006 鹿
豚は夜目が効くかと問われれば、この世界の豚だけかも知れんが人間とそう変わらない。
いや、寧ろ人間より見えてるんじゃないだろうか?
五感がかなり鋭いので夜でも問題無く行動出来るのだ。
それは俺だけでなく森の獣達も同様と思われる。
昼夜問わず普通に活動してるし、なんなら夜行性と思われる獣もいるぐらいだ。
この森には俺より大きい獣は鹿みたいな形のやつだけなので、俺の餌となる獣達が活動的なのは嬉しい事だ。
いつでも食糧ゲット出来て空腹知らずだぜ。
暗闇の中、小さなイタチっぽい獣を3匹捕らえて美味しくいただいた。
生きる為には仕方が無いとはいえ、もう生のまま食うのに慣れてしまったよ。
味はそこそこ美味いんだけどね。
でも『悪食』スキルがLv2になってしまってるのは、食べちゃいけないもの食ってるって事か?
やっぱりちゃんと火を通した方がいいんだろうか?
そういえば取得できるスキル一覧に『火豚の術』があったな。
いやでも森の中で火を扱うのは危険だと思うし、もし『水豚の術』的なスキルが出たら、先にそれを取った方がいいかも知れん。
スキルについて考察しながら新たな餌を探していると、大きな樹の影で草を食んでいる鹿の番いがいた。
一方だけ角が生えてるし、あっちが雄と思われるので注意せんとな。
俺は先に角が生えている方を不意打ちで仕留めるべく、背後へと回った。
ゆっくり気付かれないように近づき、一撃で仕留められる間合いに入った。
そこで奇妙な事に気付く。
角の形が鹿と違う……。
そういえばこの森で角が生えてる鹿に会うのは初めてだ。
いや、ここはスキルなんてものがある異世界だし、ちょっと変わった角の鹿がいても不思議じゃないだろう。
いや待て。
よく見たらこの鹿、雌だ。
雌の方が角生える?
なんかそんな話、前世で聞いた事があったような……。
と、突然角の生えてない方の鹿が俺に気付いて突っ込んで来た。
角が生えてないのに鋭い突っ込みを見せた鹿は、油断していた俺の脇腹に強力な頭突きをかました。
「ぐえっ!?」
激突された俺は大きく吹き飛んで、樹の幹に盛大に身体を打ち付けてしまった。
なんだよあの突進力?
とても雌とは思えない。
いやまさか、あっちの角が生えてない方が雄なのか?
そこまで考えて、ある一つの記憶が甦った。
あの角の形、トナカイかよっ!
トナカイは雌も角が生えるし、雄と雌で季節によって角が生えてる時期が違う。
だから角が生えてる方が必ずしも雄とは限らない。
たまたま今は雌の方が角生えてる時期だったのだろう。
まさか前世の動物と同じような奴がこっちの世界にもいるなんて。
って、豚の俺がいるんだから殆ど同じ生態系の生物がいても不思議じゃないか。
いや、それなら生息地は!?
ここ普通に温暖な森の中だけど、トナカイってもっと寒い地方の生き物じゃなかったか?
まぁそんなこと言ってもしょうが無いんだけどな。
雄トナカイは俺に止めを刺そうと再び突っ込んで来た。
トナカイは雄同士で闘う時に角をぶつけ合う。
その習性が出ているのか、かなり前傾姿勢で体当たりしに来た。
だがそれは俺相手では悪手だったな。
俺はトナカイの前足が踏み込む先の地面を土豚の術で陥没させた。
足を踏み外したトナカイは前傾だった事もあり、頭部が地面に突き刺さるように前のめりになる。
そこに待っているのは土豚の術で作った硬質化した土の棘だ。
「キャヒイィィン!!」
頭部を貫かれた雄トナカイは断末魔を上げて絶命した。
それを見て勝てないと悟ったのか、角の生えた雌トナカイが逃げだそうとする。
しかし当然そちらにも土豚の術で足下に穴を穿ってある。
暗くて見えづらかったのか、見事に嵌まって雌トナカイはバランスを崩して倒れてしまった。
すかさずその首根っこに食らいついて止めを刺した。
雄トナカイに一撃貰った時はヤバいと思ったが、所詮獣だな。
魔法が使える俺にとってはただのお肉でしかないわ。
ふはははは!!
しかしこの森って魔物が全然いないんよなぁ。
獣を狩ってその日暮らしもいいけど、それだと豚の僅かな寿命程度しか生きられないだろう。
出来ればレベルアップして、寿命を延ばす手段を手に入れたい。
不老長寿的なスキルがあるなら是非取得したい。
その為には獣を狩ってるだけじゃ効率が悪いと思うんだよね。
あの魔物の核みたいな石を食ってくのが一番の近道じゃないだろうか?
そう考えると他の場所に足を延ばした方がいいのかも知れん。
とりあえず雄トナカイの方だけ美味しくいただいた。
雌トナカイは首を噛みちぎった時に丁度血抜きされたので、あの小屋に持って行っておやつにする事にした。




