神子様召喚
ある一部の人間に王道学園と呼ばれているこの全寮制男子高校に、季節外れの編入生がやって来たのは今から1ヶ月前のことだった。
はじめこそボサボサの頭に分厚い眼鏡をかけていた彼は、3日後にはその変装を解いて今や学園のアイドルとして祭り上げられてる。
サラッサラの金髪に濡れたような碧の瞳。
陶器のように滑らかな肌に薔薇色の唇。
性別を超越したその美貌は、神に愛されているとしか思えないほどの美しさだ。
性格も明るくて元気いっぱいで強くて優しくて誰にでも平等な凄い人。
ちょっと元気過ぎたり強引だったりするけど、人見知りが激しくて引っ込み思案で不細工な僕にも別け隔てなく接してくれる度量の大きさもある。
それどころか親友にまでしてくれたとっても心の綺麗な人。
編入生こと日向君を好きな人はたくさんいるから、僕はその人達に嫉妬されて陰口を言われたり叩かれたり蹴られたりしてる。
だけどそれは仕方がないと思うんだ。
素敵な日向君と僕じゃ釣り合わないし、みんなが拗ねてしまう気持ちもわかるから。
日向君に引っ張られて、生徒会様や風紀委員会様や親衛隊様に睨まれて、授業を受けて、みんなでご飯を食べて…そんな毎日が卒業まで続くものだって、僕は勝手に思い込んでいたんだ。
「ここ何処だよ!! お前たち誰だ!?」
隣で大声を上げる日向君に、僕も激しく同意したい。
いつものように日向君に腕を引かれていたらいきなり地面に吸い込まれて、次に目を開けた時には全く別の場所にいたんだから困惑するのも当たり前だよ。
こんなベルサイユ宮殿みたいな豪華な広間に、しかも目の前にはズラリと美形さん達が並んでたら日向君じゃなくても驚くよね。
「何ということだ…」
日向君の問い掛けに答えることなく僕たちを穴が開くほど凝視していた美形さんの一人が、ワイルドな顔立ちに困惑を滲ませて呟く。
「二人…?」
こっちの長身美形さんも戸惑ってるみたいだ。
「どちらが神子様なのでしょうか…」
長髪美形さんも険しく眉間に皺を寄せている。
どうやら僕たちが二人だということが問題みたいだけど、それにしても何て迫力のある美形さん達なんだろう…
学園で日向君の周りにいた人達も物凄い美貌だったのに、今目の前にいる彼等は格が違う感じがする。
例えるならプロとアマみたいな…
「おい! 俺を無視するな!! あっ、そうか! まずは自己紹介しなくちゃな!! 俺は光枝日向っ、日向って呼べよな!! ほらっ、早くお前たちの名前を教えろよ!!」
さすが日向君。
中世っぽい甲冑とか長いマントとかローブとかを身に付けている、明らかに日本人じゃない容姿をした帯刀している人に臆することなく話しかけられるなんて、僕じゃ絶対に無理だ。
だって、きっとここは日本じゃない。
もっと言ったら、多分ここは地球でもない。
俄には信じられないけど、僕たちは世に言う異世界トリップなるものを体験してしまったんだと思う。
それなのにいつもの調子でお喋りできる日向君は、やっぱりただ者じゃないよ。
恐らく、彼らが言っていた神子っていうのは日向君のことなんだろうな。
「挨拶が遅れた。俺はアザライン帝国第154代目皇帝、ジュリフェだ」
黒髪に金眼のワイルドな人はここの王様だったんだ…
「聖騎士団団長、ソーマ」
燃えるような赤い短髪の長身さんが胸に手を当てて片膝をつくと、背後に控えていた甲冑の人達もザッと一斉に膝を折る。
きっと騎士団の人達なんだろうな。
「私は宰相のレゼルニーンと申します」
真っ白の長髪美人さんは優雅に一礼をした。
見ただけで神子だとわかる日向君にだけじゃなくて、僕に対してまで敬意を払ってくれようとする皆さんの姿に感動してしまう。
だってこの人達は、国を担う最前線にいるような凄い立場の人なんだよね?
これがもし学園の人達だったら、絶対に自分より劣る人になんか礼を尽くしたりしないよ。
「ジュリフェにソーマにレゼルニーンだな!!」
「ひ、日向君…呼び捨てだなんて、王様たちに失礼だよ…」
「何言ってんだよっ、結斗! 友達を呼び捨てにするなんて当たり前のことだろ!? そんなんだからいつまで経っても俺以外の友達ができないんだぞ!!」
「あ、う……ごめん、ね?」
僕に日向君以外の友達がいないのは真実だから反論できない…
さすがに申し訳なくなっちゃって王様たちへと伺うように視線を向けるけど、予想とは違ってそんなに気にしていないみたいで安心した。
良かった。
やっぱり日向君はここでも人を惹き付けるんだな。
「貴方はユイトというのだな」
「響きが綺麗」
「皇帝と同じ黒髪だというのに、なんて艶やかなんでしょう」
……あれ?
日向君に魅了されてた…んじゃないの?
皆さんの視線が僕に集中しているような気がするんですが。
「えっ、と…あの、僕…」
「結斗なんかじゃなくて俺を見ろよ!! 話なら俺が聞いてやるからっ、な!!」
そうだよ、日向君の言う通りだ。
貧弱で不細工な俺なんかより、綺麗な日向君を見た方がいいに決まってる。
「……そうだな、話をしなければ進まんな」
「この世界を救うには神子様が必要」
「今大陸を襲う異常気象を抑えることができるのは、清らかな心を持つ神子様の祈りしかないのです。だから異世界から神子様を召喚したのですが…」
なるほど、大体のことはわかった。
とりあえず僕は、呼ばれもしないのに日向君について来ちゃったってことなんだよね?
だから皆さんが混乱してしまっていると…本当に申し訳ない。
「俺って神子だったのか! みんなから天使とか姫とか言われてたけど、やっぱり俺は特別な人間なんだな!! 仕事とか面倒臭ぇけど、仕方ないから祈ってやらなきゃな!! だって俺はこの世界の救世主なんだからな!!」
世界なんて10代の僕たちにとっては重責過ぎると思うのに、日向君ってば簡単に引き受けちゃうんだからやっぱり凄いよ。
「いきなり連れてきておいてすまないが、早速神の加護を受けて貰いたい」
「今すぐに祈りが必要」
「この大地は今、乾ききろうとしているのです」
「任せとけよ!! そんなの俺にかかれば朝飯前だ!!」
不安そうな彼らの言葉を聞いても臆することのない日向君に感心していると、僕たちの前にズルズルと長いローブを引き摺りながら神官らしきお爺さんがやって来た。
日向君だけじゃなくて僕にまで手を翳しているのは、念のために僕にも神の加護を与えてみようってことなのかな?
何だか申し訳ないような気持ちになって、お爺さんが厳かに異国の言葉を唱えている間中僕は静かに目を閉じていた。
隣にいた日向君にも荘厳な雰囲気が伝わったのか、普段ではあり得ないほど長い時間声を出さなかった。
お爺さんの言葉が終盤に入った頃、その異変は唐突に起きた。
何だか体の奥からポカポカと暖かくなってくる。
「何だよ、これ…っ! 体が熱くなってきたぞ!?」
隣からも困惑の声が上がってるから僕だけじゃないんだと安心できたけど、日向君の声がどんどん大きくなるものだから僕もつられて目を開けてしまった。
「うわ…っ、光ってる」
僕たちの体が淡い光を放っている。
目を開けていられないほど強くなっていく光に、僕と日向君はきつく目を閉じた。
それは一瞬だったのか。
いつの間にかお爺さんの言葉も終わり体の熱も感じられなくなると、周りにいた人達が感極まったようにおぉっ!と声を上げた。
「素晴らしい…何という清らかな姿…」
「こんな綺麗な人、見たことがない」
「まさに神と心を通わすことができる唯一無二のお方ですね」
うわぁ、日向君ってば凄い誉められ様だな。
まだちょっと目がシバシバするけど、もしかしたら神の加護を受けて日向君の美貌に変化が訪れたのかもしれないと思うと我慢ができなくて、僕は何とか瞼を持ち上げて隣を見た。
そこには日向君がいるはずだった、んだけど…
「………えっと、どちら様ですか?」
でっぷりと太った体に若干ボリュームの足りていない髪の毛、ソバカスやオデキでボコボコの肌に団子っ鼻。
盛り上がった頬のお肉のせいで細くなっている瞳に、タラコ唇の間から覗く出っ歯。
僕の隣にいたのは、全く見たことのない人だった。
「何と醜悪な…っ」
「醜い」
「ここまで酷い姿をした者など、未だかつて見たこともありませんよ」
一瞬僕のことを言われたのかと思ったけど、皆さんの目は僕の隣へと向かっていた。
「何言ってるんだよ! いくら結斗が不細工だからって酷いこと言い過ぎだぞ!!」
え…
えぇっ!?
どうしてこの見たこともない人から日向君の声がするの!?
「何を言うか。ユイトを見てみるがいい」
「はぁ!? 今更結斗の顔を見たって……なっ!? お前誰だよ!!」
日向君の声で話す人が、僕を見て驚いている。
そんなに驚くほど不細工なのかな…
「ユイト様、鏡をご覧ください」
ショックを受けているとレゼルニーンさんが姿見を持ってきてくれた。
そしてそこに写っていたのは…
「は…? え、これ…僕?」
艶やかな黒髪に長い睫毛に縁取られた瞳は星を吸い込んだように輝き、真珠のような柔らかな色合いの肌はプルプル卵肌。
桜色の薄めの唇にスッと通った品のいい鼻、しなやかな四肢を持つ絶世の美人。
それが鏡の中で僕の動きと同じように動いているものだから、もうビックリどころの話じゃない。
「神の加護は心の具現化」
「心の有り様が見た目として現れるのだ。だからこそ神子であるユイトは美しく、自惚れの酷い愚か者は醜くなったというわけだ」
それってもしかして、今僕の隣にいる人が日向君だってこと?
「ふっ、ふざけんな!! 俺の心は綺麗に決まってるだろ!? 俺にも鏡を見せろっ、結斗なんかに俺が劣るわけが…ッ…な…何だよ、これ…嘘だっ! 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だッ!! 俺がっ俺の顔がぁああっっ!!!!」
「神子様よ、この者の心は誠に醜かったのじゃ。神子様はあちらの世界で周囲から疎まれておったが、それは全てコヤツが裏で糸を引いておったのじゃよ。己の引き立て役として、苛立ちをぶつける相手として、神子様を虐げて陰で嘲笑っておったのじゃ」
憤りを滲ませているお爺さんの言葉に嘘はないんだと思うけど、僕には怒りや憎しみの感情は生まれなかった。
どんな人だって、どんなに姿が変わったって、友達は友達だから。
「こんなにも心清きユイトを蔑むなど、理性ある人間のすることではない」
「醜い心の持ち主に言っても無駄」
「ソーマ殿の言う通り。ユイト様のお連れには早々に帰還して頂きましょう。あ、ちなみに一度神の加護を受けるともう二度と戻ることはできませんので」
皆さんが話している間もずっと喚き散らしていた日向君は鬼気迫るものがあった。
その後…僕は半信半疑だったけど神子としての役割を果たすために祈りを捧げることになって、元の世界に帰っていく日向君を見送ることができなかった。
結果的に僕の祈りで雨が降ってこの世界は救われたらしいんだけど、まさかジュリフェさんとソーマさんとレゼルニーンさんの3人から求婚されることになるだなんて、さすがの神様もわからなかったに違いない。
そして僕は今日も祈る。
二つの世界の安らぎと、遠く離れた友達の幸福を―――
【end】