっております。
長くなってしまったため、三回にわけて投稿することになってしまいました。
ファイ国では、国王陛下の弑逆を目論んでいた第一王子が捕まり、貴賓用の寝室に戻ってきたアラマンダにはやらなければならないことがある。
瀕死の状態で、猫の神様メオの『空間魔法』に緊急避難させているユイン第五王子の治療がまだ残っていた。『空間魔法』のおかげで、時間を止めてはいるけれど、治療をすぐに行わなければいけない。
(第五王子のユイン様の治療を行うためには、指輪に隠れているメオ様の力が必要不可欠だわ)
アラマンダは貴賓用の寝室の寝台が血で汚れないように清潔な白い布を何枚も重ねて敷く。
(よし、これで準備はいいのかしら……)
「メオ様、どうでしょうか? 足りないものはございますか?」
清潔な布も沸かしたお湯も寝台の横に準備してある。
「アラマンダ。ユイン王子を我の空間魔法から出した瞬間に血が流れ出すと思うから、心するにゃ。我の治癒魔法で傷口はすぐに塞ぐことはできるけれど、失った血を補うことはできないにゃ」
(そうなのね。この世界には輸血という方法が確立していないのかもしれないわね。ユイン王子の血液型がわかれば輸血できるのかしら)
「ちなみに、メオ様。ユイン様の血液型と同じ人間がわかったりしますか? 同じ血液型の人を集めておけば、横に平行して寝かして……その人の血液だけ少量で構いませんのでユイン様に転移させたりってことができたりますか?」
(注射針とか輸血用の道具がそろっていないなら、メオ様の力で血液のみ転移することも可能かしらと思ったのだけれど……)
アラマンダは前世の記憶の医療ドラマを思い出して、そんな神業が神のメオ様ならできてしまうような気がして聞いてみる。
「他者の血液だけ転移……う~む。理論上はできそうだにゃ。でもやったことがないからできるかどうかはわからないにゃ」
(……そうよね、輸血するにしても投与速度もあるし、感染症の問題も出てくるわね。メオ様にお願いしたとしてもその方法が正しいかもわからない。リスクが伴うのならば無理に挑戦するのをやめて、今のこの世界の医療で救える命なら救う……くらいの気持ちの方がいいのかもしれないわね)
前世の記憶は役にも立つけれど、この世界にそぐわない時もある。
アラマンダは、今は前世の知識に頼って輸血を試みるのはやめておいた。
「メオ様、ありがとうございます。血液の転移方法は今回は止めておきます。傷口だけを塞いでいただいて……あとはユイン様の回復を信じましょう。……それと、万が一の為に第三王子のノア様を廊下にお呼びしておいても宜しいですか?」
アラマンダはノア王子に、負傷したユイン王子をこちらで預かっているとそれとなく説明はしたが、もし手遅れで命が救えそうにない時は、最期はノア王子に看取ってもらったほうがいいかもしれないと考えた。
「そうだにゃ。ノア王子は廊下に待機してもらって、治療が間に合わなかったら……最期を見届けてもらったほうがいいと思うにゃ」
いきなり貴賓用の寝室でノア王子の死体が出てきたら、アラマンダにあらぬ疑いを再びかけられてしまう。アラマンダがユイン王子の命を必死に救おうとしているということだけでも、誰か見届けてもらう必要があった。
「わかりました。ノア様をお呼びしてから……ユイン王子の治療を宜しくお願いいたします」
■■■
しばらくしてから、ノア王子に状況を説明したアラマンダは、ユイン王子を寝かせる予定の寝台に戻る。
(今、空っぽの寝室にどうやってユイン王子が現れるのかは……他国の王子であるノア様には詳細はお伝えできないけれど、このおかしな発言を何も疑うことなく信じてもらえて良かったわ)
「よし、準備オッケイですわ。メオ様、ユイン様をここに寝かせて治療を宜しくお願い致します」
「わかったにゃ」
メオ様は、ピンと立っている三角形の耳を前脚でなでつけて、いつものように空間魔法で空中に穴を出現させた。
その穴の中から、ゆっくりとユイン王子の両足が出てくる。
フワッと空中に全身を現したユイン王子をすぐに寝台に寝かせて、メオ様は傷口を塞ぐ処理を治癒魔法でしてくれた。
空間魔法からユイン王子を取り出してから傷口を塞ぐまで数十秒も経っていなかったけれど、それでもユイン王子の周りの白い布は血で染まってしまった。
(やはり出血が多かったのね……)
メオの作業の邪魔にならないように、寝台から少し距離をとったところで様子を見ていたアラマンダに治療が完了したことをメオは伝えた。
「もう終わったにゃ。傷口は塞がったけれど……正直、命が助かるかは……これから容態を見るしかないにゃ」
「ありがとうございます、メオ様。ユイン王子の血をふき取ってから、ノア様をお呼びしますね」
アラマンダは、少しでも身体についた血と汚れを拭きとってからノア王子と対面してもらおうと、お湯に浸した布を持って、ユイン王子に近づいた。
「!!!!!」
アラマンダは、一瞬言葉を失った。
驚きの光景を目にして、思わず叫びそうになった。
メオから瀕死の状態だし、拷問を受けていたところを助けた……とは聞いていたが、こんなひどい状態だったとは想像していなかった。
「……なんて……ことを……」
アラマンダは、痛々しいユイン王子の顔を綺麗に拭きとる。
ユイン王子の綺麗な宝石のように赤い瞳が、えぐりとられてしまっていた。
「片目は失ったけれど、両目をえぐられる前に……救出したんにゃ」
傷口を塞いでもらったけれど、彼の綺麗な瞳ともう視線を合わせられないと思うと、アラマンダは涙が止まらなかった。慰めのつもりなのか、メオも足元でグルッと一周してから指輪にスーッと静かに消えていった。
それでも、気丈に振舞い、泣きながら廊下で待たせているノア王子に声をかける。
ゆっくりと扉を開け、ノア王子に「どうぞお入り下さい」とアラマンダはかすれた声で入室の許可を出した。
「……もう治療は……終わったのですか?」
「……はい。傷を塞いだだけですが……」
「弟、ユインの傍に行っても?」
「えぇ、傷は塞ぎましたが血を多く流していらっしゃるので……まだ危険な状態です」
ノア王子もアラマンダのぐちゃぐちゃに泣いている顔を見て、弟が大変な状態なのだと覚悟を決めて寝台にゆっくりと歩みよる。
「……なんて残酷なことを……」
ノア王子は、異母兄弟にあたる第一王子のしでかした大きな過ちを悔やみ、行き場のない怒りを両手をぎゅっと力強く握り締めることで落ち着かせようとしていた。
アラマンダも、ファイ国における後継者争いがどうなっているのかは、把握できていない。誰と誰が同じ母親から生まれてきているかは把握していない。
ノアの説明によるとユイン王子は正妃が遅くに初めての身篭った子だったらしい。
第一、第二側妃が先に男児を四人産んでいたため、ユインの突然の誕生は後継者争いを加熱させてしまったのだと教えてくれる。
ただ、見た目が人々に忌避される赤い瞳を持って生まれたため、誰もがユイン王子は後継者には相応しくないと決めつけてしまっていたらしい。
それも理解した上で、ユイン王子は目立たないように生きてきたのだと、アラマンダはあの寂しそうな目を思い出す。
この惨事に至るまでユイン王子がここまで疎まれているとは配慮してあげられていなかった。
■■■
それから数日後、ユイン王子が目が覚めたと連絡が入り、アラマンダはユイン王子に会いに行った。
(なんて言葉をかけたら……いいのかしら。きっとご本人が一番つらいに違いないわ)
「失礼いたします。ユイン様、お加減いかがでしょうか」
「アラマンダ様!! 良かった! ご無事で!!」
扉をゆっくりあけるや否や、ユイン王子が寝台から身を乗り出して、駆け寄ってこようとする。
「ユイン様、いけません。まだ歩き回って良いとは医師に許可されていないんでしょう?」
「あはは。つい嬉しくて無意識にアラマンダ様のところに歩みよろうとしてしまったよ!」
(この明るさは……空元気なのかもしれないわね)
「目は……痛みますか?」
「……あぁ、まだズキズキとはするけれど、我慢できるくらいだよ」
(そんなはずないでしょうに……鎮痛剤がないとかなり辛いはずだと医師がおっしゃっていたもの)
アラマンダは、綺麗な赤い瞳が一つしか向けられていないのを見るとポロリと本音をこぼす。
「私……ユイン様の宝石のように赤く輝く瞳が大好きでした。片目だけになってしまい……とても残念です。あの瞳にもう一度、お会いしたかったです……」
「ありがとうございます。私は、今、まだ見えているだけでも幸せですよ。こうして、アラマンダ様が悲しんで下さる泣き顔を見ることができますからね」
ちょっと冗談まじりに慰めてくれるが、ユイン王子の心の痛みは誰にも代わってあげられないのだとアラマンダはわかっていた。
(彼は……自分と向き合って、この状況を受け入れ生きていくしかないものね。私は遠くから応援することしかできないわ)
「私は、ずっとこの赤い瞳で……血を連想させるからと人を不快にさせてきました。だから、それが一つでも取り除けたら、嫌な思いをする人が少しは減るでしょう? だから、後悔はしていないのですよ。それよりも、私はアラマンダ様が捕らえられて、無実の罪で処刑されてしまうのではないかと、そちらを心配しておりました。本当に、ご無事で良かったです。アラマンダ様に何かあったら、ルートロック王太子殿下に顔向けできませんからね」
「ご心配いただきありがとうございます。今は、ノア様が国王陛下の容態を見ながら、公務をサポートしていらっしゃると伺っております。……あのう、他の第二王子、第四王子は今、ファイ国にはいらっしゃらないのでしょうか?」
「私が、お話していなかったから、こんな後継者争いの渦中にアラマンダ様を巻きこんでしまったのですよね。説明が至らず、申し訳ございません。第二王子、第四王子は今、他国に留学中なのです。こんな王位継承権争いの中にずっといたら、疲れますからね。兄たちは学びと息抜きを兼ねて外遊中なのです。だから、このファイ国にいたのは第一王子、そしてノア第三王子と、この第五王子の私、ユインの三名ですね」
「そうだったのですね。ご説明ありがとうございます。それと……ユイン王子の笑顔を確認することが叶いましたので、明日、一度シーダム王国に帰ります」
「そうですね。まだ第一王子の処罰をどうするか……や、国王陛下が公務復帰できておりませんので、ゴタゴタのこの国にアラマンダ様を留め置くのは、さすがに心苦しいです」
「よそ者の私がいつまでもこの国に滞在するのもおかしいですからね。あとは、ババタの駆除は終わりましたけれど、食料支援が残っておりますでしょう? その件をルートロック殿下と話合ってから、またお会いしたいと思います」
「そうですね。それがいいかもしれません。王都以外の地域では、稲や小麦が食べつくされて主食に困って、餓死する者が出てきていると報告は受けているのですが……王室がこんな感じだから、国民の食糧事情を改善するのには、正直、時間を要するのではと思っております」
「わかりました。また一度、シーダム王国に持ち帰りまして、その件もルートロック殿下に伝えておきますね」
■■■
次の日。
アラマンダはルートロックが送ってくれたドラゴンに乗って、無事帰国することができた。
とはいえ、ドラゴンは毎日、シーダム王国とファイ国を行ったり来たりして二人の文書を運んでいたから、いつでもアラマンダが帰国しようと思えばできる状態にはあった。
「アラマンダ!!! 心配したよ。そなたの無事を直接会って確認するまで、安眠できなかったくらいだ」
「うふふふ。大げさですわね。でも、ご心配おかけ致しました」
「いや、こちらこそ大変な時に何も手助けしてあげられなくて申し訳なかったと思っているよ」
「牢屋に入ったのは……しかも、他国のですけれど、初体験でしたわ。石床で寝るのは至難の業ですわね」
アラマンダは苦労話を、笑い話に変えてルートロックに報告した。
もちろん、最後に会った時にユイン王子が食糧難で餓死者が出ているという話も伝える。
「う~ん。どうだろう。国交を結ぶのは、もう少しファイ国が落ち着いてからにしようと国王陛下に進言しようと思っている。為政者が変わるとこちらにも少なからず影響があるからな。でも、食糧難で苦しむ民には他国だけれど、手を差し伸べようと思っている。恩は売れるだけ売っておきたいしな」
「そうですわね。食糧難民が出てくると、他国へ流入してくる可能性も出てきます。このシーダム王国までやってくるとは思いませんが、価格変動の影響はこちらまで出てくると思いますわ」
「同意見だ」
「……それで、ご相談があるのですが、メオ様は猫の神様ですけれど、豊穣の神様というのはご存じでしたか?」
ルートロックは、顔を上げて自分の考えを述べる。
「実はアラマンダが、聖獣召喚の儀で猫を召喚してから、調べてみたんだ。そなたは猫の神様は「豊穣」に関わっていると理解していたから……召喚したのではないかとね」
「うふふふ。私のこと、よくおわかりになっていらっしゃいますね。そうなのです。豊穣の神様であれば民が飢えることがないと思いまして、猫の神様を召喚したかったのです」
「ということは、メオ様を連れていけば一気に食糧難の問題は解決できるのか?」
「メオ様にお聞きしたら、メオ様をお連れして『えいっ!!』とすれば一気に作物が育つそうなのです」
アラマンダもルートロックもにわかに信じがたいけれど、メオ様ができるとおっしゃっているのであれば可能なのだろう。メオ様は嘘は言わないし、元からレベル9999超えの能力を有していることはわかっていた。
「じゃあ、ここは一気にメオ様に『えいっ』とやってもらって、サクッと作物を蘇らせてもらおうか」
「そうですね、そういたしましょう」
アラマンダの指輪の中で、話を聞いていたメオは
「人使い……違ったにゃ、猫使いが荒いにゃ~」
と愚痴をこぼしながらも、それが一番手っ取り早い方法だからサッサと行って、ファイ国の土地を豊かにしてこようと思っていた。
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再び、ドラゴンの上にルートロック、メオ、アラマンダは跨り、ファイ国を訪問した。
ルートロックは、今回上空からメオ様が『えいっ』と豊穣の力を与えるだけの御業を自分の目で確認するためについて来ただけで、ゴタゴタの収まっていないファイ国の王城に立ち寄る予定はなかった。
「では、行くにゃ。えいっ」
上空で、メオ様は前脚を上に挙げて、下に振り下ろす。
すると食べつくされてしまっていた稲が瞬く間に、元の元気を取り戻して生き生きとしていく様子が確認できる。
「お~~~。さすがだなぁ」
「すごいですわ、メオ様」
「それっ」
気分が良くなったメオは、どんどん前脚を振り下ろし辺り一面の稲や小麦畑を再生していくと、隣の村、その隣の町と空を移動しながら豊穣の力を施して行く。
ファイ国、全域を空から周りその日はシーダム王国にとんぼ返りした。
■■■
数日後。
ファイ国から豊穣の力を与えてくださりありがとうございますというお礼が、ユイン王子から届いた。
どうやら、寝台の上で文章を書くのは許可されたらしい。
今回、ファイ国にアラマンダが毒餌の材料を持って滞在している間に、ルートロックが何もしなかったわけではない。
アラマンダが用意しておいて欲しいという「サツマイモ」の苗を入手して、ファイ国に向かうドラゴンに持たせていたのだ。
アラマンダは前世の森野かおりの時の記憶から、歴史上、食糧難を乗り切るためにサツマイモが植えられて生き抜いたことを思い出し、その苗がこの大陸にないのかルートロックに探してもらっていたのだ。
そのサツマイモはこれからファイ国で育てていくことで、さらに食料不足は解消されると思われる。
そのサツマイモの苗のお礼から始まったユイン王子の文章を読み続けていくことと、後半におかしなことが書かれていた。
ルートロックは、この文章を読むまで、一つ大きなミスをしていることに全く気が付いていなかった。
「何々……この度は、ファイ国への多大なるご支援ありがとうございました。
……我が国では、先日、不思議な光景を目撃したと民が口々に述べております。
『大きなドラゴンに乗った、美しい女神が、イケメン従者と共にファイ国全土を飛び回った瞬間、農作物が命を吹き返す光景を見た』
という目撃情報があり、ファイ国に豊穣の女神が加護を分け与えて下さったと人々は涙を流して喜んでいるそうです……と」
「あれ?」
「ん?」
アラマンダとルートロックは一つの重大なミスに思い至った。
「あの時、ドラゴン様、『隠ぺい魔法』をかけ忘れていたのでは……」
「私も今、気が付いた。確かに丸見えだったような気がする……」
そして、ルートロックはアラマンダを指差した後、自分の顔に向かって指を差した。
「アラマンダが豊穣の女神で……私がイケメン従者……」
「はははははははは」
「うふふふふふふふ」
二人は顔を見合わせてから大笑いをした。
ドラゴン様は見られてしまったが、今回、本当の豊穣の神である猫の神様、メオ様に誰も気が付いていないのも、それはそれで気の毒なような気がした。
その後、指輪の中から二人が大笑いする声を聞いて、自ら飛び出してきたメオが、
「縁の下の力持ちだから……気が付かれていなくても、悔しくないにゃ……。でも、でも……我は今回、結構頑張ったのににゃーーーーーー!!!」
と叫んだのは言うまでもない。
こうして、無事、ファイ国の件は解決したのである。
アラマンダはこの後、メオの好物、魚型のマドレーヌをたんまりと用意したことで、メオの機嫌はすぐに良くなった。
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連作短編①~⑩まで連載版として、今後、投稿を予定しております。