007 焼肉
お昼寝タイムも終了し、日が傾き始めて周囲がオレンジ色に染まる時間。
本来のこの小屋の住人が帰って来たようだ。
ガチャリと鍵が開き、また中に俺が居た事で男は呆れた声を出した。
「またお前か。鍵掛けてるのに意味ねぇな。どっから入ってるんだよお前……」
床に開いた穴は土豚の術で綺麗に塞いであるから、まさか俺がそこから出入りしてるとは思ってないようだ。
それにしてもこの男、狩人みたいな装備なのに獲物全く持ってないな。
まさか空間収納持ちか?
「今日も獲物が捕れなかったから、もう丸3日何も食ってねぇ」
ただのボウズかよ。
その弓と剣は飾りかね?
ったくしょうがねぇなぁ。
俺自身を肉として差し出すのは勘弁して欲しいが、幸い今ここには俺のおやつがあるから分けてやるとするか。
俺はトナカイの足を一本食いちぎって男に向かって投げてやった。
「おわっ!な、なんだ!?」
「ぶひっ」
「ん?くれるってのか?」
「ぶひぶひ」
俺が首肯すると、男は目を見開いた。
「お前、俺の言葉が分かるのか?」
「ぶひ」
再び首肯すると、男は少し警戒するそぶりを見せた。
「マジかよ……。上位の魔物の中には人語を介する奴もいると聞くが、お前も魔物なのか?」
「ぶひぶひ」
首を横に振って否定した。
「魔物じゃねーのかよ。でも明らかに俺の言葉を分かってるって、変異種か何かか?まぁ今は腹減りすぎてどーでもいいわ。これ、マジで貰っていいのかよ?」
「ぶひっ」
「じゃあありがたく貰っとくわ。さすがに生じゃ食えねーから、ちょっと火を起こすか」
やっぱ生は良くないのか。
俺は悪食スキルがあるから平気で食えてるけどな。
小屋の中央には暖を取るための囲炉裏がある。
男はそこに薪らしき木片と枯れ葉を入れて、火打ち石で火を付けた。
魔法が見れるかと思って密かに期待してたけど、魔法使わないんかい。
3日も食ってないから魔力も尽きてるのかな?
魔力って空腹と無関係に使えそうなイメージだったけど。
火が強くなって来たところで、男はトナカイの足を火に近づけて焼き始めた。
香ばしい臭いが小屋中に立ち込めて、俺も焼いた肉が食いたくなってしまった。
俺はもう一本トナカイの足を食いちぎり、それを火の近くに刺した。
「あん?お前も肉を焼いて食うのか?野生の豚かと思ったら、妙に人間臭い奴だなぁ」
そりゃ元人間ですもの。
トナカイの肉を焼いて互いにほおばると、肉汁が溢れ出して生とはまた別格の美味さが口の中に広がった。
生でも美味いと感じるのは悪食のお陰で、やっぱり普通に焼いた方が美味いんだよな。
味覚が完全におかしくなってる訳じゃない事にちょっとほっとした。
男は味とか関係無いようで、貪るように肉にかぶりついていた。
この世界の人間の体力とか良く分からないが、さすがに3日も何も食ってなかったら腹減るわな。
最初に出会った時はどうなるかと思ったが、腹が満たされた事で俺達の間には上手くやっていけそうな雰囲気が漂い始めていた。
この世界で初めてコミュニケーションが取れた人間だ。
仲良く出来たらいいな。
と思ってたら、突然小屋のドアが大きな音を立てて開けられた。
肉の臭いにつられて獣でも来たのかと身構えたが、そこにはまた別の人間が立っていた。
「見つけましたぞ殿下っ!!」
頭部は完全に髪を失っているが、立派な白い髭が顎下まで伸びている老人。
しかし、目の前の髪や髭がぼさぼさの男と違って、小綺麗な制服を身に纏った紳士だった。
っていうか、この人今この黒髪の男を『殿下』とか言ったか?
俺の言語翻訳スキルがちゃんと機能してないようだな。
「な、何故お前がここにっ!?」
「この小屋を使うために村で鍵を借りたでしょう?そこの村長が通報してくれました。小さな村々まで指名手配しておいて良かったですよ」
「くっそぉ、そこまでするか!?俺は王位継承権なんて放棄するって言っただろうが!俺は自由に生きたいんだよ!!」
なんだなんだ?
王位継承権持ってるとか、マジで殿下とか呼ばれる地位の人間なのか?
豚に食い物恵んで貰ってるような奴が王族とか、大丈夫かこの国?
「陛下が過労で倒れる寸前なのです!王子はまだ若すぎてとても王位など継げません!どうかお戻りください!!」
「いやだ!公爵家から誰か継がせればいいだろうが!」
「3つある公爵家のどこを選んでも角が立ちます!現状まともに王位につけるのは殿下だけなのです!」
「いやだあああああっ!!あんなブラックな公務やってられるかあああっ!!」
まぁ国の運営なんてよっぽど優秀じゃなきゃやってられんだろうしな。
平和な国ならいいが、周辺国家が敵対的行動をとってたりしたら、そりゃ忙しすぎるブラック労働にもなるだろ。
まぁ平和なら平和で、チクチク細かい事を言いふらして世の中を掻き乱す奴も出てくるもんだが。
それにしてもブラックになってしまうのは周りの仕事具合にも問題あるんじゃねーのか?
まぁ豚である俺が何かしてやれる事は無いけどな。
あ、黒髪の男が老人に首根っこ掴まれて連れて行かれた。
あの老人のパワーすげえ。
この世界ってレベル上げれば老齢でもあんなにパワフルに生きれるのか。
「ぶ、豚ー!!助けてくれえええええぇっ!!」
よし、明日から場所を移して俺もレベル上げに専念しようっと。




