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005 来訪者

 草木も眠る、月さえ姿を隠した闇の中。

 ガタガタと立て付けの悪い入口の戸が揺れる音で、俺は目を覚ました。

 風ではない不自然な周期で動く戸。

 まるで外から鍵を開けているように小刻みに振動する。

 ガチャリという音が漆黒の室内で鼓膜を揺らした。

 おい、マジで鍵開ける音やないかい!

 体を伝う冷たい汗。

 太っているからかいてる汗では無い。

 豚は太った人間を揶揄する言葉として使われがちだが、実際の豚は体脂肪率がかなり低い筋肉質の体なのだ。

 デブが暑がっているのとは違う——これは正に冷や汗。

 ようやく手に入れた自由が終わりを告げようとしている。


 ガタリと揺れて扉が開くと、やはりそこから侵入して来たのは人間だった。

 手に持った灯りを掲げて部屋の奥、俺の居る方を照らして、その人間は大きく目を見開いた。

 悲鳴を上げなかったのは褒めてやろう。

 野生の獣を前にして大きな声を出すのは、相手を刺激して危険だ。

 まぁ、俺は理性的なので急に襲いかかったりはしないがな。

 だが敵対的行動をとるなら話は別だ。

 人間の持つ灯りのお陰で、こちらからも相手の姿が確認出来た。

 大人の男性でぼさぼさの黒髪、髭も伸び放題。

 背中には弓を背負い、腰には矢筒の他に短めの剣も携えていた。

 鋭い眼光で俺を見極めようとしてるのだろうか?

 いや、一瞬でも目を逸らせば野生の獣は襲いかかってくるのだから、睨むように目を向け続けるのが正しい姿勢であろう。


「豚か……?どうやってここに入ったんだ?床に穴でも開いてたか?」


 正解。

 なので、俺は首肯してみせた。

 僅かながら動いた俺を見て、男は反射的に武器を抜く。

 だがその場に止まる俺を見て、また男は話し始めた。


「野生の豚じゃないのか。殺気の欠片も感じねぇな。びびって剣抜くとか、俺も意外と小心者だったか」

「ぶひぶひ」


 そうでもないよ、と言ってやったつもり。

 暗闇で成豚サイズの獣が身動ぎしたら、武器を抜くのも仕方が無い事だろうからな。

 と友好的な雰囲気になるかなと思いきや、


「まぁ丁度晩飯を捕り損ねたとこだったんだ。食材が待っててくれたと思えばいいだろう」


 いいわけあるか!

 くそぅ、やはり人間にとって俺はどこまで行ってもお肉って事か。

 さすがに人間相手となると、そこら辺の野生の動物と闘うのとは訳が違う。

 俺が魔法を使えるように、当然の如く人間も魔法を使えるんだろうからな。

 御者のおっさんも『解錠アンチロック』とかいう魔法使ってたし、戦闘系職業じゃないとしても油断は出来ん。

 ギラリと光る剣先が俺の方へ向けられる。

 うん、そもそも相手が武器持ってる時点で勝てねーわ。


「ブヒーっ(緊急離脱っ)!!」


 俺は即座に足下の穴を塞いでいた土を、土豚の術で解放した。

 瞬間、俺の身体は床に空いた穴の中へと落下する。


「き、消えたっ!?」


 灯りがあるとは言っても俺の足下までは照らされてないし、何より薄暗い中で突然意図しない動きをされたら目で追うのも難しいだろう。

 特に人間の目ってのは縦の動きに弱いからな。

 床があるはずの場所で下へ移動した俺が消えたように見えるのも仕方が無い。

 俺は床下へ移動したら、すぐにまた土を盛り上げて床の穴を塞いでおいた。

 そして即座に深夜の漆黒に染まる森の中へと駆け出した。


 あの人間がもし索敵できるような魔法が使えたら、どんなに逃げても無駄だろうが、それでも少しは距離を取っておきたい。

 真正面から闘ったら勝てないと思うので、土豚の術を使って搦め手で迎撃するしか無いからな。

 しかし、暫く逃げ続けた後隠れて息を潜めてみたが、どうやら追っては来ないようだった。


 あーあ、せっかくいい寝床を見つけたと思ったのになぁ……。

 あそこは狩人が泊まり込む為の小屋だったのかも知れない。

 朝になってあいつが出て行ったら小屋で寝る事にして、目が冴えちゃったし徹夜で狩りでもするか。

 俺は鼻をヒクヒクさせながら、食糧となる獣を探すのだった。

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