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飛空艇の補強すべき箇所

 空軍の一翼を担う幹部の一人、グロー・リッチは苛立っていた。敵国マロメナとの国境付近での戦闘に、彼の虎の子の空挺第一部隊が思いの外手こずっていたからだ。

 対空迎撃がないと思われていた相手の部隊には優秀な砲撃部隊があり、近づくと砲撃を受けてしまうのである。情報では敵の部隊の砲台は飛空艇が飛ぶ距離には届かないという事になっていたのだが、どうやら偽情報をつかまされていたらしい。

 既に撃ち落とされてしまった飛空艇も多い。戻って来た機体の多くも傷つき、機体の修理は間に合っていなかった。下手すれば、燃料や食糧の備蓄切れで、敗けてしまう可能性すらも漂い始めている。

 ただし、希望がない訳ではなかった。高い高度への砲撃は、威力は随分と落ちる。だから、的確に飛空艇を補強すれば敵の砲撃に耐えられるようになり、戦況をひっくり返せる可能性が高かったのだ。

 「多少無理をしても構わん! なんとしても飛空艇の耐久力を上げろ!」

 ふくよかな肉体を震わせながら、グローはそのように部下達に檄を飛ばした。部下達は飛空艇が頻繁に傷つく箇所に補強を施そうとしていた。恐らく、その部分に敵の砲弾はよく当たるのだろう。

 が、そんな飛空艇の修理工場に、フラッとオリバー・セルフリッジという名の経理部門の役人が現れたのだった。

 グローは彼を警戒していた。

 

 ――人間には様々なタイプがいる。そして、そのタイプは、生物の生存方略に根があるとも言えるかもしれない。生物は己と同じ遺伝子を残そうとする本能を持っている。その為に進化して来た。が、何を持って“己と同じ遺伝子”とするのかには幅がある。自分の親類縁者のみを“己と同じ遺伝子”と捉える者もいれば、自分達とは異なった肌の色をしていたとしても、“己と同じ遺伝子”と感じる者もいるだろう。

 そして、このオリバー・セルフリッジという男は、恐らく、世界中のどんな人間も“己と同じ遺伝子”と感じるタイプの人間だ。だから当然戦争には反対しているし、できる限り平和裏に事を治めようともする。彼は平和主義者で間違いなくお人好しなのだ。

 もし仮に、それだけなれば、ただの穏やかな男なのだが、この男はそれだけではなかった。

 異様に狡猾なのだ。

 知恵が回る。

 だから、グローは彼を警戒していた。

 

 「困っているようですね、グローさん」

 落ち着いた表情でセルフリッジは彼にそう言った。苛立ちを隠そうともせずにグローは返す。

 「一体、何の用だ! 断っておくが、今更戦闘は中止にはできんぞ! 既に金をかなりかけてしまっているんだ!」

 彼はセルフリッジが、戦況の悪化を受けて自分を説得しに来たと思ったのだ。ところがセルフリッジは涼しい顔でこう言うのだった。

 「そんなつもりはありませんよ。ただ、戦況をひっくり返す方法を提案しに来ただけで」

 それを聞いて、グローは大きく目を見開いた。

 「なんだと!」

 背の高いセルフリッジの痩せた両肩を掴むと、激しく体を揺すりながら彼は続けた。

 「教えろ! 今すぐにそれを教えろ!」

 狡猾な男ではあるが、セルフリッジは嘘はつかない。激しく揺すられながら彼はそれに応えた。

 「もちろんです。ただし、条件があります」

 ピタリとグローは動きを止める。

 “やはりか。こいつがただで知恵を貸すはずがない”と内心で思いながら言う。

 「条件はなんだ? 言え」

 「僕の案で、敵が戦意を失ったなら、相手を決して傷つけないという条件で、降服勧告を行ってください」

 「傷つけない条件?」

 「はい。殺傷はしない。奴隷にもしない。賠償金や領土は貰いますが、住人の権利は保障する」

 一瞬、グローはそれに口をつぐんだ。

 グローは実は民族主義者ではない。肌の色だとかに拘るつもりもない。ただ、地位や名誉や富には興味があって、民族主義者達を利用してやろうと思っているから、その振りをしているだけだ。だから、それでも別に良かったのだが、相手国の女を抱きたいだとか、奴隷にしたいだとか思っている連中は絶対に兵士の中にはいるのだ。そういう連中に不満を抱かせる事になってしまう。だから、迷っていた。

 が、そのタイミングで、脅すようにオリバー・セルフリッジは「どうするのです?」と尋ねて来た。

 グッと歯を食いしばると、グローは返した。

 「分かった。その条件を飲もう。相手国の住民の権利は保障する」

 にっこりと笑うとセルフリッジは言った。

 「分かりました。では、策を言いましょう」

 

 「……本当に補強する箇所は、ここで良いのですね?」

 

 飛空艇の修理工が不安げな顔でグローに質問をした。「そうだ、そこで良い」と彼は答える。もしセルフリッジの案が間違っていたら、埋め合わせをするという言質は取ってあった。

 オリバー・セルフリッジは、なんと飛空艇の傷ついた箇所ではなく、無傷だった箇所を補強するようにと言ったのだった。

 彼はこう説明した。

 

 「何故、傷ついた飛空艇が撃墜されずに戻って来れたのかといえば、それは撃たれてもあまり支障がない部分が撃たれたからです。逆に言えば、その他の部分は重要な箇所である可能性が高い事になります。

 撃墜されてしまった飛空艇は、恐らく、その重要な箇所を撃たれたのでしょう」

 

 その考えが正しいのなら、補強するべきなのは傷ついていない箇所という事になる。だから、その中でも構造的に重要だと分かる箇所を、グローは補強するようにと指示を出したのだ。

 修理工は、直感に反するその指示に疑問を持っていた。だから彼に「本当に良いのか?」と訊いたのだ。

 実を言うのなら、本当にそれが正しいのかグロー本人も不安に思っていたのだが、表面上は取り繕っていた。

 

 “本当に大丈夫なのだろうな? オリバー・セルフリッジ!”

 

 ――がしかし、オリバー・セルフリッジは正しかった。

 彼の案により撃墜される確率が減った彼の飛空艇部隊は瞬く間に戦況をひっくり返し、相手部隊を圧倒してしまったのである。

 グロー・リッチはセルフリッジとの約束通り、相手国の住人の権利を保障した。そのお陰で敗戦したにも拘わらず、住人達は無事に生活ができていた。

 実を言うのなら、グローは彼との約束を破る事も考えていた。だが、結局、破らなかった。セルフリッジを敵に回す事を恐れたからだ。

 そして、こんな事も考えていた。

 

 もしも、オリバー・セルフリッジが私利私欲の為にその知能を使っていたら、果たしてどれだけの富を築けていたのだろう?

 

 ただし、彼がそれができない人間である事も、彼は知っていたのであるが。

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