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第2話 出会いの春

俺が絵というものに衝撃を受けたあの文化祭から半年弱が経った今日。

俺は新品の制服に身を包んで、入学式に参加していた。

少しオーバーサイズなそれは、いかにも新入生という雰囲気を感じさせる。


この白木山高校は、特段入試の難易度が高いというわけではなく、一般的な高校受験生と同程度の勉強量をこなせば、まず不合格になることはない。

だから俺も、猛勉強とまではいかないが、人並みには勉強をし、無事に合格を果たした。


1学年200人弱の規模だが、通っていた中学からほど近い場所に位置し、周りにほかの高校もないので、ほとんどの同級生がこの高校を受験するため、中学の頃とメンツはほぼ変わらない。

他の中学から入学する生徒が3割くらいを占めるが。


中学時代は、何から何までそれなりの生活を送ってきた。

部活はバドミントンを遊びのような気でやっていたし、勉強も際立ってできるというわけでもなかった。

高校でも、普通に毎日学校に行って、勉強して、部活も何か気になるものをやって、テストを受けて…

という生活をしようと思っていた。


そんなのほほんとした考えの俺は、入学式後に行われた、新入生向けの部活動紹介に参加していた。

各部活動がそれぞれの特徴をPRする場で、どの部活に入るかを決める貴重な判断材料となる。

既に入る部活を決めている人もいるだろうということで、参加はあくまで個人の判断に委ねられていた。


俺は中学からの友人に誘われて行ってみることにしたのだが、序盤はあまりめぼしいものはなく、正直なところ退屈さを感じていた。


「続いて美術部の発表です」

その一言で、俺の意識は一瞬でそちらに持っていかれる。

文化祭の時に強烈なインパクトを残したあの美術部の勧誘だ。注目しないという選択肢はない。


壇上に上がったのは、二人の女子生徒。

俺が座るのは会場の後ろの方だったので、顔までは確認できない。

1人はショートヘアで、もう一人はロング。莉佳に見えないこともないが、果たして。

最初はショートヘアの方が喋るようだ。

「私たち美術部は、基本的に毎日の放課後、美術室で活動しています。毎日活動といっても、参加するのは週に2,3回という人が多いです。文化祭で展示をしているので、見たことがあるという人も多いのではないでしょうか」

「みんながみんな最初から絵がうまいわけではありません。私たちはうまい下手ではなくて、それぞれが納得できる表現の形っていうものを日々探しています。皆さんも、絵を描いたり、自分の思っていることを表現したりしてみませんか?ぜひ美術室に遊びに来てください!」

会場内はそこそこの音量の拍手に包まれる。

声と、言っている内容からして、ロングヘアの女子は莉佳で間違いないだろう。

俺は迷いに迷っていた。


文化祭で彼女の絵に触れ、自分も描いてみたいと少しだけ思った。

美術部に入ろうかとも考えてみた。

だが何せ、絵など美術の授業でしか描いたことがない。

通知表での評価だってせいぜい3か4だ。自分でもうまいとは言えない出来栄えだったと自覚はしている。

本当にそんな自分が美術部に入り、絵を描いてもいいのだろうか。


「ねぇ少年!私のこと覚えてる?」

俺の思考の渦をかき分けるかのように、突如として清野莉佳は、俺の視界に入ってきた。


「うぉお、き、清野さん…いや清野先輩…ですよね…?」

「そうそう清野!よく覚えてくれてたね。いやぁ、後輩君がこの高校に来てくれて嬉しいよ~!それで、入る部活は決まった!?」

壇上での発表直後で、アドレナリンが出ているのかわからないが、食い気味かつハイテンションで莉佳は尋ねてきた。

「い、いやぁまだ決めかねてて…あ、美術部って、本当に初心者でも大丈夫なんですか…?」

「そりゃもうもちろんだよ!えー何よ、もしかして気になっちゃってる感じ?」

「えぇと、まぁ、そうですかね」

「ほんとに!?それなら話は早い!行こう!!」

「え!?あぁ、ちょっと!」

そう元気よく声を上げると、莉佳は俺の手を引いて、歩き始めてしまった。


まったく、どこまでも自由な人だ。


「あ、あの先輩、どこ行くんですか?」

「そんなの、美術室しかないじゃん?今日ものんびり活動してるから、見て行ってよ」

「え、えぇ…」

いつの間にか、莉佳とともに壇上で発表していた人はいなくなっていて、俺は莉佳に手を引かれたまま校舎内を早歩きで移動していた。

莉佳は足が長く、歩幅が大きいので、手を引かれながらだと、こちらは疲れてしまう。


だが、思ったよりも早く俺たちは目的の場所へ到着した。

「さ、着いたよ!美術部へようこそ!新入生!」

「まだ入るとは言ってないですけどね…」

そう言いつつも、俺はその部屋の中へ足を踏み入れる。


中は絵の具の香りが漂っているが、絵を描いている部員の姿は見当たらない。

「えっと…ほかの部員さんは…?」

「あぁ、うーんとね…実はこの部活、私とさっきステージで話してた先輩と、あと幽霊部員を含めて6人しかいなくてですね…」

「あっ…そ、そうなんですね…アハハ…」

まさかの事実を莉佳から告げられ、俺はどう反応していいのかわからずに苦笑いを浮かべてしまう。


「だ、だから!こうして後輩君が入ってくれて、私としてはめちゃくちゃにうれしいわけ!先輩も文化祭で引退しちゃうし、来年まで一人で活動するのはやっぱりさみしいじゃん?」

「確かにそうですね…」


「この私の切実な思いを無視してまで、君はほかの部活を選ぶのかい?ん?そこのところどうなんだい?」

「先輩…近いです…」

パワハラまがいのことをされてもなお、俺の心は迷っていた。

やはり一番の懸念は、俺の美術の経験が乏しいことだ。


「先輩のお気持ちは、よくわかりました。それと、この美術部についても、少しだけ。でも、もう少しだけ考えさせてください!俺、絵なんて美術の授業でしか描いたことないし、授業でも上手い作品は描けなかったし…」

「そっか。わかった、ありがとう。でもこれだけは言っておくよ。私は絵の上手い下手じゃなくて、いかに見る人の心を掴んで、自分の世界に引き込んで、考えさせるかっていうことが大切だと思ってる。だから、その…上手い絵を描く必要なんてないんじゃないかな。上手いか下手かなんて、誰にも絶対的には決められないじゃん」

「っ…そう、ですね。ありがとうございます」

莉佳の口調は、俺の腹の中で、何かがストンと落ちるようなものだった。


どうやら彼女には、絵で人を動かす力だけでなく、言葉で人を動かす力もあるらしい。


とりあえずその日は、美術室を後にする俺だった。

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