008 黒い靄の森
男が連れて行かれた後、俺もすぐに小屋を出た。
あのパワフルな爺さんが戻って来て、もし襲いかかられたら絶対に勝てんからな。
成豚と成人で闘ったら確実に豚に軍配が上がるだろうが、この世界では人間にもレベルがある。
基本スペックで勝る豚であっても、高レベルの人間には手も足も出ずに即生姜焼きだ。
あ、生姜焼き食いたくなって来たなぁ。
この世界って生姜あるんかな?
暫く歩くとすぐに森を抜けれた。
獣しかいない小規模の森だったようだ。
御者のおっさんが言ってた通り、本来魔物もいない平和な場所だったんだろうな。
のんびり暮らすだけなら獣という食糧も豊富だし、いい場所だったんだろうが、俺はまだ隠居するつもりは無い。
豚の寿命が10年程度しかないと言っても、強力なスキルを得られれば長生き出来る可能性だってある。
だから俺は敢えて魔物を求めて旅をするのだ。
しかし森を抜けた後もなかなか魔物には巡り会えなかった。
そりゃあ魔物が頻繁に出るような場所だったら養豚なんて出来んわな。
あの狼のような魔物がいたのは本当にたまたまだったようだ。
ならば何処へ行けば魔物に出会えるのか?
全く分からん。
そもそも魔物の生態も分からないから、どの方角に進めばいいのかも分からん。
こういう時こそ索敵系のスキルがあれば便利なんだがなぁ。
取得スキル一覧にはそれらしいスキルは出ていない。
となると魔物の核を食う必要が出てくる訳だが、それは索敵を持っている魔物を食わねばならないという事。
索敵持ってる魔物をこっちが見つけるの難しくね?
簡単に逃げられてしまう気がするわ。
願わくば索敵を使って貪欲に捕食するような魔物——って強そうだから倒すのが難しいわな。
そうそうこっちの思い通りにはいかんか……。
そうして彷徨う事数日。
俺は妙にどんよりしている森に足を踏み入れていた。
日が差し込まない訳ではないのだが、変に薄暗いというか、黒っぽい靄のようなものも所々掛かっている。
今にもお化けが出そうという感じなのだが、アンデッド系の魔物が出たらどうしよう?
スケルトンなら悪食でなんとかなりそうだけど、レイスみたいなのはどうにもならんやろ。
でもあの黒っぽい靄は、あの狼の魔物が纏っていたものに似ている。
つまりここには魔物がいる可能性が高いって事だ。
勝てそうにない敵が出たら逃げる事にして、もう少し奥まで探ってみるか。
五感を頼りに周囲に何かいないか注意して進む。
こういう時こそ常時展開できるパッシブな索敵スキルがあるといいよなぁ。
自力の鍛錬でスキルって習得出来ないものかね?
ふと、俺の耳に何かが争っているような音が聞こえた。
金属がぶつかり合うような硬質な音だ。
金属を扱うって、魔物じゃなくて人間じゃね?
人間にとって俺はお肉でしかないからなぁ、今はまだあんまり会いたくないんだが……。
でも明らかな戦闘音だし、一応様子は覗っておくか。
不気味な黒い靄が漂う中を、音を立てないように移動する。
少し進むと、一人の人間の女性が、その女性よりもやや身長の低い人型の生物と闘っていた。
人型の生物と言ったのは、それが物語に登場するゴブリンに酷似していたからだ。
まぁ異世界だし、あれは確実にゴブリンだよな。
2匹のゴブリンの連携にやや押され気味の女性。
美しい赤髪が乱れる程頑張っているようだが、振るう剣に力が入らなくなってきてるようだ。
徐々に防戦一方になっていき、このままでは危ないだろう。
俺は豚だけど元人間だから、やっぱり人間に味方したくなっちゃうんだよな。
あとゴブリンどもの下卑た顔が気に食わないし。
と思ってたら、木の上にも一匹ゴブリンがいるのがたまたま視界に入った。
「ギャギャッ!!」
まずい!上からも攻撃を仕掛けるつもりだ!
俺は咄嗟に、飛び降りたゴブリンに向かって突進した。
「ぶひぃっ!!」
「グギャアッ!?」
女性に飛びかかる直前で俺の牙がゴブリンの腹を捉える。
そのままの勢いでゴブリンを木に叩きつけた。
脇腹を抉られて、更に俺の体重をモロに浴びたゴブリンはそのまま絶命した。
「なんだっ!?ぶ、豚!?」
女性が困惑しているが、そんな場合じゃないだろ。
ゴブリン達は隙を見せた女性に向かって剣を振りあげる。
させるか!
俺は即座に、ゴブリンの足下に土豚の術で穴を穿った。
バランスを崩したゴブリンは前のめりになって、危うく剣を落としそうになる。
そのゴブリンの元へ走り、喉笛に噛み付いて一撃で仕留めた。
「ギャッ!?」
仲間がやられた事で同様したゴブリンは逃げようと踵を返す。
しかし、それを逃さずに女性はゴブリンを背後から斬りつけて仕留めた。
ふう、とりあえず一件落着かな?
と思ったら、女性は剣を納めずに俺の方へ向けて来た。
「くっ、こんな魔物は見た事が無い。豚型のようだが、私に対処出来るだろうか?」
いや、対処しようとすんな!
助けてあげたんでしょうがっ!




